40限目_だからって前に進むのを恐れちゃいけないよ身体中が痛くて、特に頭がズキズキと割れるように痛くて。 俺どうしたんだっけ。確かの携帯にメールが来て、そうだ、倉庫に来いって書いてあったんだ。 俺は決着をつける気でいた。の携帯に何度も送りつけられる嫌がらせのメールも、気味の悪い呼び出しも、あいつが知らないうちに、自分で終わらせてやろうとした。 それで、俺は罠だと知っていたけど倉庫まで呼びたされてやって、でもまさか木材が倒れて来るなんて思いもしなかった。それで、情けないことに俺は気を失った。 …バチが当たったのかなあ。の携帯を勝手に盗って、知らないふりして。だったら初めから全部あいつに言って、ずっとそばにいてやったら良かったのかもしれない。の隠し事は怒る癖に俺だってあいつらに隠し事してんだもんな。俺、酷い奴だわ。 …俺、にも仁王にも嫌われちまったかなあ。 Δ 「あと少しずれていたら危なかったそうだが、丸井は頭を強く打って気絶しただけらしい。血は出ているが少し切っただけだから問題はないそうだ」 「…そうか、良かった」 俯いて医務室のベッドに横たわるブン太の手をずっと握りしめているの横で、幸村が安堵の息を吐いた。正直、彼女からの電話を受けて俺が駆けつけた時のあの弱々しいの姿を思うと、跡部からのその台詞に彼女は泣き崩れてしまうのではないかと思っていた。しかし彼女はただ俯いて、黙って、唇を噛み締めている。「、良かったな」様子を伺うつもりで彼女にそう声をかければ、彼女はがたりと無言で立ち上がった。一直線に跡部へと歩いていく彼女はなんと彼の胸ぐらを掴んで、そうして殴ったのだ。 「!」真田の厳しい声が飛ぶが、彼女は怯まなかった。 「丸井がもっと酷い怪我をしてたらこれじゃ済まなかった!」 「…、跡部のせいではない」 「でもこいつは分かってたんだ!自分の周りでどういうことが起こってたか!丸井だけじゃない、こいつのとこの運営委員だって大怪我してたんだッ」 「ああ。俺様がもう少し気にかけていれば回避出来ていた事態だ」 すまなかった。跡部はそう言って頭を下げた。はそれでもまだ納得が行っていない様子で「あの馬鹿女共を呼べ」と、跡部を睨みつけた。しかし彼はそれだけには応じれないと言う。彼女達には先程彼からしっかり言っておいたから、これ以上何かを言う必要はないと。 「必要ない?自分が招いた事態の癖によくもそんなことが言えるなこの野郎!」 「…」 「ああ、わかったよ。連れて来ないなら自分で探してくる」 「ちょ、先輩落ち着いて!」 「うるせえよ!こんなことしやがったんだ、男だろうが女だろうが一発殴らないと気が済まない!」 「お前さん、殴るだけじゃすまんじゃろうが」 「例えそうでも自業自得だろ!?」 俺は赤也と一緒にを取り押さえていると、ふいに後ろのベッドがもぞもぞと動いて、掠れたブン太の声がした。「…何これどこ…」ブン太が目を覚ましたようだ。その途端、俺達から逃れようとしていたの腕の力は一気に弱まった。ふらりと踵を返した彼女は出口とは真逆の、ブン太の方へ弾かれたように飛びついたのである。 「丸井…!」 「…?」 「っ、まるい、どっか痛い…?」 「まあ…全身が」 「…ごめ、ごめんね…っあたしが、ぜんぶ、」 のろのろと上半身を起こしたブン太は初めは何が何だかと言った様子だったけれど、すぐに状況を察したようで、自分にしがみつくの背中を数回叩くと、情けなく眉尻を下げた。 「あー…これは、…俺、色々ミスった系」 「まる、い、」 「うん、ごめん。ごめん、仁王」 それから皆もごめん。ブン太が無理やり笑顔を作ってそう言って、しかしその表情は今にも崩れてしまいそうなほどとても脆く見えた。 それから彼はしばらく口を閉ざし、俺達の間を沈黙が埋めていく。そうしてどれくらい経ったか、ブン太はおもむろに深く息を吐く。「もう、馬鹿じゃねえの…」そんな弱々しい台詞こそ、彼の本音に聞こえた。 「…つうか何でが泣いてんだよ」 「っ泣いてねえよ!」 「…泣いてるじゃん」 「泣いてねえ!倒れてたお前はあたしが一番に見つけてやったんだからな!分かったら余計な口聞くんじゃねえやい!」 「…はいはい泣いてませんね」 「…」 「…お前さ、俺の代わりに傷ついてんじゃねえよ」 「丸井だってあたしの代わりに怪我した」 「ちっげえよ馬鹿。…お前らお人好しにも程があんだろい。俺が勝手に嘘ついて勝手に怪我したのに、馬鹿みたいに心配して、」 ブン太の言葉はそこで途切れた。ぱたりと、彼の頬を伝ってシーツに涙の跡ができる。 「…ごめん、…ありがとう」 彼はの背中に腕を回すともう一度だけこう言った。 「助けに来てくれてありがとな、」 Δ 頭の包帯はあと2、3日は取れないらしいが、丸井は1日学園祭の準備を休んだだけで復活を果たした。全く、テニス部はやはり凄まじい生命力である。何はともあれ回復して本当に良かった。 しかしあたしにはやるべきことがある。 「ブン太が復帰したんだ。跡部を殴ったこと、謝ってきな」 「ぐ…」 「もちゃんと分かってると思うけど跡部だって本当は被害者だ。彼を責めるのはお門違いだろ」 「…分かってるよ」 幸村にそう諭されて、あたしはそれに小さく頷いた。不本意ながら冷静になって見て、確かに跡部には悪いことをしたと思う。しかしそれは丸井がきちんと戻ってきたからそう言えるだけで、ああ、やめようキリがない。謝るまで戻ってくるなとまで言われてしまったのであたしは背中を丸めてのそのそと甘味処を後にした。すると何故かあたしを追いかけてきた丸井が隣に並んだ。 「俺も行く」 「心配しなくても一人で行けるよ」 「いやそうじゃなくて」 「…?」 「あー…実は俺も跡部に謝ることあんだよ」 「…はあ」 いくら跡部も被害者で、とばっちりを食らった人間だとしても、それ以上の被害者である丸井が謝りに行く要素がどこにある。あたしは怪訝に思ったが、彼が苦笑いをしてやり過ごすので、まあ後で謝る時に分かるかとあたしは勝手に納得した。 跡部は運営委員の会議室にいた。あたし達の訪問に、彼は手にしていた大量の資料を端に寄せる。頭では分かっていたが、運営委員長というのも随分大変な仕事らしい。 「何か用か」 「あーえーこの間は殴ってごめんね!てへぺろ!」 「…」 「いや、…その、うん冗談。ごめん、なさい、うん…」 ノリと勢い戦法は丸井に諌められ、きちんと謝り直せば、跡部は緩く笑って、いや、こっちこそ悪かったなと告げた。良かった、怒ってない。ホッと安堵した横で今度は丸井が俺もさあ、と、口を開いた。 「俺も殴ってごめんな」 「…は?」 「…」 「えええ?」 今こいつなんて言った。俺も殴ってごめんな?誰が誰を!なんで!初耳ですけど!あたしはヒステリックな声を上げると、この赤毛馬鹿は「実はさあ」とことの真相を語り出した。どうやら彼は割と前から跡部にあたしが跡部ファンの奴らに狙われそうだから、ファンの人達をなんとかできるならおさえつけるなりなんなりしてくれと頼み込んでいたらしい。 「は誤解されやすい子だからな」 「お前はあたしのお母さんか」 「でもお前が怪我してんの見てさあ」 「え、バレてたの!?」 「ばれっばれ。そんで怪しい赤也に試しに聞いたらビンゴなわけよ」 「あいつ口止めしたのに…!」 しかしこれでボール運びの時の赤也の反応の謎が解けた。きっと丸井に相当脅されたに違いない。それはもうあたし以上に。 そこで気づいた。丸井があたしに仕掛けた突然の競争。あれは怪我をしたあたしにボールを運ばせないためだったのだと。足の早さにも体力にも自信があった丸井は箱を運べない位あたしを疲れさせて、自分で運ぼうと仕組んだのだ。 「…でもなんで跡部を殴ったわけ」 「いやだから」 「…」 「が怪我したのは跡部のせいだー、みたいな?」 「…Oh,」 それはそれは。流石に今回ばかりは跡部に同情してしまった。半分はあたしがいけないんだけども。なんだか互いに体裁が悪くなってポリポリとほっぺたをかいていると、おもむろに跡部はあたし達を交互に見つめて、それから小さく笑ったのだった。 「っとに、お前らは似た者同士だぜ」 BACK | TOP | NEXT (131218_でもあたしは逃げないよ) |