41限目_二人じゃなくて三人必要なんだよ


多くの人が集うこの盛況具合を見るに、どうやら合同学園祭一日目は成功のようだ。遠くに聞こえる賑やかな声を聞きながら、あたしは医務室の冷たいシーツに体を滑り込ませた。午前中は運営委員として学園祭の見回り係なるものをアホ部に押し付けられ、その上丸井や仁王の所の店を手伝っていたので、お昼を過ぎる頃にはあたしの体力は限りなく0に近かった。せっかくの合同学園祭ではあるが元気に楽しむ気力がなくなってしまったのである。


「おーサボりじゃ」


その時、しゃっと不意に横のカーテンが開かれた。そこにいた人物の名は言うまでもないだろうが、彼はあたしのいる隣のベッドに横たわり、顔だけをこちらに向けている。ちょっと待てお前いつからそこに。飄々とした彼の姿をまじまじと見つめながら、あたしは間抜けにもぽかんと口を開ける。仁王は自分がそこにいることはさも当然のような顔をして、「って不良じゃなあ」とわざとらしく肩を竦ませた。


「全くこれだからはゆとりちゃんって言われるんじゃ」
「言われたことねえわ。だいたいそういうお前がここにいる理由言ってみやがれ、あ?お?」
「ピヨ」


つうか、だいたいあたしはきちんとやることはやってここにいるわけだから、サボりとはまた違うわけで、言うなれば休憩にカテゴライズされるのではないだろうか。まあ恐らく仁王も要領だけは良いから、自分の仕事をさっさと済ませてここにいるのだろうが。
彼はすっかりかかとがぺたんこになった靴に足を入れて、ベッドから起き上がった。もう持ち場に戻りますよという感じだ。彼はどれだけここに長くいたのだろう。あたしは、もう今日はしばらくやることはないだろうし、ここで休憩をしているから何かあったら連絡するようにと仁王に伝えてると、彼はもう一度だけ「サボり」と呟いた。いや、だから。


「サボりじゃないって、」
「遊ぶことをサボっとる」
「…なんだそりゃ」
「俺もブン太もがいないから暇してるんじゃけどー」
「…お前まさかあたしのこと探してたのか」


店の手伝い以外はずっと学園祭の見回りをしていて、一刻も早く休みたいという思考しかあたしは持ち合わせていなかったが、どうやらこいつらはこんなあたしを振り回す気満々らしい。うへえと我ながら奇妙な声をあげて、あたしはシーツを掴み上げた。この場から動きたくないという意思表示のつもりである。


「あたしこれ以上あの炎天の下にいたくないんだけど」
「来ないとブン太が飛び蹴り食らわすって」
怪我人の癖に何であいつそんなに元気なの?


勘弁してよ、まだほっぺた熱いよ。ぼやきながらパタパタと制服で仰いでいると、おもむろに伸びてきた仁王の手が、あたしの視界を覆った。突然のことにびくりと身体を震わせたがすぐに「まあ疲れとるなら無理にとは言わん」なんて労わりの声が上から降って、ゆるゆると緊張を解く。ひんやりとしたその手が、あたしには心地良い。何だがその手を剥がす気にもなれずに、そのまましばらくされるがままにしていた。不思議なことにそうしていると、たまった疲れが溶け出すように消えていくように思われた。


「仁王の手、冷たいな」
「そういうお前さんは子供体温じゃのう」
「馬鹿、貶したんじゃねえって」


今度こそあたしは彼の手を外して視界に仁王を捉える。手は掴んだまま、「手が冷たい人は、心があったかいんだってよ」と付け加えた。あたしがどういう意図で言ったのか掴みあぐねているようで、仁王は怪訝そうに首を捻っている。普段、あたし達からはもちろん、周りの人間にそんな風に言われることは無いからだろうと思う。
ふと先日までの慌ただしい日々を思い出して、あたしはそっと息を吐いた。


「そういや、仁王にはお礼、言ってなかったな」
「…何の?」
「んー…そばにいてくれてありがとう?」


自分でもこの表現があっているか分からなかったので、苦笑混じりのその言葉に、仁王は答えに困ったように黙り込んでいる。一体なんのことだと、そう言いたげだ。
確かに彼は気づいていないかもしれない。彼のように他人の感情に聡い人は、自分の事に疎いと聞くから。しかしずっと、本当は言いたかったことで。


「あたしも丸井もさ、何だかんだで、きっと仁王がいるからまっすぐ突っ込んでいけるんだ」
「…」
「後ろでさ、仁王が支えてくれてるっつうか、帰る場所を用意してくれてるっていうの?あ、この場合退路って言ったほうがあたし達にはピッタリかな」


後ろを振り返ればいつだってそこには帰り道が記されていて、帰る場所が用意されていると思うと、何だか安心して前に突っ走れるというか、無茶ができるというか。
だから怖くなったらすぐに頼ってしまうのが、仁王なのだ。振り返って、逃げ帰ってもその先に仁王がいる。彼なら何とかしてくれるに違いないと。
あたしが丸井を見つけた時に、咄嗟に電話をかけたのが仁王なのも、きっといつも一緒にいるから、なんてそんな単純な理由だけではないはずだ。そもそも本当ならあの場では責任者であり丸井を探していた幸村に連絡を取るのが妥当なのだから。


「案外縁の下の力持ち的なね」
「…性に合わんぜよ」
「そうかな?あたしはピッタリだと思うよ。だってそれって『そう』見えない人への言葉だろ」


跳ねるようにベッドからおりると、あたしは仁王の頭に手を伸ばして乱暴に撫でてやる。彼は珍しくされるがままに黙ってそうしていた。「幸村じゃないけどさ、」


「仁王、苦労をかけたね。これからもシクヨロ」


どこかの赤毛を彷彿させるVサインをちらつかせてやれば、仁王は小さく笑って「厄介な奴らと友達になったもんじゃ」と呟いたのだった。




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(131224_三人でないと)
すいません自分でも何を書いてんだかよくわかんなくなってきました。