54限目_ほんの少しの青春と「…んで、何でお前がいるんだよ」 ブン太が酷く疲れたような壁に寄りかかる。確かにこの時ばかりは少しだけ彼に同情したくなった。 ブン太の家のソファに豪快に踏ん反り返って隣に座るに仕切りにラブアピールをするなどという器用なことをしているツルを見ればそう言いたくもなる。 さらに彼は俺とと一緒にブン太の家に泊まると言い張って聞かないのだし。 何故このような事態に陥っているのかと問われれば、ことの始まりは今日の朝まで遡る。原因はある意味にあった。彼女曰く寝ぼけていたらしいのだが、どういうわけか、彼女は体育着と間違えて自分のパジャマを詰めて学校にやって来たのだ。それに当然ツルが大興奮をするわけで、俺達は何時ものことだとそれをスルー。そんなパジャマの話題からブン太が「パジャマと言えばさー」と口を開いた。 「今日うちに泊まりに来ねえ?あ、仁王も来ていいぜ」 「は、良いけど何で?」 「いやそれがさあ、」 「ちょっと待ちたまえ!」 もちろんそこで口を挟んだのはツルだ。彼はにお泊りを申し出たブン太にブチ切れ始めたのである。「君の生パジャマを拝もうなど100年早い!」なんてわけのわからぬキレ方なのはもはやどうでも良いが、正直のパジャマなど俺達は見飽きている。あえて俺はそれを黙って流れに身を任せていたのだが、ブン太がそのことをさらりと言ってのけたので、ツルはもうふしだらだと連呼。ストーカーに言われたくない。 「よし分かったこうしよう。僕も丸井あんちくしょう君の家に行こう」 「はあ?!」 「枕は家から持って行かなくて大丈夫かな?」 「泊まるのかよ!勝手に決めんなよ!」 「つうか枕とかどうでも良くね」 「君がそう言うならいらないね!」 とまあ長くなったがこんな感じで、現在に至る。 ブン太の母さんは人がいいから新しい友達だとツルを大歓迎し、追い返すに追い返せなくなったブン太はしぶしぶツルを泊めることにしたようだった。 「あーそんで、あたしに用って何?」 テーブルに並べられた夕飯はとても豪華だった。男兄弟の上にブン太がよく食べるからか、俺達が泊まりに来たからか、何にせよ流石丸井家と言いたいくらいのものだった。 はそれらに目を輝かせながら、ブン太に問う。彼はああ、と頷いて、彼の隣に座っていた弟達を見やる。 「こいつらが久々にに会いたいって騒いで」 「あたしに?」 「なんでも、に」 「に喧嘩を習いたいんだ!」 末の弟が言った。が驚いて素っ頓狂な声を上げる。弟達の話を聞くに、真ん中の弟が小学校でからかわれているからという、ありがちな理由であることが分かった。末の弟もどうやら巻き込まれてるのだとか。 「お…お前らなあ、」 「俺も止めたんだぜ?は存在が暴力だから喧嘩を習うのは危ないって」 「おいどういう意味だテメエ」 「そういうとこです」 すっかり白旗を上げるブン太に、弟達はを囃し立てる声を上げる。つうかブン太の親見ているのに、は平気なのだろうかとも思ったが、彼の母さんはにこにことそれを眺めていた。良いんだろうか。流石にツルも不安に思ったらしく、止めようかと言えば、彼女がそれを止めた。 「良いのよ、ブン太にはあれくらいで」 「…」 「それに、夫婦っていうのは女が強い方がうまくいくもんなのよ」 「丸井君のお母さん、」 「どうしたの?鶴岡」 「君と結婚するのは僕です」 「とりあえず黙りんしゃい」 何を真顔で訂正してるんだと思わず頭を叩いてしまった。一方のブン太の母さんは「あらっ、さんってモテモテなのね」なんて呑気に笑うので、なんだか調子が狂ってしまう。達は相変わらず喧嘩だなんだと騒いでいるし。 「つうか、喧嘩なら丸井だってそこそこ強いだろ」 「でものが強い!そうでしょ!」 「ブン兄と仁王はの子分なんでしょ?!」 「それは違う」 「違うの!?」 誰だそんなこと言ったの、とが肩を竦めた。そう言えばは自分が一番強いと言う割りに俺らを子分だなんだと言ったことは一度もなかった。 「もうなんでも良いよ、一番強いやつに喧嘩を習いたい!」 「はさいきょう、なんでしょ!みんな道をあけるんでしょ!」 「…誰に聞いた」 「ブンにい」 「ばか、お前らそれ言うなって、!……」 「…」 「…あー!はいはい俺が言いましたー!俺のちょっとした自慢なんだよ悪いかよ!」 「…するなら自分を自慢しなよ悲しい奴め」 とかなんとか言いながらは嬉しそうだった。 結局、喧嘩の話はが押し切る形で収まった。腕っ節だけが強さじゃないんだよ、と、やたら熱いことを語って、それを弟達は真髄に受け止めたようだ。は彼女なりの喧嘩の鉄則だとか、強さのあり方だとかを持っていて、それはありきたりなものだったりするけれど、真面目にそれを貫いて、その上本当に強い。俺は彼女のそういうところが結構気に入っていたりする。 夕飯後、ブン太の母さんは何やら慌てて出かける用意をしているようだった。外は雨が降っているようで、ざあざあと音がする。 「ブン太、お父さんから電話で、傘ないっていうからちょっとお母さん迎えに行ってくるわね。洗い物お願い」 「んー」 そういうことらしい。携帯を閉じた彼女は慌てて家を飛び出して、残された俺達はお互い顔を見合わせた。妙な沈黙の後、ブン太が立ち上がった。 「洗い物すっか」「ああ、ならあたしも手伝うわ」が続く。 「なら僕も!」 「そんな人数いらないって」 「君…っ」 に軽くあしらわれたツルは相当不服そうに俺を見た。「いや、俺を見られてもな」「丸井君と君を2人きりにしちゃったよ!」「すぐそこにいるじゃろ、ほっときんしゃい」ツルはでもリビングからじゃキッチンの様子が見えないだなんだと騒いだがお前の出る幕はない、と、思う。そうしてだらだらと流れ続けるテレビへと俺は視線を向けた。 Δ 「お前が家事やるとか意外」 「丸井こそ意外だと思うんだけど」 丸井が洗ってあたしが拭く、暗黙の了解でそういう流れに従っていると、不意に丸井が言った。今だからこそ普通に思えるが、あたしからしたら丸井のようなスポーツマンが料理とかそういうものが得意なんて、意外だと思う。 「それにあたしは一人暮らしだからな」 「あー…そっか。一人暮らしって寂しい?」 「まあ、たまにちょっと寂しくなるけど、」 「ん?」 「そういう時に限って丸井とか仁王からメールとか電話来たり、すごい時は泊まりに来たり、みたいな?」 だから寂しくなかった。本当に寂しい時は、実家に電話でもかければ良い。 あたしは手渡された皿を拭いて、言われた棚へと戻す。 「なんかさータイミング良いから、たまにテレパシーでもあんのかなあって思う。三人で以心伝心ってかっこいいよね」 「は恥ずかしいこと平気で言うよな」 「…そういうこと言うなよ!あたしが恥ずかしくなるだろ!」 「でも俺はお前のそういうとこ好き」 「…」 丸井こそよくもまあそんな恥ずかしいことをさらさらと言えるなあと思う。あたしはなんだかしてやられたような気がして、口をつぐんだ。 ああ、それにしてもツルが妙に静かである。仁王が押さえつけてでもくれているのだろうか。静かな分にはいくらでも構わないのだが、少々気になって、手を止めてリビングの方を覗き込もうとすると、丸井に腕を掴まれた。 「そっちは良いの」 「いや、サボるわけじゃなくてツルが静かだなあと」 「気になんの?」 「…珍しいなと思っただけだけど?」 「お前はこっちだろい」 次の皿を押し付けられて、あたしはぎこちなく頷いた。なんだか様子がおかしいなと思った。 「あの、丸井、」 「俺さー」 「…う、うん?」 「ってすげー強いと思う」 「…どうしたの」 彼はこちらを見なかった。じっと手元を見つめていた。何か大事な話なのだろうと、彼の雰囲気で察する。だから様子がおかしかったのか? 「お前は誰にも負けないって思うけど、この間の板東みたいなこともあるって思うと、正直安心はしてなくて」 「…うん」 「そういうの考えると、のこと守りたいって思う。つうか、お前の強い弱いに関係なく守りたい」 「ありがとう、それならお返しにあたしも2人を守る…ってこれ前にこんな話したよね、はは」 「そうじゃなくてさ」 そういう守りたいじゃない、と丸井が言った。彼の中でもあまり言葉が固まってないような、そんな感じである。 「こう思うのって、俺がを好きだからと思う」 「…は、」 「俺、が好き」 ハッと息を飲んだ。 あたしを見つめた彼の目をみたら、それがどういう意味の好きなのか、分からないわけがなかった。 「知ってると思うけど、俺貪欲だから、が幸せなら良いとか、気持ちを伝えたかっただけとか、そういう事は絶対言ってやらない」 「…えっと、」 「あと良い返事しかいらない」 丸井があたしのことをそんな風に見ていたなんて知らなかった。いや、もしかしたら心の何処かで気づいていたのかもしれないが。 今だって、ゴールデンウィークの時だって、合同学園祭の時だって、丸井のおかしかった様子の理由が分かったような気がした。 「ツルのことは良い奴だって思うけど、ああやってお前にまっすぐぶつかれるとこは正直羨ましいし、むかつく」 「…あのね、丸井」 「それは良い返事?悪い返事?」 「…」 「じゃあ聞きたくねえよ」 彼があたしの額を突つく。 あたしは丸井を親友だと思っていて、それ以上にはどうにも見れなかった。 「…でも丸井、ごめ、」 そこまで言いかけて、彼の手があたしの口を塞いだ。どこか悲しそうに笑う彼は「言うなよ」と呟いた。 「怖いから聞きたくない」 今まで見た彼のどんな表情よりも、それはあたしの胸をえぐるように痛ませた。 でもそんな彼を見て謝らないなんて、どうにもできなくて。 だから心の中でこっそりと、謝ることにする。 BACK | TOP | NEXT (140401_ごめんね) エイプリルフールなので、サイトのINDEXを一日限定でそれっぽくしてみました。 |