49限目_正直者が馬鹿を見るこんな世界「頭を下げなさい」 校長室へと連れて来られたあたし達三人は、突然板東に浴びせられたその台詞に唖然とした。さて、部活も終えたことだし帰ろうかと、三人で話していた時の事だった。 その部屋には校長と、あたし達を呼び出した板東、それに多賀谷と腕章をつけたPTAの役員らしい男がいた。どういう事ですかとまずあたしが問えば、板東は小馬鹿にしたように鼻で笑ってしらばっくれられても困るよと返す。 「板東先生は君達が盗難事件の犯人ではないかと言っている。どうだろう、君達がやったのかな?」 「校長先生、俺達は、」 「今更問うた所で彼らは本当の事など言いませんよ。今日まで何度も嘘をついて逃れてきたのですから」 丸井の声を遮るように板東は口を開く。頼みの綱は校長だと思った。彼はあたし達がそんなことをする奴ではないと知っている。しかし、板東の前で果たしてそれが通用するのか。校長は眉を潜めてそれっきり口を閉じてしまう。「証拠は?」仁王が口を開いた。そう、証拠などありはしないはずだ。あたし達は本当にやっていないのだから。 「君達が盗んだ所を見たという生徒がいる」 「はあ!?」 板東の話によれば、恐らくあたし達が部活動が終わったあとくらいの時間帯に、一年の教室に入り込んでそこに置いてあった鞄を探っているのを見たのだとか。あたし達がいなくなった後に鞄の持ち主に確認を取れば、確かに財布がないという。 「嘘に決まってる」 「嘘をついてその生徒になんのメリットがある」 「…」 「だったら、その見たっていう奴連れてこいよ!」 「そんなことをしたら、君達はその子を脅すだろう。話にならないよ」 まさに暖簾に腕押しだ。何を言ってもあたし達に貼られたレッテルのせいで何もかもが意味を持たない。愕然と黙り込むあたし達をゆっくり見てから、板東は多賀谷の名を呼んだ。 「多賀谷先生も君達に違いないと証言なさっている。生徒の事は担任の先生が一番よくわかっていますからね。その多賀谷先生がきちんと判断しておっしゃっているんだ。私は彼の言葉を信じたいと思いますよ。ねえ、多賀谷先生」 「…え、ええ」 ゾッとした。こんな裏の見え透いた言葉に乗ってしまうのかと。ぎりりと握りしめた拳は、丸井によってやんわりとおさえられる。怒りに任せてはいけないとわかっている。わかっているが、だからと言って納得できないだろう。「嘘だ」あたしのこぼした言葉に、多賀谷がビクついた。 「嘘に決まってる!多賀谷先生、あんた分かんないのかよ。もしこれであたし達じゃないとわかった時、板東はあんたに責任押し付ける気だぞ!」 「君君は何を」 「黙れよ!…目を見れば本当のことを言ってないことぐらいわかるだろ。…あたし分かったよ、多賀谷先生はこうやって板東のいいように圧力をかけられて、だからあんたはいつもそうやってひどく怯えてる」 「ち、違う!」 「そう、違いますよ。犯人だとばれて焦っているんだ。いきなりとんでもないことを言い出して…」 板東は、ポケットからある写真を取り出すとあたし達の前にそれを出した。「私は君達が何やらこそこそしているのを見ているのだ」と。そこに写っていたのはついこの間、あたしの家で夕飯を食べた日の、水道で三人で話していたその時の写真だった。あたしが二人に上から板東に見られていると耳打ちした、時のだろう。 「君はポケットから何か取り出しているね。盗んだ財布かな」 「は、違う!これは、」 監視されていることを二人に教えたことが完全に裏目に出た。ここで持っていたのは鏡だと言って信用されるだろうか。そうしてあたしが黙り込んだのをいい事に、板東はあたし達に歩み寄ると、作り物のような妙に媚びを売るような声で言った。 「人間、一度や二度の過ちはあるものなんだよ。それを私達は許し、彼らは反省し、また一からやり直す。それが本来の教育です。保護者の方は君達がきちんと反省して頭を下げれば『今回は』許してくださるそうです」 「なんでやってもいないことを、っ」 「君達は素行が悪いし、とても模範とは言えない。しかし君達にも誇れるものがある。…君達は部活動で大変優秀な成績を残しているね」 ずい、と近づいた冷たい顔に、あたしは背筋が凍ったような気がした。彼の言いたいことは分かった。このまま反抗を続けるならば、部活動停止をしてもいいんだぞと、そう言うことだろう。 畜生、こんな風に、あたし達は… 「君、丸井君、仁王君。本当に君達がやったのかい?」 そんな時、校長先生が再び同じことを問うた。最悪のタイミングだと思った。やっていないと、今この状況で言えると思っているのだろうか。唇を噛み締め、あたし達はだんまりを続ける。そのうち、その質問は多賀谷へと向けられた。 「多賀谷先生は、本当に彼らだと思うのですか?何か、言いたいことがあるのではないのですか?」 「…」 「先生、」 最後の望みだと思った。多賀谷だって、あたし達のことは分かっているはずだ。この前多賀谷と話した時に垣間見た、彼の不安を孕んだその瞳は決してあたし達に対してのものではなかったように思う。きっとこの曖昧な今の自分に対してのものだったのだ。 「多賀谷先生」 「…何もありません。彼らは何が良くて何が悪いのか、判断ができない生徒です。私は今まで彼らを見てきました。…彼らがやったに違いありません」 「…ってめ、…!多賀谷!」 「抑えんしゃい!あいつらの思うつぼぜよ!」 PTAは、あたしの態度に顔を顰め、きっとこれ以上騒いだならば、今度は重い処分を言い渡されるだろうことは明白だった。これはあたしだけの問題じゃない。吐きかけた暴言をぐっと堪えて、拳を下ろすと、仁王はホッと息をついてから、おもむろにあたしと丸井の間に立った。何をするのかと思うや否や彼はあたしと丸井の頭を押さえて、自分共々目の前の馬鹿教師どもに頭を下げたのである。 「仁王何を…!」 「本当にすいませんでした」 なんで。 悔しかった。悔しさに視界がじわりと滲んだ。 Δ 校長室から出たあたし達は帰る気も起きずに自分達の教室でぼんやりと窓の外を見ていた。夕闇がそこまで迫っている。不安を掻き立てる色だ。 「なんであんなことしたんだよ」 丸井が呟いた。仁王が頭を下げたあのことを言っているのだろう。あたしだってそれは腹立たしさを覚えていた。何故やっていないことに謝らねばならない。 「これであたし達は先手を打たれたんだぞ」 「……先手?先手、ってなんだよ。これで終わりじゃねえのか?」 仁王は黙ったままだった。彼は恐らく分かってやったのだろう。代わりに丸井があたしへ向き直る。 そう、これは先手だ。 板東はあたし達が邪魔だった。でもあたし達は退学になるほどの問題を起こしたことがないだろう。いつもただ注意を受けるくらいの、おふざけみたいなものだ。だから、彼はあたし達を退学にするための一歩を踏み出したのだ。一度大きな事件を起こして、甘い処分を下す。それから次はないといえば、あたし達はもうどんなに小さな問題でも起こしづらくなる。そこで今後あたし達が大人しくなれば学校側は結果オーライ。逆にに今までのことを続ければ、彼はきっとこう言う。 一度更生のチャンスを与えた。寛大な処置のために彼らは前回の処分を更生の機会ではなく、自分を甘やかす機会に変えてしまったと。次は厳しい処分をしなくてはならない。 「こんなやり方間違ってる」 自分の無力さに、遣る瀬無さを感じてつぶやけば、仁王がようやく口を開いた。 「あの場で、自分とブン太とを守る方法が、あれしか思いつかんかった」 「…っこんなの、」 こんなの何も守れてない。逃げてるだけだ。 あたしは言い返そうとしたが、仁王の怒りや遣る瀬無さや悔しさや、様々な感情の入り混じった横顔に、何も言うことができなくなってしまった。 「…ごめん。…確かに、きっとあたしも、最後はああしてたのかもしれないな」 あたし達の、子供の正義には力がないから。 BACK | TOP | NEXT (140317_そんな世界) 謙也誕生日おめでとう。あれ、今日だよね? |