39限目_出る杭は打たれる「、ブン太見てない?」 なんとなく胸騒ぎを覚えたのは幸村のその台詞を聞いた時だった。午前中に仁王達の手伝いをし終え、午後の作業場である甘味処を訪れた時だ。怪訝そうに眉を顰める幸村は丸井がいないことを怒っているというよりは、不思議がっているように見える。朝は基本的にあたしは丸井と仁王とここまでやって来るので、もちろん今日もその例外ではなく、彼がここに来ていることは確かだ。しかしあたしが把握しているのはそれだけ。あとは今までずっと仁王のところだから、その後の行方など知る由もない。 「一体どこに行ったんだ」 「いつからいないの」 「朝達といたのを見かけてそれっきりだ。携帯も出ない」 「どっかでサボってんじゃないの?」 「まさか。今日はあんみつ作りの練習日ですよ」 そばにいた柳生が口を挟み、丸井がいなくなるはずはない最もな理由を聞かされてあたしは唸った。ならどうしていないのだろう。今日のやることを忘れてしまっているのではないだろうか。だからサボったり。そこまで思考してからあたしは頭を振ってその考えを消した。不良でも面倒臭がりでも、あいつがそこまで無責任なことをする奴ではないと知っているからだ。そうでなくても彼はこの学園祭を楽しみにしていたのだから。 「具合でも悪くてどっかで休んでるのかな」 「可能性はあるかもね」 「あたし、ちょっと他の運営委員の子に聞いてみるよ。もしかしたら丸井、他校のとこにお邪魔してるかもだし」 「頼むよ」 「あいよ、すぐ戻る」 完全な行方不明なわけではないし、皆には先に作業を進めてもらうことにして、あたしは小走りにとりあえず跡部の所へ向かった。どんな連絡も必ず彼へ報告される、学園祭の情報通だ。何か知っていると良いのだが。まず彼がどこにいるのかというところから分からないので、あたしは会議室に当たりをつけてそこに向かう途中、偶然にも何人かの氷帝の運営委員に出くわした。その中にはこの間怪我をしていた跡部の所担当の女の子はいなかったので、確実に彼の居場所を特定できるとは限らなかったが、聞かぬよりはましだろう。 「あ、ねえ、ちょっと」 「…何か」 「跡部の居場所しらない?あ、立海生の赤い髪の奴の場所でもいいんだけど」 「はあ、跡部様の?」 「跡部、サマ…?」 うわ、あたしちょっと変なのに声をかけちゃったんでないの?「私達の跡部様に何か用?」はっきりとはそう口にしなかったものの、そんなニュアンスの台詞に、思わず頬を引きつらせた。あ、もう結構です。段々怖くなってきたあたしは引き下がろうと逃げ出すために後ろへ一歩足を引いたのであるが、それは一人の女の子の声によって遮られた。「ちょっと待ってあんた…っ」 まるであり得ないものでも見たようにで前にいた女の子を押しのけて驚愕した表情をあたしに近づける。 「あんた、じゃん…!」 「そ、そうですけど」 「何でここにいるの!?嘘、信じられない、だってあんたはさっき私達が、っ」 「…はい…?」 「私達がメールで呼び出して、倉庫に、…」 「でも、確かに中に誰かいたじゃない!だから私達扉を閉めて、木材をまで倒して、」 「はあ?じゃああれは、」 ぎゃあぎゃあと完全に混乱状態に陥った女の子達が一体なんの話をしているのかあたしには分からなかった。どうやら彼女達はあたしを呼び出したのに、ここにいることに驚いているらしい。木材をどうとか言っているのを見るともしかしたら今までのゴタゴタはこいつらが犯人か。捕まえたいが今はそれどころではないので、彼女達の顔だけはしっかり覚えておくようにしよう。 それにしても木材を倒すなんてまた物騒な。この際彼女達がどうやってあたしのアドレスを手に入れたかなどどうでもいいが、あいにくあたしは携帯をなくしているからそんなメールの存在は全く知らないわけで。丁度いいのであたしはこの混乱に乗じてさっさと退散してしまおうと再び逃亡を図ったのだが、神様はどうやらあたしを逃がしはしてくれないらしい。 「きゅううん!ようやく見つけた!」 まあしかしこの場に彼が現れたのは天からの救いだと思うことにしよう。慌ただしくかけてくるツルに弱々しく手を上げた。「君、分かったんだ。犯人が!」あたしの目の前で急ブレーキをかけながら、ツルは乱れる息のまま続けた。どうやら午前中からずっとあたしを探し回っていたらしい。顔が真っ赤だ。こういう時携帯がないから不便である。 「…犯人て、何の」 「君の携帯を盗んだ犯人だよ!」 「え?」 この不思議なタイミングで、まあある意味嬉しい知らせだ。しかしツルは喜んでいるというよりは、表情は堅い。それで、その犯人はあたしの知り合いだったのだろうか。 「いや知り合いとかそんなレベルじゃないよ!」 「うん?」 「あの男良い人ぶって、なんて野郎だ!君のものを盗むなんて僕ァあいつがもう嫌いだよ!絶交だね絶交!」 「うん、で?」 「犯人は丸井君だよ!朝、彼が一人で君の携帯を持って歩いているのを見たんだ!とにかく君に伝えようと思ってずっと君を探していたらこんな時間になったんだがね、」 「…は…?」 「だから丸井君!」 「……ち、ちょっと待った」 その名前を出された瞬間、頭の中が真っ白になった。一つ一つの情報は何一つきちんと繋げられていないし、あたしの頭の中は混乱しているけれど、直感的にあたしの頭にはある予想が過った。冷や汗が頬を伝う。 「私達のしたことは無駄だったってこと!?」 「いや、もしかしたら跡部様に纏わり付いてた運営委員の方が引っかかったのかも」 「でもそうじゃなくてもし跡部様だったら…!?」 「おいお前らそんなところで何を騒いでいる」 「跡部様!」 飛び交うヒステリックな声は跡部の声で収まった。彼女達はその跡部の姿に安堵の息を漏らす。しかしあたしはそれどころではなかった。自身の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。 彼女達は携帯であたしを呼び出して誰かを確かに閉じ込めたと言った。誰かを閉じ込めて、木材を倒して。でもあたしはそんなメールはもちろん知らない。跡部でもない、きっとあの運営委員の子でもない。 「…あたしが呼び出されることを知っていたのは、倉庫に向かう可能性があるのは、丸井だ…ッ」 その結論に至るのが早いか、あたしはその瞬間弾かれるように走り出した。「ちょっと待って!」しかしそんな冷静さを欠いたあたしを咄嗟に捕まえたのは跡部だった。あたしは彼に抑えられた腕を捻ってその中でもがく。 「丸井…ッ」 「一体何事だ!話せ!」 「そんなことしてる場合じゃねえよ!」 あたしが必死に腕を振りほどこうとしているその横で、加害者であろう女の子達はぎょっとした面持ちであたしを見つめていた。彼女達も、それから跡部にも状況は理解できていない。あたしはこのままでは埒が明かないとたまらず腕を力の限り伸ばして、手前の一人を引きずるように自分の方へ引いた。跡部が怒鳴り声を上げたが関係はない。 「おいテメエ倉庫を使ったってことは鍵を持ってるってことだろ!今すぐ寄越しな!」 「な、なんでそんなことあんたに…、」 「寄越せっつってんだよ!」 「ひっ…」 彼女は今にも泣きそうに顔をぐしゃりと歪めると、ポケットから小さな鍵を取り出して震える手で、あたしの手の上に置いた。跡部が何でその鍵を彼女達が持っているのか口を挟みかけたが、彼がそこで見せた一瞬の隙を狙って、あたしは彼の足を払うと腕をほどいて走り出した。 ここ最近、丸井の様子がおかしい理由がようやく分かった。彼は全部知っていたんだ。あたしが知っていることからそうでないことまで、全部。 あたしはぐんぐん風を切って、倉庫へと走る。もっと早く、早く。気持ちに追いついてこない足に苛立ちながらもなんとかグラウンドの隅にある倉庫が並ぶその場所へ辿り着くと、一つだけ鍵のかけられたその場所に駆け寄って鍵を差し込んだ。 「丸井!!…っ」 あたしはその目に飛び込んできた光景に息を飲んだ。彼女達の言っていた通り木材は乱雑に倒され、散らばり、そしてその下敷きになっている丸井の姿があったのだ。最悪の状況はもちろん予想していたけれど、実際に目にするのとは訳が違う。足の力が抜けそうになりながら、丸井に駆け寄ると、彼の額に血が伝っているのに気づいて視界がじわりと滲んだ。 …嘘、でしょ。 「どうしよう、どうしようどうしよう…っあたしのせいだ…!」 待ってて、今どかすから。 あたしは手近なものから持ち上げて横によけて行くが、情けないことに腰が抜けてうまく力が入らない。 「…お願い、動いて…っ」 こんな時にだけ女々しくなって、か弱くも涙を流そうとする自分が情けない。悔しい。でも自分の力じゃどうにもならないのだ。あたしは丸井の手に握られていた自分の携帯を取ると震える手で仁王へと電話を掛けた。ワンコール、ツーコール。呼び出し音がこんなに歯がゆく思う日が来るなんて思いもしなかった。 『…ん??携帯見つかったん、』 「…にお、…っ」 『…?』 「お願い、はやく来て、丸井がっ、丸井がしんじゃう…!」 BACK | TOP | NEXT (131218_いつだってもう遅い) |