53限目_人生を円滑に進ませるためには嘘も必要




「は…?」


一瞬、頭の中が真っ白になる。
何それ、どう言うこと。それは、もうこんなあたしに嫌気が差したって、そういうこと?
困ったように眉尻を下げたままの2人を見つめて、固まっていると、丸井はフォローをするように、「お前のことが嫌いになったわけじゃない」と、そう言った。それなら、何故。


「一旦、距離を置いた方が良いと思ったんじゃ」
「…」
さ、俺らのこと怖いだろ」
「…は?…い、いやいや何言ってんの…そんなわけ、」


まさか、板東の時のことがトラウマにでもなってるんじゃないかって思ってるんならそれは違う。あんな奴もう怖くもなんともないし、あれはただ驚いて動けなくなっただけだ。あたしがそこまで口にしかけた時、ふいに丸井の手があたしへ伸ばされ、反射的に数歩後退した。その自分の行動を認識してから、ハッと顔を上げて丸井へと視線を移す。彼はどことなく険しい面持ちでこちらを見つめていたが、すぐに止めたかと思えたその手をさらに伸ばしてあたしの腕を捕まえて強く引いた。身体が微かに震える。


「怖いって顔に書いてあんぞ」
「怖くなんて、」
「今のお前さん、全然らしくないぜよ」


ぱ、とすぐに腕は解放され、あたしは掴まれたところをおさえるように、もう一方の手でそこをさする。
信じられなかった。怖いはずがない。だって、相手は丸井や仁王なのに。


「差別するわけじゃねえけど、この際はっきり言わせてもらうわ」
「…何だよ」
「俺らは男で、は女なんだぞ。確かにお前な強いけど、お前は女だ。いくら強いからって、男と女の差って言うのは埋められるもんじゃねえと思う。それは、体力的な面でも、メンタル的な面でも。だから自分は誰よりも強いって、どんなことがあっても平気だって、思い込むべきじゃない」


丸井からのその言葉に、冷や水を浴びせられたような、そんな衝撃を受けた。そんな風に考えられているとは思わなかった。確かに今回、板東にビクついて弱さを晒したのは自分だし、あたしが女で、2人は男だと言うことなんて、根本的な話であることはよく分かっている。だけど、2人だけは、あたしが女だろうが、関係ないと、自分と対等に見てくれる人間だと思っていた。女の括りなんかではなく、誰にも負けない強いヤツだと、そういう風に考えてくれているとばかり、考えて、いたのに。


「…なに、それ」
「前も言ったけどさ、俺らはお前を守るつもりでいるし、お前がそうして欲しいって言うなら、それこそ全力でいくらでも守る。だけどさ、とりあえずお前が一旦落ち着くのが優先だし、」
「ふうん」


丸井や仁王の顔を見る気がしなくて、足元へと視線を落ち着けていたあたしは、深くため息をついた。もはや自分に対しての情けなさだとか、2人に対しての申し訳なさだとか、そういうものはすっかり消え失せている。
ぐらぐらと頭が熱くなる。あたしはムカついていた。


「つまり、だ。2人はあたしが弱いと、そう言いたいの?」
「いやそう言うことじゃなくて、…お、お前の強さには限度が」
「お前何言ってんの?」
「…」
「それあたしからしたら弱いって言ってんのと同じなんだよ」
「…えーと、」
「あたしは女で、お前らは男だから、あたしはお前らには勝てないって、そう言いたいんだろ?」


あたしが指をバキバキと、それはもう何処かのアニメに登場する弱いものいじめが好きな剛君さながらに鳴らして、2人を牽制すると、あからさまに「あ、やべこれ」みたいな顔が伺えた。あたしはこうして相手を恐怖で追い詰めている瞬間が一番好きだったりする。
あたしが2人より弱い?寝言は寝て言いな。
そうして丸井があたしを警戒して、一歩距離をとったのを合図に、あたしは素早くかがみ込んで下から拳を突き上げた。丸井は何かを言いたげな顔をしたが、ギリギリのところでそれを受け止めた。しかしそれを利用して、彼の腕を思い切りねじり上げる。ちょ、タンマタンマ!なんて悲痛の声が聴こえたが手加減なんてしてやらない。そのままこの間のアパートの再現をするように、仁王を巻き込んで、2人を派手に張り倒した。ただ、前回よりも何倍も力を込めて。


「オラ、さっきの言葉訂正しな」


あたしはドスの効いた声で倒れる2人に言った。謝るまで許してやらないと、そういう気でいた。しかし、しばらく無言だった丸井が、何を思ったのか、急に吹き出したのである。
何処か安堵の色を浮かべたその表情の真意は汲めない。
なんだか拍子抜けしたあたしは「何笑ってんの」と、2人の前にしゃがみ込んでみる。


「いや、やっぱりお前最強だと思って」
「…は?」


何それどういうこと、そう零しかけたあたしの言葉は、突然起き上がって、あたしを抱きしめた丸井によって、遮られた。「怖い?」子供のようにおずおずと、しかしどこか優しく問う声に「…全然?」と素直な感想を述べる。今度は仁王が吹き出した。


「ようやく、俺らのことちゃんと見たのう」
「ほいでもって、ようやくらしくなった」
「…ごめん、色々意味が分からないんだけど、」
「わりいわりい、全部演技だったの」
「は?」


話を聞くに、丸井も仁王も、どうやらわざとあたしを怒らせるようなことを言ったのだそうだ。お前が弱いわけないじゃろ…と、打ち付けた背中を労わりながら身体を起こした仁王の姿になんだか申し訳なく思った。


「でもは一回吹っ切れさせんとダメじゃって思ったからのう」
「一回ブチ切れれば、スッキリするかなーってな」
「うん、なんか久々にめきょっとやれたから清々しいや」
それは良かったですね、さて俺達は全治何日だろう
「大袈裟だな」
「いや、これは確実に痣ができたぜよ」
「こちとら身を犠牲にして」
「あーはいはいありがとうって」


とうとう体裁の悪くなったあたしは、彼らに背を向けて肩をすくめると、後ろからわしゃわしゃと頭を撫でる手が二つ伸びてきて、それに余計に照れ臭くなったのは言うまでもないだろう。






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(140325_この編はこれで終わり)