42限目_女は度胸、男も度胸


結局あたしは仁王との会話の後、案の定彼に引きずられて医務室から強制退場させられた。こうなれば誰もあたしの言い分など聞いてくれないことは分かり切っている。次の見回りの時間までしばらく時間があることだし、と腹をくくり、あたしは彼らの遊びに付き合ってやることにした。
さて、そう決めたは良いとして、何をしようか。適当にぶらつこうにもあまりの混雑加減にロクに前へ進めないし、早速はぐれそうである。特にいつの間にかさも当たり前のようにそこに存在していたツルが。彼はあたし達と比べてとてもとてもか弱い奴なので、ふと目を離すとすぐに波に流されている。うける。


「なんでこんな混むんだよあり得ねえ」
「跡部パワーじゃろ」
「やるな跡部」


またもや流されそうになるツルの腕を引っ張りながら、そう思うだろうと同意を求めると彼は目を回しながら「パスタはレモネードだよね」とわけの分からぬことを言った。なんか色々違う。おい気をしっかり持て。
そんな中、ついに丸井が痺れを切らしたのか、あたしと仁王の腕を掴んで思い切り自分の方へ寄せる。離れていたあたし達が一気に近づくと、ようやくホッと息をついた丸井は、相変わらず腕をがっちり組んだまま「提案です」と小さく手を挙げた。


「はい、丸井君」
「館内を回るのはキツイと思います」
「あたし外は嫌だぞ」
「いや違くてさ、どっかに腰を落ち着けようっつってんの。ツルもこんなだし」


そう言って彼が向けた視線の先のツルはもう息も絶え絶えと言った様子で、確かにこれ以上この人の波を掻き分けるのは少々無理がある。もういっそ席を確保して講堂の出し物でもぼんやり見るのが得策なのだろうが、この時間では席を四つも取るのは難しいだろうし。じゃあどこに行くんじゃと仁王が口を挟んだ。はい、と再び丸井が手を挙げる。「丸井君どうぞ」


「喫茶店が良いと思います」
「はい却下ー」
「何でだよ!」
「誰でも考えるようなこと言うなよ。喫茶店なんか同じこと考えてる奴でごった返してるに決まってる」
「いやでも俺ジュース飲みたい」
「もともと買ったもん注いでるだけなんだからわざわざ喫茶店入らなくてもジュースなんて自販機にあるだろ行ってらっしゃい」
「仁王先生さんが元も子もないこと言います」
「馬鹿野郎、先生はあたしだろ、設定気にしろ」
どうだってええわ


彼はこんな中で取っ組み合いを始めようとしていたあたし達の頭をはたいて、比較的にすいている場所へ引きずって行く。その途中、ふととある模擬店を見つけてあたしは三人を引き止めた。これ良いんじゃない。そうしてあたしが指し示したのはお化け屋敷だ。今はあまり人が入っていないし、中は涼しいだろうし、お化け屋敷なんて滅多に入ることはないから面白そうではないか。


「僕はこういうの興味ないだよ」
「あ、ツルが再起動した」
「つうか日本語おかしいぜよ」
「ははーん、まさかツル、あんた怖いの?」
まあ、それなりに
「…怖いんだ」


うん、良いんじゃないかな。あたしツルのそういうところ嫌いじゃないよ。「まあじゃあ尚更入らないと」ツルの腕を掴んだあたしは意気揚々と受け付けの人に声をかける。「え、ちょ君!僕は辞退するよ!」「すいません四人なんですけど」「Wow聞く気無し!」
どうやら中へは二人一組でしか入れないというので、あたしはツルを自分の方へ引き寄せた。


「じゃチームはこれで良いよな」
「えー、俺ブン太と…?」
「あははせいぜいいちゃつけば?」
「おえええ」
「てめ、…俺だってお前となんか入りたくねえわ」


早速仲間割れを始めている丸井と仁王は置いておくとして、あたしはツルの背中をポンと叩いて大丈夫だって、と笑った。


「なんかあったらあたしが守ってあげるから。それでもまだ心配?」
「男前で泣けてくるよ君」
「だろ?」


そんなわけで、ツルがようやく折れたので、未だに喧嘩を続ける丸井達より先にあたし達が中へと進むことにした。中は思いの外暗く、足元におかれた心許ない明かりを頼りに進まねばならない程だ。これでその明かりさえなければ、きっと何も見えなかっただろう。というか、実際は足元以外何も見えていない。


「ぎゃっ、ひっ、びゃあああああ」
「ぶっは、何その叫び声」


あたしはまだ何も遭遇していないつもりなのであるが、ツルは早速何かに怯えている。彼は仕切りに声が聞こえるんだよほらほらほらあああ、とあたしの腕にしがみついた。「ごめん、ツルの声がうるさくて何も聞こえない」まあ確かに耳を澄ませば、微かにうめき声が聞こえないこともないが。
そうこうして歩いているうちに、あたし達は割と広いスペースに出た。消えかけの街灯が設置されており、今までよりは幾分か明るい。どうやら夜道という設定のようだ。


「ん、街灯の下になんか置いてある。人形?」
「ああああ君そういうのはツリという奴でそこで止まると後ろから脅かされぎゃあああああ」
「え?」


おそらく本来ならあたしが受けるはずであろうこんにゃくの仕掛けをまんまとツルがその身を持って体験したらしく、それはもうとんでもない悲鳴をあげている。思えばさっきからあたしの気付かぬ間に全部ツルが仕掛けを発動させているのではないだろうか。それに彼が先に悲鳴をあげるから驚くタイミングも失うし。
苦笑して拾い上げた人形を元の位置に戻そうとしたその時だった。パニックに陥ったツルがあたしを巻き込んで床へと倒れ込んだ。いって。


「わ、わ、わああああ君んん!」
「耳元で叫ぶなって…」
「ごめんよおおお君んんんん!」
「…」


思い切り彼の下敷きになったあたしは足を捻ったようで、そこが痛む。ようやく正気を取り戻した彼は涙目であたしからどくと、仕切りに土下座を繰り返していた。いいって、足を捻っただけだって。


「足…!?僕のせいで…!」
「いや大したこと、」
「お姫様だっこでいいかい!?」
「は?…って、ちょちょちょ!」


彼のどこにそんな力があるというのか。やはり流石男子と言うべきかは分からないが、彼は普段からは想像出来ないくらいに軽々とあたしを抱え上げたのであった。正直お化け屋敷よりビビる。彼は責任を持ってそれであたしを出口まで連れて行くと言った。普通にしていたらまず落とされないと思って良いのだろうが、ここはお化け屋敷だ。さっきの様子から見てパニクったら確実に落とされる。


「良いから、ほんと大丈夫だから」
「でも、」
「じゃあ丸井と仁王を待とう。すぐ来るはずだから。だから、おろして」
「…」


どうやらあたしの言い分に納得したようで、ゆるゆるとあたしを地面に下ろすと、機嫌を伺うようにこちらを見上げた。彼の言いたいことは顔を見ればわかる。彼はなんだかんだであたしをきちんと女の子として認識してくれている人間の一人だ。泣く子も黙るだからと言っても、あたしは女なわけで、突き飛ばしてしまったことに悪気を感じているのだろう。
そのまま向かい合っているのもなんなので、あたしはあからさまに落ち込むツルの頭をポンと叩いた。


「気にしなくていいよ。慣れっこだし」
「気にするよ。何故なら君は女の子だから」
「…」
「君は確かに強いけど、そういうことじゃないんだよ。単純な男女差別ではなく、女の子は守られるべきものだと僕は思ってる」
「…ツル」
「それに、君は僕の好きな人だしね」


そんな風に今まで好意を表現されたことがなかったあたしは、つい、彼のその言葉に照れてしまった。それにしても「…ほんと勿体無いよ」普通にかっこいいのだから、あたしじゃなくてもツルならいくらでも女の子は捕まるだろうに。きっと彼にはあたしのようなガサツな奴ではなく、清楚系が似合うことだろう。


「君は誰よりも優しくて強い心を持っているから、僕は君が好きだよ」
「…は、…う、えと」


かなり照れた。ツルにここまで感情が揺さぶられたのは初めての事じゃなかろうか。あたしは心底ここが暗くて良かったとこっそり安堵する。きっと今顔が赤いだろう。それにしてもどうやら今日のツルはイケメンスイッチが入っているらしい。このあたしがここまで動揺するなんて相当だぞ。今にも少女漫画ルートに入りそうだ。お化け屋敷のど真ん中だけど。
そうしてツルが再び何かを言いかけて、あたしがそれに後ずさりした時だった。急に首に腕が回され、そのまま後ろにグイグイと引かれた。「はいストップ」のけぞらせた体勢で見上げたあたしの視線のすぐそばにあったのは丸井の横顔だった。どうやら二人に追いつかれたらしい。


「こんなところで何やっちゃってんのお前ら」
「まさかラブとか芽生えたんか」
「馬鹿言え」
「ブン太には聞いとらんが」


仁王がニヤついたのが暗くても分かった。それにイラついたからか丸井があたしの首に回す腕の力を強くする。苦しい。それから彼はそっと耳に口を寄せた。「らしくねえな。絆されでもしたか」あたしにしか聞こえない程度のトーンの落ちた彼の囁きが、あたしに届く。「振り回されてんじゃねえよ」彼の声は苛ついていた。参ったな。仁王との喧嘩の収拾がまだついていなかったのだろうか。


「つうか、何でこんなところで突っ立ってるんだよ」
「いや、それがさ」
「僕のせいで君が足を捻って」
「はあ?」


ツルが丸井達に、今あったことを簡単に話すと、丸井は「鈍くさ」と呟いた。うるせえわ。しかしただバカにされるとは思いきや「おぶるか?」なんてあたしを見たから、少したじろいでしまった。だから別にそこまで酷い怪我ではないし。ツルを一瞥してから、平気であることを告げれば彼はジロジロとあたしを見てから盛大にため息を吐いた。


「な、なに」
「お前ってさあ、注意力ないっつうか、たるんでるよな」
「はああ!?」
「怪我しすぎなんだよ。この学園祭の期間中、びしょ濡れになったり手首捻ったり、何回怪我したよ」
「…いや、でもそれはさ、」
「もっと周りをよく見ろよ、どんだけ心配かければ気が済むわけ」
「…えええ…ちょ、仁王助け、」
「お前すぐそうやって仁王とかに助けを求めるけどさ」


くどくどくどくど。丸井の説教モードに完全に火がついたらしい。挙句仁王も巻き込んで丸井から雷を落とされ、それはおどかし役の人にその場から追い払われるまで続いた。ツルはまさかこんな展開になるとは予想していなかったようで、ぽかんとそのやりとりを眺めていたのであった。

ある意味長い長いお化け屋敷からようやく解放されたあたしは、外の明るさに目を細めながら、前を歩く丸井の背中を眺めてべっと舌を出した。


「だいぶメンタルにキたわ」
「おかん発揮って感じやったのう」
「丸井君は怒ると怖いんだね」


そうだよ、今更かよ。ほお、とおかしなところで感心しているツルは、丸井の機嫌をとってこようとポケットから飴玉を探って前にかけていった。ああ、バカ、そっとしておけばいいのに。ああいう時の丸井はキレながら物を食べるんだぞ。味にも三割増しうるさくなるし。
あたしは丸井から八つ当たりを受けているツルを憐れみながら仁王にだらりと寄りかかった。「重い」「うるせえ」


「つうかさ、なーんか最近丸井、ピリピリしてるよなあ、怖いのなんのって」
「そんなん、のせいじゃろ」
「なんで」
「さあて、なんでじゃろな」
「…はあ?」
「もうたまにはでろっでろに甘やかしてやれば機嫌もなおるんやないかのう」
「うげえ」
「接待接待」


なんでそんなめんどうなことに。余計に疲れた気がして、あたしは覚えてたらな、と答えると、仁王は「それから」と言葉を付け加えた。


「俺ん接待も忘れたらいかんぜよ」
お前らほんっっと面倒くせえな




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(140103_焼きもちやき)
あけましておめでとうございます、今年初の更新。凄く迷子です。