52限目_仲直りは早めが肝心




あの後、どうやら丸井と仁王とツルの3人が板東のパソコンに入っていた写真のデータを校長に渡し、槙村も本当のことを打ち明けたことで、あたし達の疑いは完全に晴れたらしい。あたしがそれを知ったのは、翌日に校長室へ呼ばれてからだ。槙村と、彼女の父親からあたし達3人は謝罪を受けた。多賀谷は形だけの言葉を寄越した。彼はあたし達がどんな人間か、恐らくきっと、知っている。しかし、分かっていてもそれを認めるつもりはないのだろう。この先もずっと。彼はそういう人間なのだと思う。また板東のような奴が現れれば、そこに引き摺り込まれる。それも一つの生き方で、自身の守り方と言うのならば、またそれも正しいと言えることなのだろう。

さて、全てが解決した後のあたし達がどうしているかと言えば、
ばらばらだった。
と言うより、あたしがあの2人を避けていた。


!」
「え?…うぶっ…!」


そう、ぼんやりと先日のことを思い出していると、突然顔面に痛みが走った。あたしはそのまま後ろにふらついて尻餅をつく。パス出しの練習をしていたため、パートナーの子は慌てふためいてこちらへ駆け寄ってきた。「だ、大丈夫?」「…へいき」横をバスケットボールが跳ねて行く。これは痛い。
ぴりぴりとしびれるような痛みが鼻を襲い、顔をおさえながらそのまま座り込んでいると、パートナーの子の他に、誰かがあたしの前に立ったのが分かった。いや、顔を上げずとも誰だかは予想がついた。朝練中にこんなにぼんやりしているなんて、…なんて言われるか。


、あんたいい加減にしなさいよ」
「…部長、…すいません」
「ここのところあんたずっとぼんやりしてるでしょ」
「…」
「そういう雰囲気だと周りに影響すんの。やる気がないなら出ていきな」
「…そんなつもりは、」


あたしの隣に転がっているボールを部長は拾い上げると、ぎろりとあたしを睨みつけた。「今日はもうにはボール持たせないよ」あたしが立ったのを見計らって、彼女はあたしを体育館の入り口の方へ押しやる。


「朝練が終わるまでグラウンド走ってきな。午後練もだからね」


そうして追い出されたあたしは小さな声でぼそぼそと謝ると、グラウンドへかけていった。後ろであたしを見ていたらしいツルに呼び止められたのだが、あたしはかすかに微笑みを返しただけだった。

グラウンドに出ると、女バスが一人だけ走り込んでいる姿に他の部活の人間が流石に不思議そうにこちらを眺めていた。しかしあたしはなるべく平然を装った。


「あ、先輩」
「…ああ、赤也」


そんなあたしに声を掛けたのは赤也だった。彼はテニスコートの方からこちらに向かってくるところで、ほんのり赤い右頬を抑えながらへらへらと情けない顔をしていた。どうしてここにいるかはそれを見て聞かずともあたしは察した。


「一人で走りこみッスか。まさか罰走とか?」
「あんたに言われたくないよ」


今回は何をしたんだとの隣に並んで走り出した彼に問えば、どうやらこの間行われた夏休み明けテストの結果を仁王によって真田にバラされて、ビンタを食らったところだと言う。「今日はお前にラケットは握らせん!なんて言われちゃいましたよもー」項垂れる赤也に、他人事ではないなあと、あたしは肩を竦める。


「真田も大変だな」
「いやーでもあの怒り方は大袈裟ッスよマジ」
「見てないから分からないっつの…」
「カンカンすから、たかがテストで!ほらこっち!」
「別に見たいわけじゃ、」


あいつが怒ってることなんていつものことだろうと、思いつつもあたしは腕を引く赤也にコートのそばまで連れて行かれた。サボっていると言われたら、また罰が増えるだろうと、赤也は影からこっそりコートを覗き込み、あたしもそれに習う。
確かに真田の機嫌はそれはそれは悪かった。先輩達でさえ恐々と言った感じだ。そうして眺めているうちにたまたまあの2人が目に留まって、咄嗟に視線を下へ逃がした。


「ところで、先輩『達』喧嘩か何かしました?」
「…」
「なーんか最近様子がおかしいんスよね、丸井先輩とか仁王先輩とか」


どきりと心臓が跳ねた。赤也は、あの2人の様子が最近おかしいのと、あたしと一緒にいる姿を見かけないことを話した。「別に、」喧嘩ってわけじゃないよ。


「喧嘩じゃないなら何ですか。副部長が怒ってるのって、あの2人の様子も絶対関係ありますよ。あの2人そういうかわすのうまいから俺だけが怒られましたけど!」
「喧嘩っていうか…喧嘩なのかいまいちわかんねえけども、」


あたしが一方的にあの2人を避けているだけなので、非はこちらにあるのだ。それを分かってはいるのだが、2人にどう声をかければ良いのか、どう謝れば良いのか、分からないのである。
あの時、あたしは丸井を拒絶して、伸ばされた手を弾いた。自分でもそれが信じられなかった。あたしはあの2人のことを誰よりも理解しているつもりであったし、信頼もしていた。しかし、あの一瞬、彼らに底なしの嫌悪感を抱いてしまったのだ。板東に対するそれを、丸井達に抱いた自分が許せなかった。
その一方で、結局自分と彼らは違うと、…彼らは男で、あたしは女であることに無性に苛立ちを覚えた。


「いつも喧嘩してる癖に、なんでこういう時に限ってすぐに仲直りできないッスかねー」


そんなあたしを見てか、困ったように赤也が言った。


Δ



その日、やはりあたしは2人を避け続けていた。丸井も仁王も、あたしの方を気にはしているらしいが、あたしがあからさまに彼らを遠ざけるような態度を取るため、そこまで積極的には接触を取ろうとはしてこなかった。だからこそ逆にあたしも謝るタイミングを逃してもいた。まだ強引に話しかけてくれた方が、あたしも勢いで謝れたのかもしれない、なんて、人のせいにするのは良くないよな…。
ついに昼休みにまで突入して、あたしは机に伏せながら悶々としていると、ふと、あたしの名前を呼ぶ声。
丸井だった。


、」
「っ!な、なん、」
「ちょい話があんだけど、昼飯さ、」
「あ、あー!ごめん、あたしずっと前から女の子にお昼誘われてて、えと、あの、たまには、そっちと食べてもいいかなーみたいな、うん、ごめん!」
「は…?…ああ、うん」
「じゃ行ってくるわ!」


そうしてあたしは逃げた。
しかも慌てすぎてお弁当を持ってくるのを忘れた。お金も忘れた。


「なっっっにしてんだよおおお!」


結局話しかけてもらっても駄目じゃん!せっかくのチャンスなのにアホなの?馬鹿なの?はい、バッカでーす!走りながら激しい自己嫌悪におちいり、無意識のうちに屋上へ逃げ込んで、そのど真ん中にたどり着くなりあたしはしゃがみこんだ。


「あーもう全部板東のあんちくしょうのせいなんだからなー!ふざけんな!バーカバーカ!」


返せよ、…あたしの明るいスクールライフ。
ぽつりと呟いて、虚しくなった。
決して板東がトラウマになったわけではなく、彼らを拒絶したのは、板東とのことがあった直後だったからだ。仲直りだけなのに、あの手を弾いた時の丸井と仁王の顔を思い出すと、顔を合わせづらい。し、せっかく助けたのに、自分達がそういう目で見られたと分かっては、気分も良くはないだろう。
やはり早く謝るべきか。顔を合わせづらいならば、せめて携帯でさらっと言ってしまおう。
思い立ったが吉日。あたしは早速携帯を取り出して、丸井…は、直接手を弾いた本人で言いづらいので、仁王に電話をかけることにした。
ワンコール、ツーコール。緊張で汗ばむ手をスカートに押し付けた時、ふと屋上の扉の向こうから着メロが聴こえて、あたしはギョッとした。嫌な予感が頭をよぎる。


「ん、なんかから電話、…あ」


開いた扉からはなんと丸井と仁王が現れて、仁王は鳴り続ける携帯とあたしを交互に見つめる。あたしは慌てて手の中の携帯を切ると、視線をふよふよと彷徨わせた。入り口には丸井達がいて逃げられないし、どど、どうすれば。もうこれは、直接言えという神様からのお告げか。
拳を握りしめて2人を見据えると、彼らはおもむろに顔を見合わせて、困ったような面持ちを見せる。


「あのさ、


丸井があたしを呼んだ。


「お前もうテニス部来なくて良いよ」


あれ?






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(140325_ちょっとまった)