休み時間_男だって時には女々しくなる


これは後夜祭で俺とが会う数時間程前の話。

とキスした」


ゴッとかなり鈍い音を立てて机に額を打ち付けたブン太に、売上金を数えていた俺は思わず「は?」と顔を上げた。今なんて?え、ごめん今なんて。二日間の合同学園祭が静かに幕を閉じようとしているそばで、目の前のこいつは何やら新たな幕を開こうとしていやしないか。
スマッシュDEビンゴのテントの外ではプレートやラケットなどの備品を片付けていた真田が、それを手伝わせていた赤也を叱る声が聞こえる。また何かしたのかと、呆れ半分に目の前の赤髪へ視線を戻した。彼は伏せたまま微動だにしない。


「…キスした」
「ついにか」
「何だよついにって」


だってついに、だろう。長い道のりだったと、まるで親になったような気持ちで頷いていると、「売上金はどうだ」と外から真田の声がする。売上金を跡部に報告しなければならない俺は「あと少しじゃあー」と間延びした声を上げた。まったく、売上金を競うなんて面倒なことを考えてくれた。


「ええと、これで三万じゃから、」
「え、ちょっと待ってそれでおしまい?それだけ?もっと他に何か言うことあんだろい、ほら、なあ」
「あ、ちょ、おま、今んでいくらかわからんくなった!」
「金なんてどうでもいいだろい!お前金ばっか数えて、金と俺、どっちが大事だよ」
「金」
「しね」
「お前さん俺が好きで金数えとると思っとんのか」
「違ったのか…」
「お前の脳内何でできとんじゃ」


売り上げを報告するとが初めに言ってたろうが。そもそもお前がここでうだうだやっている間に甘味処の売上だって、誰かしらが数えているはずだ。柳とか、柳生とか。もう一度一から金額を数え始める俺の横で「さーん、にー、ごー、ひゃーく」なんて小学生さながらのカウント妨害を始めるブン太の足を俺はズダダダとものすごい勢いで踏みつけた。ふざけんなこの赤髪。


「仁王お前どんだけ人でなし」
「じゃあブン太、選びんしゃい。こっから消えるか、俺が話聞く代わりにお前が売上金数えるか」
「よしわかった。売上金山分けしようぜ。跡部にはゼロでしたって言って」
俺は選べって言ったんじゃけど


ぎ、と俺はブン太をひと睨みすれば、彼は口ごもってから、俺の手元の売上金の入った箱と電卓をおずおずと引き寄せた。どうやら代わりに数えてくれるらしい。口を尖らせながら「…いち、に、」と数え始めたブン太を確認してから俺は「そんで?」と頬杖をつき、彼の話を促した。ブン太はしばらく視線を宙に彷徨わせているが、聞けという割にやはり言いづらさはあるらしい。


「とりあえず仁王」
「ん?」
「何とかしろ」
「何とかって…」


話は聞くとは言ったがこれまたハードルの高い要求をされたものだ。何とかって何だよ。
「本当に何とかして欲しいんか」「何とかって何」「俺が聞きたいけどな」そんな馬鹿げたやり取りの後、ブン太は再び机に突っ伏し始めた。おいお前さん金数えんしゃい。髪の間からのぞく耳は髪と同じくらい赤い。そんな姿は俺からしたら悩んでいるようには見えない。だからこそ何とかすべきではないのだろうが。のう、ブン太。


「何とかの例を挙げるなら、からお前さんとキスした事実を忘れさせるとか」
「何それできんの」
「鈍器で殴れば」
「駄目に決まってんだろ馬鹿」
「冗談じゃろうが」


それに鈍器で殴ったところでその記憶だけを忘れるかは定かではないし。


「ちゅうか、何とかって、ブン太を何とかするんか、を何とかするんか、どっちなん」
「…」
とキスしたことが嫌ならお前さんが気持ち切り替えたり忘れられるように『何とか』するしかないやろが」
「…嫌とか、そう言うんじゃ、なくてさ」
「おん」
「…つか、正直すっげー嬉しいんですけど…、って俺は何言ってんだよバカかよああああ」


んな事は知っとるよ馬鹿。
両手で顔をおさえるブン太は何というか、笑える反面正直引いた。「ブン太女々しい」俺は思ったことを素直に伝えれば、「うるせえ黙ってろい!」なんて、どこの誰が話を聞いてくれと俺に頼んだのか。


「ちゅうかそんな状態でに会えんのかのう」
「むり」
「…あんま女々しいとに嫌われるぜよ」


俺がポツリとそんなことをこぼせば、伏せたままのブン太の身体がガタッと揺れた。分かり易過ぎて笑える。赤也あたりもそうであるけれど、こいつらはこう言った時に限って試合での凄まじい判断力や度胸なんかが一気に抜け落ちるから可笑しい。「ま、まじか」なんて顔を挙げるブン太に俺は言葉は寄越さずにただニヤリと笑ってやった。
丸井ブン太はしばらくそんな俺を見て何かを思案していたようだったが、「…分かったよ!」とヤケになった声を上げるとドカドカと甘味処の方へと帰って行ってしまった。結局自己完結していきよった。…ちゅうか手元に残された売り上げ計算は結局俺がするんかい。赤也にでも押し付けてやろうかと、小さくなるブン太の背中を見送りながら俺はフッと笑みをこぼして目を伏せた。


「…にしても、面白いことになってきたぜよ」




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(140217_女々しいブン太)
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