45限目_悪い予感は大抵当たる


バスケ部のエースやって、テニス部の臨時マネージャーやって。一体誰がこんなハードな高校生活を予想しただろうか。今更な話であるが、週2の寝溜めできる日をテニス部の朝練によって削られることは、あたしからすれば辛い眠いしんどいの三拍子以外の何者でもなかった。
それに昨日まで合同学園祭があったわけだし、なんだかんだで大はしゃぎしてしまった疲れも十分とれていないわけだ。そういうわけで、今日からようやく本当の夏休みに入ることができると涙ぐむと思いきや、あたしは、(いや、この場合はあたし達、と言った方が正しいのだろうが)なんと補習にお呼ばれしていたのである。


「あーマジもーテンションだだ下がりなんですけど」
「行きたくないなら行かなきゃええじゃろ。不良の癖に真面目じゃなあ」
「そんなことしたら今度こそ停学食らって親に縁切られるわ」


そういう仁王だってちゃっかり行く気じゃんか。
まだ午前中だというのに、真夏の太陽があたし達を照らす。一番足取りが覚束ない仁王へ視線をやりながら、こいつは極端に暑いのも寒いのも苦手なくせして、よくもまあ家から出てきたものだと不思議に思っていると、彼は隣にいた丸井に横からパンチを食らわせて「来たくて来たわけじゃなか」と、目を細めた。切れ長な目が余計に鋭さを帯びて、うわあ、めちゃくちゃ怒ってんなあなんて、あたしは半笑いした。


「そもそも俺はお前さんらと違って補習なんざ引っかかっちょらん」
「え、マジで」
「ほんま、どっかの誰かさんが俺を道ずれなんて下らんこと考えんかったらここにいなかったんじゃけどナー」
「だって仁王だけ呼ばれないなんて絶対おかしいって。だろい?」
「おかしいんはお前の頭ぜよ」
「ああ?」
「オイオイ喧嘩すんなよ」


こんなに暑いのだから余計にイライラする気持ちは分かるけれど、悪循環である。あたしは二人の間に入ってまあまあと、両側の膨れっ面の顔を見比べる。…馬鹿。
すると仁王が「お前はどっちの味方なんじゃ」と、今度はあたしへ矛先を向けたので、肩を竦める他ない。


「まあ強いて言うなら丸井だけど」
「よっしゃ」
「お前さんはいつも『丸井丸井丸井』、それしか言えんのか」
「違くてさ、仁王がいた方が良いって言ってんの」


あたしがそう答えると、彼はしばらく押し黙って、それからぽつりぽつりと聞こえない位の声で、文句らしきことを言い始めた。しかし、どうやら学校に来ることは割り切ったらしい。丸井と顔を見合わせて、あたし達は苦笑した。

夏休みの学校は当然のごとく静まり返っていた。外からは微かに野球部やらサッカー部やらの声が聞こえる。補習は自分のクラスである一組で行うらしい。


「君のいるところに僕あり!」


…は?
まさか補習の対象者はあたし達だけじゃないだろうな、とか何時間くらい勉強をやらされるのだろうかとか、教室の扉に手をかけながら思考を巡らせていたあたしは、扉を開けた瞬間目の前にいた人物に目を丸くさせた。そこにいたのは補習なんてものに無縁のツルだったのである。


「おま、なんで、」
「言ったじゃないか、君のいるところに僕あり!と」
「つまりストーカーじゃな」
「そうとも言う」


君が補習に引っかかることなど調査済みさとドヤ顔であたしを教室の中へエスコートしたツルには呆れて何も言えなかったのであるが、かくしてあたし達の補習は始まった。

…なんて言ってもあたし達が真面目に勉強などするはずもなく、担任ががずっとそこで監督しているわけでもないので、補習はサボり放題だった。あたし達の他に呼び出されていたらしいメンツも、先生がいなくなった途端に答えを移しあっているから似たようなものだろう。あたしは現在ちゃっかり隣に座っているツルに答えを聞き放題で、分からないところはそんな風にして空欄を埋めて行きながら、ちらりと、丸井が先程まで座っていた席へと視線を移した。彼がどこへ行ったのかというと、コンビニである。突然アイスが食べたいと騒ぎ出した彼はすぐさまあたし達のパシリ要因に成り下がり、この炎天の下コンビニに駆り出されたのだ。それにしても、アイスを買いに行く直前に見せたあの丸井の表情は何だったのだろう。ペンをくるくると回しながら、あたしは先程のやり取りをぼんやり思い出していた。



「ツールー、俺にも答え教えてくれー」


数学の補習だけあって、一番最初に音をあげたのは丸井だった。まああたしもずっとツルに答えを聞いていたから人のことは言えないのだが。


「丸井君は自分で考えたまえよ。もう全部0とか書いとけば良いんじゃないかい」
この野郎
「君には数学が得意な仁王君がいるだろう」
「こいつ嘘教えんだもん。…ー写させて」
君に話しかけるんじゃないよッ」
「…お前ってほんと大好きだよな」
「当たり前だろう」
「…」


仲が良いなあと、いつも思う。ただ、前にそう言ったら、全力で(特にツルに)否定されたのだが、仁王はそうでもないくせに、なぜツルは丸井を毛嫌いするのだろう。絶対仲良く見えるのに。まあいつものやりとりなのであたしは完全スルーを決め込み解けるところは自分で解き進めていたのだが、ふとなかなか前に向き直る気配のない丸井の視線が気になって顔を上げた。彼は何か言いたげな、不服そうな顔をしてあたしを睨んでいる。…何だよ。


「べっつに!」
「…そうかい」


それにしては怒っているように見えるけれど。それじゃあ少し黙ってくれと彼を前に向き直させようと、椅子を軽く蹴ってやると、彼はそれに余計腹を立てたようで、ムカついたら腹が減った理論で突然「アイス食いたい!ガリガリ君!」と騒ぎ出したのだ。


「ツル、シクヨロ」
「君の命令なんぞ聞かない」
「この野郎」


とまあ大体予想はついていたが再びこの二人が喧嘩を始めたので、あたしは「丸井が言い出したんだからあんたが行けよ」と顎で窓の外をしゃくると、彼は肩を怒らせて教室から飛び出して行った。「あたしパピコな」「俺ピノ」「誰が買うかよばあああか!」「あ、丸井君待って!…て、聞いてない」
ツルは何故か丸井を引きとめようとしていたが、それは敵わず、廊下からの丸井の暴言を聞き流しながら、あたし達は補習に戻ったわけである。


「…にしても遅いのう」


仁王がおもむろに時計を見て呟いたことで、あたしはハッと巡らせていた思考から離脱する。たしかに、丸井が出て行ってからもう30分は経つというのに、一向に帰ってくる様子が伺えない。携帯は置いて行ってしまったようだから連絡は取れないし、なんだか少し気になってあたしは立ち上がると、それを怪訝そうに見上げたのはツルだった。


「まさか迎えに行くの?」
「まあ、心配じゃん」


あたしが仁王と顔を見合わせて、なあ、と言うと、彼はやめた方が良いとあたしを無理やり席につかせた。意味がわからない。「彼を挑発したのは僕だから僕のせいではあるんだけど、」ツルは手元のテキストを眺めながら口を開いた。


「丸井君を行かせたことを今更ながらに後悔してるよ。もっときちんと引きとめればよかった」
「何で」
「忘れてるのかもしれないけど君達は今疑われてる人間なんだよ。もっと慎重に行動すべきだよ」
「疑われてるって、」


何だっけ、と口にしかけてあたしは思い出した。あたし達は盗難事件の犯人だのなんだのと意味のわからぬことに巻き込まれていたのだった。確かに勝手に抜け出して単独行動なんて、疑われる要因を作るようなものだけれど。彼はあたしの表情から、言っている意味が理解できたと判断したらしく「僕が行くよ」と立ち上がった。しかし、それをあたしが制する。もう丸井が外に出ちまってるわけだから、今更何も変わらないし、盗難事件ならあたしもなんだか引っかかることがある。調べるという意味も込めてあたしが行くよと言った。


「君も分からず屋だな、君、そういう詮索がだな、」
「はいはい。お母さん行ってきます」
君!」
「仁王、頼んだよ」
「ん」


まあ本来補習を受けなくてはいけないあたしと丸井がいずに、補習が必要ない仁王とツルが教室に残るのはとても奇妙な状況だが、まあいいだろう。補習から抜け出せたし、ラッキーなんて思いながら階段を下っていると、案外すぐに丸井を見つけることができた。どうやらもう学校には戻って来ているようでかすかに聞こえた丸井の声を頼りに廊下を歩いていると、ある一年の教室からだとわかり、こっそり覗き込むと、仲には丸井に抱きついている槙村の姿が見えてあたしはすかさず身を引っ込めた。は、槇村がが丸井に、えええええ。


「ななななん、なんだ今の」


どういう流れでこんな風になったんだ。こんな少女漫画みたいな流れを見るのはいつぶりだろうか。ジャンプでヒロインと主人公がいちゃついてるシーンを見たぶりである。て、それ少年漫画じゃねえか。盗み見は良くないとは思いつつ、そのまま動けないでいると、丸井が「泣くなよ」と彼女の頭を撫でているのが見えた。さすが弟がいるだけあって、慣れている感じがある。それから彼は持っていたコンビニの袋を開けて、好きなの選びなと笑う。


「どれがいい?」
「…いりません」
「いいから」
「…」
「ほら、どれだよ」
「…パピコが、いいです」
「え、あー…これは、あー、まあいいか、よし、パピコをやろう」


パピコあたしの!とは言い出せず、ぐぬぬと怒りを必死に抑えていると槙村と別れて教室から丸井が出てくる音が聞こえたのであたしはあわてて隣の教室に飛び込んだ。
…それにしても、
なんでこんなところで丸井と槙村が話しているのだろうか。二年生の教室にまっすぐ戻っていたなら一年の教室の前など通る必要などないというのに。


「…何か引っかかる…」
「お前何してんの?」
「おわっ…ま、丸井!?」


しっかり隠れていたつもりだったのだけれど、物音を聞いて耳ざとくあたしを見つけたらしい丸井は、廊下からこちらを覗き込んでいた。あたしは驚いてすっ転んだまま「あんたが遅いから!」と言い返すと、「あー…」なんて口ごもってからベリベリとガリガリ君の袋を剥いて前にしゃがみこむとあたしの口にそれを突っ込んだ。


「はひふんはよ!」
「なに言ってるか分んねえよ」
「…」
「つうか、わりい、パピコなかったからこれで我慢な」
「…」


別にそんなマジですまなそうな顔しなくても良いのに、なんて思いながら、あたしはガリガリ君を手に持ち直す。彼がそうして立ち上がると付け足すように指を立ててこう言った。


「あと、水玉パンツ見えてる」
「しね」






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(140228_パピコとガリガリ君)
なんか今日はめっちゃ鼻がむずむずします。