44限目_うわべだけ見てちゃ相手の本音なんて分からない


丸井とキスした。
あの時は背景が突然頭に落ちてきたという衝撃と、あまりの状況の飲み込めなさに、あたしは丸井とキスしたことに関してそこまで頭が回っていなかった。しかし、今こうして考えてみると、結構とんでもないことをしでかしてしまったのではないか。いや確実にしでかした。
どうやら観客席側からは、背景が倒れたという事故にしか見えなかったそうなので、あたしと丸井がキスをしたのはステージの上にいた人間しか把握していないことらしい。広まらなくて良かった、いや、そういう話ではないではない!今更ながらに恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。


「…どんな顔して丸井と話せばいいんだよ」


組んだ両手を額にあてて、あたしは後夜祭やフォークダンスで盛り上がるグラウンドの隅にいた。数メートル先ではこの学園祭でいつの間にやら生まれたカップル達が楽しげに手を取り合って、キャンプファイヤーの周りで踊っている。そんな姿に思うのは抜け無がないと、それだけである。よくもまあ、イベント毎に合わせてカップルができるものだ。ぼんやりと炎を眺めながら、あの時の丸井の顔を思い浮かべていると、ふと自分に影が落ちた。「おじょーさん」


「うおおお仁王おおおああ!」
会って早々胸ぐら掴まれるなんてびっくりじゃあ


ナイスタイミングというかなんというか!実は来るのをちょっと待っていたよ、あたしの話を聞いてくれよ!あたしは仁王のシャツを掴んだまま、強く揺さぶると、彼はされるがままに振られていた。「ちょーやめーてー」やる気のない彼の声。
しかしいつまでもそうしているわけにはいかないので、あたしは彼から手を離すと、一歩だけ後退して、そして俯いた。


「何じゃ、どしたん」
「に、にお、あたし、」
「ん?」
「ま、っ丸井とチューしちまったんだよああああッ」
うん、知っとる
ええええ


何故だ。意味がわからなかった。彼は観客席にいたはずだ。そちらからはただ上から背景のセットが倒れてあたし達が下敷きになっているようにしか見えなかったはず。現に、ステージにいた人間からしか冷やかしは受けていない。まあそいつらは全員あたしがアイアンクローを繰り出してやったので、もしかしたら他の奴は怖がって冷やかしに来れないだけかもしれないが。とにかく何故仁王がそのことを。じとりと彼を睨みあげると、あたしは何も言っていないのに、「企業秘密ぜよ」と、口元に人差し指を立てて小さく笑った。


「そんで、お前さんはたかがそれだけのことで狼狽えてるんか」
「それだけのこと!?こちとら次はどんな顔して会えばいいか悩んでるっつうのに!仁王のハゲ!」
「ハゲとらん」
「ハゲエエエ」
「あ、」
「何だよ!」
「後ろにブン太が、」
「うっそ!?」
「うっそー」
「とりあえず一億回死ねええええ」


彼は自分に振り回されるあたしが至極面白いようで、とてもとても嬉しそうにニヤついていた。腹立つ!
「お前もうこっちくんなあああ寄るなあああ」この調子に乗っている時の仁王にはあまり勝てる気がしないので、あたしは鞄をめちゃくちゃに振り回していると、それをするするかわしていく仁王が、急にあたしとの距離を詰めて、かと思えば腕を捕まえられた。それと一緒に腰に回された手に、あたしは身体を硬直させる。


「なんじゃ、まさかブン太とがファーストキスとかそういう」
「うるっせええ!つうか離せバアアアアカ!近えよバアアアアカ!」
「…お前さんの照れ隠しは可愛げがないのう」
「黙れ!」
「はいはい黙らんよ。んで、どうじゃ、ブン太がファーストならセカンドは俺と試してみん?」
「っなん、…っ、た、試さねえよ消えろおおお!」
「いっ…」


一気に顔へ集まった熱に、頭が真っ白になったあたしは、仁王を張り倒すと、彼は情けなく地面に倒れてやるせなさそうな表情であたしを見上げた。「…冗談が通じんやつじゃ」お前の冗談はキツイんだよドアホ。ついでに上から土でもかけてやろうとしたら、その時後ろで足音がした。


「何してんだ、お前ら」
「わああああああああ!丸井ダアアアア」
「丸井ですけどってお前土投げんなよ!」


丸井は咄嗟にガッ、と土を握りしめるあたしの手を掴んで、もっさもっさと掴んでいた土を投げていたあたしのそれを阻止した。突然の接触にあたしの頭は今にも湯気が出そうである。しかし視線の先の丸井の表情は、予想外にも落ちついていてあたしはなんだか拍子抜けしてしまった。あれ?
ステージの上ではあんなにテンパっていたのにどういうことだろうか。ぽかんと彼を見上げているあたしに丸井は怪訝そうな表情を向ける。「な、何だよ」「ああ、いや…」あたしが意識をし過ぎているのだろうか。


のその顔なんかムカつくんだけど」
「わ、悪かったな、元からだよ」


なんだか一人で大騒ぎしていることが馬鹿馬鹿しく思えて、あたしは丸井とキスしたことをなかったことにしようと思った。丸井も気にしている様子もないし、もしかしたらあたしの記憶違いだったりするのかもしれない。そうに違いない、そうしよう。そう無理やり納得していると、その横で丸井が「ああそうだ」と何かを思い出したように持っていた袋をあたしと仁王へ突き出した。中には缶ジュースが入っている。


「部長から差し入れだってよ。一番は氷帝に持ってかれちまったけど、上出来だってさ」



そういえば最後の最後にあのキス事件が起こってしまったからすっかり忘れていたけれど、もう既に学園祭二日目が終わろうとしている。立海の店は流石にあの氷帝のもはやインパクトだけで勝負しているような喫茶店には及ばなかったものの、なかなかの奮闘を見せたのである。後夜祭を楽しむ人たちを眺めつつ、なんだかんだで振り返ってみると案外あっという間だったなあとあたしは息をついた。


「ほれ、」
「ひー冷たっ」


頬に当てられた缶の冷たさに肩をびくつかせて、それを受け取ると、「それじゃあ、」と丸井が自分の持っている缶を掲げた。


も仁王も俺もよく頑張りましたっつーことで」
「かんぱーい」


何だか今まで不良としてこういったイベントをすべてボイコットしてきたあたしからすると、とても新鮮で、いい思い出ができた。どれも、全部こいつらのおかげである。この二人が無理やりあたしを連れ出してくれなければ、こんな思いはできなかっただろうし、この二人がいてこそ、きっとここまで楽しめたのだろう。
ジュースを飲みながらこっそりそう笑うと、隣にいた仁王が、あたしと丸井を交互に見てそれから


「なかなか面白いもんが見れたぜよ」


何故かそう、意味深に口元に弧を描いたのであるが、もちろんあたしにはその意味が分からなかった。


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(140205_進展…?)
お久しぶりです。久々すぎて、なんかよう分からん感じになりましたが、リハビリ中だと目をつぶってやってくださいまし。