昼休み_やられたらやり返せ、それが不良ってもんだ



には子分が多い。
彼女自身はそれを否定しているし、実家の方にいる子分以外に、もうそういうものを作るつもりはないと言っていたから実際にはきちんと子分にカテゴライズされるのはほんの数十名だろうが(それでも多い)。だけど彼女にそういうつもりがなくとも、思わず子分になりたくなるような、そんなカリスマ性とか迫力とかが彼女にはあると、俺は思う。
彼女の悪友になってから3年経つ俺、丸井ブン太も実は彼女の勇ましさに思わず子分になりたいと引き込まれそうになった一人である。




さん、おはようございまっす!今日もきらめいてるッス!キラキラッス!」


彼女とこうして登校を共にしているとたまにこんな風に馬鹿みたいに声をかけてくる奴に出会う。それは俺や仁王が知っている奴でもあれば、全く知らない奴の時もあるし、年齢層も中学生から高校生までまちまちだ。彼女は基本そういう奴にもきちんと挨拶を返し「今日は寒いから気をつけな」とか「熱中症になんじゃねえぞ」とか、そんな一言も添えてやっている。なんというか、いつ見てもただの世話焼きな親分にしか見えない。俺はこんな場面に出会う時、いつもある出来事を思い出した。それはまだ俺達が中学生の時のちょっとした話なのだが、それを思い出す度、俺は彼女が友人にいて誇らしく思う。

さて、少しだけ昔話をしよう。

と俺と仁王が出会う前、俺達はもちろん、今と変わらず模範的とは言えない生徒をしていた。だから教師からあまり好かれてはいなかったし、何よりこの髪の色のせいで、何かをしでかす前に、俺達は腫れ物にでも触れるように遠巻きにされていた。もちろんテニスで活躍をしていたから、そういうところから近づいてくる奴も結構いたから、一匹狼とか、正にザ不良をしていたわけではないんだけど。
そんな俺達の中に本物の不良であるが加わって、俺達に余計に悪知恵とかおかしな度胸が備わり始めた頃、それは起こった。


「お前らその顔どうしたんだよ」


大きなガーゼが貼り付いた腫れた頬に擦り傷だらけの腕。俺達を上から下までジロジロと舐めるように見つめたは、目つきを鋭くしてそう問うた。何時もより数段迫力のある彼女の表情を見るに、俺らから答えを聞かずとも何があったかは当然察しはついているのだろう。幸村君の出すそれとは別の種類の恐ろしさを覚えて俺達は顔を見合わせた。
嘘がつける状況には、どうにも思えなかった。


「…やられました」
「誰に」
「…高校生じゃ」
「どこの。特徴は」
「…分かんない、でも青いネクタイしてた」
「隣町の北高だな」


彼女は俺達から喧嘩を売ったのかどうかしつこく聞いてきた。しかし俺達は喧嘩など売るはずがない。高校生相手に、しかも因縁があるわけでもない奴だ。そこまで馬鹿な不良をやっているつもりはなかった。
それは俺達が高校生にフルボッコにされてから4日後のことだった。俺達はに見つかるこの日まで、学校を休んでいたのである。は何故すぐに自分言わなかったのかとブチ切れたのだが、彼女の子分なわけでもないのに、いちいち報告なんてしていられないし、そもそも言ったら彼女が「やり返そうとしてくれる」ことぐらい分かっていた。だけどいくら彼女が強かろうが相手は高校生の男であるし、やられたからやり返してくれなんて、彼女に頼むのはおかしい。女だなんだとその前に彼女は俺達の大切な友達なのだから。
しかし二人で同時に、しかも傷が治るまで、とこんな長期間休むなんて彼女に秘密にするにも流石に無理があった。まあ結果的には事情を唯一知るジャッカルが俺が復帰してこないことにあまりに心配になって、に話してしまったことがこのような事態になったそもそもの原因なのだけれど。
ちなみにジャッカルから話を聞いた後の彼女の勢いはそれはもう凄まじかった。まず学校から一番近い仁王の家に押しかけて彼を引き摺り出して俺の家まで来ると、ドアを蹴破る勢いで家の中へ入ってきたのである。


「…二人で歩いてたら、な仁王」
「…急に高校生に絡まれて」
「ま、まあ俺ら髪の色がこうだし、」


最近、が仲間に入って調子乗ってたっつうのもあるから…。言葉尻がしぼんていく。とりあえず狙われるのがでなくて良かったのだ。これから狙われてしまうのかもしれないけれど、そこは俺らとか、他のやつに見張ってもらうとかして対策を練って。そんな風に考えていると、「なんでやり返さなかったの」と彼女がポツリと言った。


「あー…一番は、その、大会が近いから殴ったりしてあんまり手を痛めたくなかったし。抵抗しなければそんな酷くされねえかなあって。かすり傷とかならまあすぐ治るし。どうせ普段も部活でケガはすげえからさ」
「あと、やり返してもどうにもならんと思った」


正直喧嘩ができないわけではないが、俺達は喧嘩をするために不良をしているわけでないのである。ただ遊びたいから遊んで、ふざけたいからふざけて。そんな、本物よりも幾分も緩くて甘っちょろい不良なのである。やられたらやり返して強い方が弱い方をねじ伏せるなんて、しようと思わなかった。どうせまたやり返されるとも思ったし、そもそも人数も多くて勝ち目もあまり見えなかったから。
俺達がそう言うと、彼女はふうんと頷いて、先ほどの勢いは何処へやら、随分と静かに立ち上がって脱ぎ捨てていたブレザーを肩に引っ掛けるように持つ。


「…、まさかお前やり返すとか言わねえよな」
「はは、まさか」


彼女に敵う相手ではないと思った。俺達のように殴られるだけで済まないかもしれない。瞬間的にゾッとした俺は彼女の腕を捕まえると、振り返りざまの彼女は笑っていた。


「仕返しなんてしてたらキリがないんでしょ?だったらしねえよ、仕返しは」
「…じゃあ、」
「あたしがやんのは仕返しじゃなくて説教だよ」
「…は?」
「再起不能になるまで潰す」


ほんと、仕返しじゃなくて説教だよ。もう一度同じ言葉を口にした彼女は、そんな説得力のかけらもない笑顔と言葉を携えて俺達の前から消えた。
そうして彼女の説教が実行されたのはその二日後のこと。誰にやられたか、細かいところまで教えなければ、まさか彼女も手当たり次第高校生を潰すなんてしないだろうと、高を括っていた俺達の予想が外れた。どうやって特定したかは分からないが、まさに俺達に絡んできたそいつらをきちんと揃えて俺達の前に連れてきたが、目の前で、それはもう瞬殺の勢いでそいつらを倒してしまったのだ。
正直、の本気なんて、まだあって間もない頃であるし、その時は一度も見たことがなく、彼女がどれ程強いかなんて知る由もなかった。だから俺達と同じか、それよりも弱いとばかり思っていたのである。


「…強いなんてレベルじゃねえわ、これ」


圧倒的な力の差に、鳥肌が立った。


「おーい、起きてんのか馬鹿ども。のびてねえでさっさと丸井と仁王に土下座しな」
「…」
「…テメエ、あばら折ってやってもいいんだぞ」
「すいませんでしたッ!」


その時、俺はほんの少しだけ、こいつがボスなら子分になってもいいかもしれないと、彼女の背中に、憧れを抱いてしまったのだった。

ちなみに、その高校生とやらは、すっかり彼女の子分もどきになっているのは言うまでもないだろう。


「何だよニヤニヤして…気持ちわりいな」


随分と懐かしい思い出に浸っていた俺は、の言葉で我に返った。


「いやあ、の子分になるのも悪くねえかなあってさ」


俺はおどけた口調でそう言う。仁王も俺が何のことを言っているのか理解したようで、フッと笑みをこぼすと「そやのう」と呟いた。はあからさまに嫌そうな顔をする。


「いいよ、お前らみたいな可愛くない子分はいらない」
「んだよそれ」


彼女はぺらぺらの鞄を振り回しながら俺達よりも数歩だけ前へ出た。「だからさ」と煩わしそうに言う彼女の表情は見えない。



「あたしは二人には、友達でいて欲しいよ」





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(140304_昔話をしようか)
明日は…ダラララララダンッ神の子の誕生日ですね!