51限目_強さって何なのか、時々わからなくなるよね




槙村の話はこうだった。
彼女は昔から鈍臭く、どこでもいじめを受けているような子で、この高校に入っても例外はなかった。入学当初から以前あたしが追い払った子達のグループにいじめられていて、それは日に日にエスカレートしていたらしい。
そしてある日、ついにそれは起きた。


「ねえ槙村。財布、盗んで来てよ」


槙村をいじめていたグループは、他の女子からもあまり好かれていないグループだったそうで、しかしそう言う周りの目が気に入いらなかったそうだ。腹いせにそいつらの財布だのお気に入りの化粧品だの全部盗んでこいと脅されて、槙村は渋々それを引き受けたそうだ。一度で終わると思ったそれは、蓋を開ければ果てがなかった。そんなことを続けているうちに、とうとうその現場を板東に見られたのだと言う。


「お、怒られると思った。退学させられるって…でも、板東先生は言ったの…」


私の言う通りにしたら、全部秘密にしてあげよう。
彼女の父親はPTA会長で、プライドも高く自分がこんなことをしていると知ったら家を追い出されるだけでは済まないのではないかと思ったそうだ。だから彼女は板東に従うと約束した。


「それで…気づいたらあなた達のせいになってた」


ごめんなさいと、俯いた彼女にあたしは何も言えなかった。正直、驚いてもいたし、苛立ってもいたし、ショックでもあった。


「それで、怖くなったのに、悪いと思ったのに、君はやっぱりやめますと言えなかったのかい」
「ツル…」
「黙っていても誰かにどうにかしてもらえるとでも思ってたのかな?」
「ツル、言い過ぎだ」


彼はあたしの言葉に、こちらを一瞥する。


「話を変えよう。板東に、言う通りにすると約束したのならば、君は板東に従う『何か』をしたんじゃないのかな?」
「…」
「そのせいで君はもうやめたいと言えなかった。ちがうかい?」
「…っ」


槙村は、まるで思い出したくないと、…何も言いたくないとでも言うように、固く唇を噛んでいた。この様子を見れば、何か並々ならぬ事情のせいで、本当のことを言えなかったのだと言われなくてもわかる。
しばらくしてから、彼女はぼそぼそと口を開き始めた。


「写真、」
「…写真?」
「…写真を、いっぱいとられました…」
「やっぱり。れっきとしたスクールハラスメントと言う奴だね」
「やっぱりって…お前分かってたのか」
「まあね」


平然と言ってのけた彼によれば、実は板東のそういう噂が実はあるらしいのだ。写真とは、…やっぱりそういう写真なのだろうが、それを人質に取られては、被害者は言いたくとも言えないし、知っている人は少ないだろうが。「カメラを持つ者としての同族嫌悪?なんとなあく、そうなんじゃないかって、勘付いてたよ僕は」そう、ツルは冗談のような本気のような、そんな本心を悟らせないような調子で言ってのけた。


「まあとにかくだ。板東のそのデータさえおさえれば、全て丸く収まるだろうね」
「わかった、あたしがなんとかする」
「…君はさ、いつも考えなしに自分がなんとかするとか言うけど、いい加減直しなよ」
「考えた所であたしは自分で助けるだけだよ」


あたしは槙村をぎゅっと抱きしめると、大丈夫だと、そう言った。


「怖かったよね。…でもあたしがなんとかするから、だから泣かないで」
せんば、…」
「ようし、ツル。あんたはこの点数プレートを体育館に持って行って」
「…君は?」
「あたしは部活休むから。部長によろしく」
「は、いや、ちょ、ていうか僕は!?丸井君とか、仁王君は、」
「あんたは来なくていいよ。あいつらにも言わないで」
「どうして!」


どうしてって、だって無理やり撮られた写真なんて、あんまり見られたくないだろう。だから、男子に見られるより、せめて女のあたしが片付けてしまった方が彼女には良いのだ。


「大丈夫、あたし強いから」



Δ



あたし強いから、なんて大見得切った自分が恥ずかしかった。今のあたしのこの状況は、とてもそうとは言えないからだ。

あたしは2人に見送られて意気揚揚と駆け出したあの後、板東のテリトリーである生活指導室にあたりをつけてそこへ向かっていた。
学校で写真を撮るような変態野郎なら、学校にカメラを持ってきているはずなのだ。データは家のパソコンとかに保存してあったとしても、カメラには少しくらいデータが入ってるんじゃないか。それに、生活指導室は生活指導責任者の板東しか鍵を持っていないと言う。何かを隠すにはもってこいじゃないか。だってあたしならそこに隠す。そんな不確定な予測の上であたしは動いていた。
そうしてあたしはその部屋まで来ると、ノブに手をかけた。


「…って、やっぱり鍵が掛かってるか」


しかし諦めるあたしではない。何年非模範生をしてきたと思っている。ポケットから2つの針金クリップを出すと折り曲がっているものとまっすぐ伸ばしたものをそれぞれ鍵穴に差し込んだ。
以前あたしの家をピッキングして勝手に乗り込んできた仁王にやり方を吐かせたのだ。まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。いともすんなり開いた鍵に、半ばにやつきながら中へ入ると、お目当てのものが目の前にあったのである。
ノートパソコンはなんと運のいいことかすっかり立ち上がってそこにはあったので、あたしは素早くそれに飛びつくと、写真のデータの入っていそうなフォルダを探し始めた。


「それにしても、ちょっと都合が良すぎるというか」


頭の片隅にそんな疑問を残しつつ、探す手は止めない。しかし、扉が閉まっていたのに、何故中のパソコンは立ち上がっていたのだろう。スリープモードだったわけでもないし。

…まるでついさっきまで使っていたような。

そこまで考えた時、それらしいフォルダを見つけたのだが、それと同時に背後に気配を感じた。


「…っ、!」
「おやおやこんな所で何をしているのかな?」
「しまっ…」


気づいて後ろを振り返った瞬間、思い切り頬を殴られて足がふらついた。その隙にそのまま後ろの机に押し倒されるように腕を捕まえられる。
視線を横に外すと、どうやらこの指導室には奥にもうひとつ部屋があることが分かる。つまり、板東が隣の部屋にいるのにあたしはそれに気づかず乗り込んでしまったと言うわけだ。
何があたしがなんとかするだよ。なんて、反省している場合じゃないか。


「やっぱりあんたが全部仕組んでたんだな」
「人聞きの悪い。私は槙村君をかばっただけです」
「あの子はもうやめたいって思ってたみたいだぞ」
「ならそう言えば良かった」
「写真で脅されてるのに言えるわけねえっつう、の!…って、」


なんとか身体を捻って板東の手から逃げようと、あたしは足に力を込めようとしたのだが、しかし、それはいとも簡単に押さえつけられてしまった。嘘だろ。
彼はにたりと笑うとあたしの腕を一つにまとめ上げるとそのまま頭の上で強くおさえつける。


「そこまで知っているのなら君もただでは帰せない」
「…い、いやいやいや、先生冗談きついって、」


まずいまずいまずい。
近づけられる顔に背筋が凍りついた気がした。締め切られた部屋に淀む空気や蒸し暑さがあたしの不快感を揺さぶる。
いつもなら逃げ道や方法くらいいくらでも浮かぶはずなのに、頭がショートしたように思考が働かない。そう固まっているうちに、板東は太股に手をかけてするりとそこを撫で回したので、鳥肌が立った。


「やめ、っ」
「はははっ、逃げられると思うのかい」
「っ、やだ、」


怖い。気持ち悪い。
言いようのない恐怖に、目の前がにじむ。助けてと、脳裏にあの二人の顔が浮かんだ時だった。
突然私の目の前から板東が消えた。それと同時に横で何かがぶつかるような派手な音。何が起こったのかとあたしは音の方を見れば、板東が床に倒れている。


「テメエ…殺す」
「ま、丸井君!」


板東と逆の方を見れば、完全に怒りで我を忘れた様子の丸井と、それをおさえツルと、そして仁王がいた。どうやら危機一髪と言う時に三人が駆けつけて、丸井が板東を蹴り飛ばしたらしい。


「大丈夫か、
「あ、ああ、ありがとう、仁王」


なんだか目を合わすことができずに俯いたままそう答えた。丸井も、ツルの言葉に怒らせていた肩を沈めてあたしの顔を覗き込んだ。


「全部話はツルから聞いた」
「お前さん、自分一人で片付けるなんて頭が悪いのにも程があるぜよ」
「ごめん…」


まだ板東に触れられた場所が気持ち悪い。止まない悪寒をおさえるように、自分を抱きしめるように腕を抱いた。謝るよりも、先にツルにお礼を言うべきだと仁王に諭されてあたしはツルを見上げる。彼は心底ホッとしたような顔であたしを見つめていた。


「ま、あとは俺達がなんとかすっから、とりあえずお前はツルと、」
「触らないで!」


帰れ、と言ってくれようとしたのだろう。しかしそれはそこで途切れた。あたしを安心させようと頭に伸ばされかけた丸井の手に、あたしはあろうことかビクついて思い切り弾いたのだ。自分でも信じられなかった。


「ごめ、っ…」


一瞬、脳裏に板東の顔がちらついたのだ。悪いのは板東のはずなのに、丸井に触れられることに、嫌悪感を抱いた。
あたしの動揺の中にある感情を察したらしい三人は黙り込んでしまった。あたしはその空間に耐えられなくなって、最終的にはその部屋から飛び出した。
何もかも無責任過ぎる。自分でやると言って、結局失敗して、皆に心配をかけて、助けてもらったのにお礼も言えなくて、挙句拒絶した。


何してるんだ、何してるんだ何してるんだ何してるんだっ、


「何してるんだよあたし、…っ」



自分の弱さが、浮き彫りになった気がした。






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(140321_これだけじゃ終わらないよ)