55限目_明るいスクールライフ



ロッカーのドアに盛大に額をぶつけたあたしは深いため息をついた。
最悪だ。何で今日に限って部活がないのだろう。お陰でテニス部の臨時マネージャーをやらなければならなくなってしまった。
昨日は丸井の家に泊まったので『あの告白の後』もあたしはずっとずっと丸井と同じ空間にいたわけで。それはそれはいたたまれなかったわけで。逃げたかったわけで。学校についてようやく一旦丸井と離れられると思いきや部活がないなんて。何を話せば良いのかさっぱりわからない。実際に今の今まで丸井とろくに話していない。


「俺はてっきりもブン太が好きじゃと思ってたんじゃがなー」
「おま、いつの間に、ってかちょっと待て、仁王お前っ昨日の、その、あれ聞いてたのか!」


突然後ろから肩に顎を乗せて来たのは仁王で、一体いつ部室に入って来たのか、彼はいやにニヤついていた。顔と台詞から彼が話を聞いていたことは明白なのであるが、わたしの問いを彼は「どうかのう」とはぐらかしてくる。
静かにしていれば聞こえなくもない声の大きさだったかもしれない、なんて余計な一言を付け加えられ、あたしは何も言えなくなってしまった。…それにしても聞こえた割りにはツルが騒がなかったのはおかしい。
彼には聞こえていなかったのだろうか。

「本人に聞いてみたらどうじゃ」
「聞けるか!」


いや、ちょっと待てよ。考えて見れば今仁王は静かにしていれば聞こえたかも、と言った。確かにあの時は怖いくらい静かで、…つまり聞いていたからこそ静かだったんじゃ…そんな嫌な予感が頭を過ぎり、あたしは気が遠くなるような気がした。あくまで気がしただけだが。


「お、何の話?」
「いだっ」


仁王に続いて、彼とは逆側から今度は腕を回されてあたしは前につんのめった。お陰で目の前のロッカーに再び額をぶつけることになる。普段ならばそれに対して文句を言うところなのだが、加わった相手が相手だったので、あたしはカッと熱くなった顔でやってきた丸井を見た。彼は至って普通の顔であたしを見つめ返している。


「ち、ちか、近いって!」
「あらま、照れちゃって」
「ちが、」
「前だったらそんなこと言わなかっただろい」
「だって、お前、…あたしはっ、」
「俺は告ったこと後悔してねえかんな。だけど、こうやってぎこちなくなるのは超ヤダ」
「そんなこと言っても…どう接して良いかわかんないっつうか。…なあ、仁王」
「お前は困るとすぐ仁王って言うよな」
「全くじゃ『仁王』も楽じゃないぜよ」
黙れよお前にやつきやがってこの野郎


丸井は今まで通り普通で良いからなんて言ってのけたけれど、それができたら苦労しない。普段のあたしは丸井にどう接していたっけ、何を話していたっけ。そんなことばかり頭を渦巻いて。


「つまり俺一色みたいな」
「ふざけんなその言い方やめろ!」
「じゃあ俺で頭がいっぱい?」
「同じだろ!あああもう!あたしは、丸井のことそういう風に見れないんだよ、友達のままが良かったんだ!正直告白なんてして欲しくなかった!」


そこまで言って、あたしはハッとした。いくらなんでも言ってはいけないことを言ってしまった。


「あ、…ごめ、」
「うん、傷ついたけど、それだけ俺達のこと友達として大切だったってことだろい」
「…」
「良いよ、それで」
「は…」
「俺、あのあとずっと考えてて、決めたんだ。今はそれで良い。ただ俺はのこと諦めねえけど」
「…あんた馬鹿じゃないの…怒りなよお人好し」
「良いよ、代わりにこれから俺、お前に色々するから」
「…なっ、」
「仁王も協力しろよな」
「俺帰って良い?」


いや待て待て待て。この空間で唯一頼れるって言ったら仁王しかいないわけだよ。帰られたら困るし!
まだ部活の途中だと言うのに本気で帰ろうとする仁王を全力で捕まえる。


「わ、悪いけど、何があっても本当にそういう風に見ることはない!」
「何お前、俺のこと実は嫌い?」
「そうじゃなくて、二人が本気で大事だから、なんつうか…か、家族みたいに大事で、友達以上だとは思ってる。けど、そういう方にシフトチェンジはできない」
「っていうことは他の奴より好感度的には俺のが可能性あるんじゃん。例えばツルとかより」
「貴様聞き捨てならん!」
うわ、お前どっから出てきやがった
君おはよう!」


あたしの隣のロッカーから突然飛び出してきたのはツルだった。こいつは帰宅部だから、あたし達より遅く出て来たと思っていたのに。そこ俺のロッカー…なんて仁王が笑えない位真顔になっていた。まあツルが神出鬼没なことは今に始まった事ではないので、置いておくとしても、とりあえずややこしいことになった。今この二人を会わせるべきではない。


「黙って聞いていれば図々しいね丸井君!家族が恋人になり得るはずないだろう!」
「ストーカーもな。さっさと捕まれ」
「黙りたまえ!」
モテ期到来ぜよ」
「これは喜べない」


頭が痛いよ。
目の前で繰り広げられるカオスな状況に、胃まで痛んできた気がする。というか、そろそろ行かないと幸村あたりにサボってるって思われてぶち殺されそうなんですけど。


「いっそ仁王を選ぶのが一番楽なんですかね」
「ほう?俺は別にええぜよ。可愛がっちゃる」
「じじじじ冗談に決まってんだろ!」
「残念じゃあ」
「っもうやだこのメンツ!」


ずいずいと妙な色気を振りまきながら近づいてきた仁王をあたしは押し返す。それでもなお彼はそれはそれは楽しそうに笑っていたので蹴りを食らわしてから、今だに睨み合っている二人を殴って黙らせた。「いい加減にしろ!」「だってツルが絡んでくるから」「それはこっちの台詞だよ」あああほらまた喧嘩すんなよ!あたしだ二人の間に割って入った時だった。不意にあたし達に影が落ちる。


「…なかなか来ないと思ったら何してるの?」
「あ、…幸村さん」


結局部室で大騒ぎしていたあたし達は幸村と真田のダブルからこっぴどく叱られることになった。そのせいで、彼らはラケットを持つことなく朝練が終わり、まるで怒られるためだけに朝練に来たような感じである。


「お前らのせいで散々だわ」


朝練後、教室へと向かうあたし達は、運動なんて微塵もしていないのにすっかり憔悴しきっていた。ああ、朝の光が目に染みるぜ。


「まあまあ、そんなに怒らんでも、の求める明るいスクールライフって、まさにここにあると思わん?」
「…はあ、これが?」
「そーだぞ。今までだってこんな感じだったじゃん」
「…まあそうだけど」
「結局ぐだぐだになっちまったけど、とりあえずお前が俺をどう思おうが、俺はこれからもと仁王と、三人で馬鹿やってふざけたいわけっすよ」
「僕を忘れてるよ丸井君」
「俺らの友情に入り込める奴はいない、ので」
「割愛じゃな」
「ぐぬぬぬっ」
「ね、俺とまた明るいスクールライフってやつを謳歌してください」


丸井が頭を下げて手を差し出したので仁王と顔を見合わせたあたしは肩をすくめた。「違う」「え」「そうじゃないだろ」顔を上げた彼の手を弾いてあたしは目の前に人差し指を立てる。

全部全部、始まりはこの言葉からだ。
たまにはこうやって初心に返るのも悪くない。
これからも彼の言うようにあたし達のぐだぐだは変わらないだろう。彼があたしを諦めないと言ったことも、ツルと険悪なのも、また教師に目をつけられるかもしれないことも、考えると不安は尽きない。
だけど、こいつらと一緒ならばきっと何でも楽しくて、いつの間にかそんな不安などどうにかなってるような、そんな気がしてしまう。
だからほら、みんな、


「あたしと明るいスクールライフ送りたい奴、この指止まれ」



(な、君それ僕も混ざって良いかな!良いよね!君と桃色スクールライフ!)(いや明るいスクールライフな)(つうかお前が入る隙なんざねえよ!)(…相変わらずやかましい奴らじゃ)





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(140401_明るいスクールライフのススメ)
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!