43限目_恋の進展があってこそ文化祭



文化祭二日目、本日は比較的仕事の割り当てが少ないあたしは、暇になった仁王ともそもそもと焼きそばを貪っていた。甘味処も、スマッシュDEビンゴもなかなかに繁盛しているようだし、売り上げは良い線を行くのではないかと思う。
あたしは昨日あまり回れなかった露店をぐるぐると見ているうちに、ふと城のような、学園祭には似つかわしくない建物に目がいった。「…なんだこりゃ」どうやら喫茶店のようだが、見た目は外国の城さながらである。
思わず零した言葉に、隣の仁王が顔を上げた。


「ああ、これは跡部んとこのやのう」
「あいつか…」


名前だけでこの事態を妙に納得できてしまうことには苦笑いしかでない。仁王の話では前回の合同文化祭でも似たような店を構えていたらしいし、彼も懲りないと思った。中の食べ物もかなり高そうだ。庶民にはあまり気軽に手を出しにくそうだと思うが、おそらく跡部目当ての女子が群がっているので、こちらも売り上げの心配はあまり気にしていないのだろう。
そんなわけであたしはここら辺に長居をする気はどうにも起きず、仁王を連れて退散しようとした時、噂をすれば影、不意に「じゃねえか」と後ろから話題に上がっていた人物の声がした。げ。


「仁王と二人だけとは珍しいな」
「…そうでもないけど」
「そうか?…ああ、そんなことより、お前はこんなところにいていいのか」
「何って、」

一体どういう意味だろうか。跡部は至極不思議そうにあたしを見て、そう言った。言葉の意味がつかめずに、もしかして今の時間にあたしに割り当てられた仕事があっただろうかと思考を巡らす。しかし跡部があたしの考えを察したのか、すぐに「ちげえよ」と首を振った。


「丸井のところに行かなくて良いのかって聞いてるんだ」
「は、丸井?」


何故丸井、と新たな疑問が生まれたものの、丸井は午後になって急に姿を眩ましてしまってそれを探すためにあたし達は学園祭をぶらつきながら探しているのだと答えた。携帯も繋がらないので困ったものである。どうにも幸村曰く、一人で模擬店を周りに行ったというから、歩いていれば見つかるだろうと思っているが。そこまで説明して、仁王に同意を求めた時点で、跡部はあからさまに、まるで何を言っているのだとでもいいたげな顔をした。


「なんだお前、まさか知らねえのか」
「え、何が」
「でもどうせ、この感じじゃ仁王は知ってたんじゃねえのか」
「んー、まあ、口止めされとったからのう」
「ちょ、何の話」


完全に話に置いていかれている。仁王は何か知っているのか、そう言う意味を込めて彼の腕を掴むと、跡部がそんな仁王を見て、それからあたしを見た。


「別に大した話じゃねえ。ただ丸井が、幸村監督の演劇に出るって、そう言う話だ」
「何それ」
「そんで、その劇が丁度今講堂でやっとるんじゃ」
「あ、っそれって丸井があたしに隠してたアトラクションだろ!何でそれを早く言わないんだよ!!」
「じゃーから今言ったじゃろうが」
「つうか、言って良かったのか」


跡部が呆れ顔で仁王を見たので、彼はどこ吹く風といった様子で口元に弧を描いた。まあバレなかったらこのまま言うつもりはなかったけれど、もともとは言った方が面白いことになるとは思っていたらしい。それにしても何故あたしにだけ隠していたのだろう。「俺の天才的な演技、しっかり見ろよ!」とか言いそうなものだが。「さあて、なんでかのう」意味深な仁王の台詞に含まれた内容を、あたしはどうにも汲み取ることができなかった。まあいい。そんなことよりもだ。


「こっそり見に行こう」
「ステージから客席って案外見えるもんだぞ」
「変装変装。こんな時こそ前の男装の出番だよ」
「お前さん、あれバレたとか言ってなかったか」
「アレンジすればきっと大丈夫」


バレようが絶対見たいし。だって隠すってことはそれだけ見られたくないって事でしょ。相当面白いことをやるに違いないよ。
どこから出したのか知らないが、仁王からひったくるようにカツラを取り上げて頭に載せると、あたしは「それで、」と跡部を見た。


「演目と丸井の役は?」
「演目は白雪姫。丸井は白雪姫役だ」

…What's?


Δ


そういうわけで、男装のあたしと仁王は講堂に乗り込んだわけであるが、あたし達が来たタイミングが丁度白雪姫が毒リンゴを食べたあとだったらしく、丸井はもうステージにはおらず、しばらくは白雪姫の母親役と、小人役の出番らしい。いつも丸井丸井とうるさい芥川とかいう奴が小人の一人であることは認識できた。声がうるさい。
今頃丸井はステージ脇で待機しているのだろうか。ぼんやりとそんなことを考え出したらちょっとばかしそんな丸井をからかいにいきたくなって、空いている席を探している仁王に声をかけた。「あー…のさ、仁王」「ん?」ちょっとトイレ行ってくる、とあたしは彼にへらりと笑いかけた。しかし仁王からはじとりとした視線が注がれる。この目はあたしの嘘を見抜こうとしている時の目である。


「…何のために男装したのか分かっとるんか。ブン太んとこ行くならバレんようにな」
「…ぐうう、大丈夫だって」


やっぱりバレてるという。仁王には隠し事ができねえな、とあたしはこっそり肩を竦めて舞台袖へと歩き出した。
舞台そで、下手を覗くとそこには衣装が乱雑に詰め込まれた箱が一つ置いてあるだけで、丸井の姿は愚か、誰の姿もなかった。どうやら次は全員上手からの登場らしい。ああ、せっかく来たのに失敗した。小さく溜息を洩らしながらも、どうせ来たのだからと、あたしは興味本位で衣装の箱を漁り始める。恐らく使われなかったらしい姫役の衣装やら王子役の衣装が詰め込まれていた。


「あ、これ絶対あたしに似合う」


イカした王子の服はイケメンに変装したあたしに間違いなく似合いそうで、ちょっとだけ、とあたしはそれを羽織ってみることにした。剣の小道具も、重いのかと思っていたが存外簡単に振り回せるほど軽くて脆そうだ。まあ中学生の演劇に本格的なものを使うわけがないか。一人で納得して、剣を箱に戻そうとした時だった。


「誰かいるんですか、って、あれ」
「え」


なんとタイミングが悪いことか。運営委員の腕章をつけた男子がひょこりと現れたのである。恐らく幕の開閉を任されているのだろうが、しまった、そのことをすっかり忘れていた。何と言い訳しよう、って王子の服着てちゃ何にも言い訳できねえよ。あたしは視線をふよふよと彷徨わせていると、目の前の運営委員は不意に「あっ」と声を上げた。


「王子役の方ですか。確か今の場面では下手には誰もいないはずなんですが、掃けるときに上手と下手を間違えちゃったんですね」
「え、あ、まあ、そんなような、ハハハ」
「まあ上手と下手の間違いくらい、大丈夫ですよ」
「で、ですよねー…」


どうしよう。この人きっとあたしが舞台に出るまでここにいる気だ。おかしなことになった。こんなことになるなら初めから大人しく仁王と待機していれば良かったのだ。自分の行動の愚かさにほうけているあたしは「出番みたいですよ」という運営委員の声で我に返った。どうやら王子が白雪姫の棺に現れるシーンらしい。


「ほら、行って行って」
「ちょ、ま、ちが、っ」


きちんと言葉を発する間も無く、あたしはとうとう舞台へと押し出された。もちろん、向かいの上手からは本物の王子である千石が現れているわけで。お前だったのか、と思いつつも、二人現れた王子に観客がざわついたことであたしは冷や汗が吹き出した。どうしよう。
舞台下へと目をやればそこには監督の幸村がいる。彼は「何でお前がいるんだよ」とばかりに早速男装のあたしを見抜いて睨んでいる。後で殺される。終いにはアドリブでなんとかしろとカンペを出されてしまいあたしは目の前が真っ白になった。そんなこの状況の打開策を講じたのは千石だった。


「おお、貴方は隣国の王子ではないか」
「…へ」
「貴方も眠り続ける姫の噂を聞いてここへ来たのでしょう」


しかし姫を目覚めさせるのはこの私です、と千石は腰の剣を抜いた。飾りとしてつけていた本来使われるはずのなかったそれは、ライトにあてられ妙に安っぽく輝いている。これは姫の取り合いに持ち込まれた系。あ、あたしもやった方が?カンペを見ると「抜け!」と一言。とりあえず剣を抜いた。


「いざ!」
「えええちょ、」


急に詰められた距離に、あたしはハッと息を飲んだ。無意識のうちに身体が反応して素早く後退する。バスケのステップバックの感覚だった。まさか部活で練習していた技がここで役立つとは。相手が予測できないこの動きが特徴の技であるから、まさかよけられるとは思っていなかったらしい千石は「うっそ…」と小さく声を漏らした。その隙に、あたしは剣で千石の腹を切るフリをする。


「ま、負けました…」


そのままの勢いで倒れた千石に、あたしはドヤ顔を晒してかっこよく剣をしまう。そこまでは良かった。いや、良くない。何も良くない。どう考えてもこの場合、台詞も知らない飛び入り参加のあたしがやられる役の方が良かったに決まっているじゃないか。唖然とその場に立ち尽くすあたしは、同じくほうけている小人を見やると、その中の一人が小さく手招きをした。お前が代わりにやれということだろう。まあ白雪姫の話はだいたいわかる。あとはキスして姫が起きるだけだろう。
あたしは腹をくくって棺のそばで跪くと、その中を覗き込んだ。さてさて丸井の間抜けっツラを…


…えええ嘘だろめちゃくちゃ可愛い…!


正直丸井の女装なんて微塵も期待していなかったけれど、茶髪のふわふわなカツラをかぶった丸井のなんと可愛いこと。あたしより女子に見えるじゃねえか…!口をおさえて震えていると、丸井が薄目を開けて、しかしそれはすぐにかっ開かれた。


「っなんでお前ここにいるんだよおおお!」
「い、いろいろあって…」


いくら客席に背を向けているとは言え、このまま話続けるのはまずい。言葉を濁して棺に手をかけた時、丸井がハッとしてその手を払った。「え、何だよ」「やめろよ!」「何が!」口論をする横で、棺の周りの小人は「早くキスしろ」と急かし始める。観客も相変わらずざわついたままであるし、早いところ舞台を終わらせなければまずいのはあたしだって承知だ。


「でも丸井が」
「おおお前となんて無理だ!」
「でもフリだろ」
「フリでも無理だ!」
「千石とのフリはできてあたしとはできないのか」
「だっ、だって、そんなの、む、無理だって…っ」


かああああと、一気に顔を赤くした丸井は怖いくらい女の子に見える。きっと今あたしが冷静なのは相手を丸井ではなく女の子と認識しているからに違いない。


「まじ丸井女の子みたいだな」
「う、うれしくねえよ!」
「何でもいいけどほら、顔近づけるだけだから。観念しなさい」
「待っ、…」


丸井の頬にそっと手を当てて、あたしは棺の中へ顔を近づけた時だった。ダメな日は最後までとことんダメとは言ったもので、上の方からギシギシと何かの軋む音がした。それに気づいたと同時にあたしと丸井に影が落ちる。え、何。そう思ったのもつかの間。頭に衝撃と痛みが走った。壁に取り付けてあった背景の板が外れてあたしと丸井の上にばたりと、かぶさるように落ちてきたのである。薄い板でできているので背景とぶつかった後頭部は大して痛くはなかった。痛くはなかったのだが、問題はそこではない。
上から頭を押されたセットの重みであたしと丸井の間にあった距離がなくなってしまった。


ん?
んんん!?


ちゅうう、と触れ続けているこの口をあたしはどうすればいい。至近距離で目がばちりと合い、丸井が慌ててあたしを押し返した。が、しかし、あたしの頭もとい背中はセットに上から押さえつけられて上がらないわけで、なんとかして顔を横に逸らすと、丸井の顔の横に自分の顔を落ち着けた。舞台では「早くセットをあげろ!」なんて慌ただしい足音が聞こえる。うん、早くしてくれないとなかなか体勢がきついし自分がいたたまれない。


「…どうしようこれ夢かな、そうだよね丸井…」
「っ…しゃべんな、しねバカ!」
「…あたしだって泣きたいわ」
「…とキスした」
「口に出すなしねバカ!」


それから背景のセットが持ち上げられ、救出されたあたし達が皆から生暖かい目で見られるまで、あと30秒。





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(140110_進展…?)
なかなかしない進展に、一歩だけ乗り出してみました。