36限目_何事も分かった気になるな




そういえば、この合同学園祭は、各グループの模擬店で売り上げを競い合うということの他に、学園祭参加者の中で自由にチームを作り、出し物をするアトラクションという、もう一つのお楽しみがあるそうだ。そのアトラクションというのも、どうやらあたしが厄日宣言を受けた日の朝に決めていたらしい。あたしはその日、運営委員ミーティングに一瞬たりとも出れないくらいの大遅刻をかましたので、その事実をきちんと知ったのは5日目の昼のことだった。
休憩時間に仁王がアトラクションの出し物の練習をしたいと言いださなければ知り得ないことだっただろう。
本館の空き部屋を占領してふかふかしている椅子に豪快に腰を下ろすと、仁王を見上げた。


「で、仁王は何すんの」
「マジックショー」
「…似合うわあ」


彼は短く答えて一人で出来る手品を次々にあたしに披露して見せた。流石仁王というか、タネも仕掛けも全くわからない。ぱらぱらと雑な拍手を送りながら、あたしは「そういやあ」とふと脳裏を過った丸井のことを話題に上げた。彼も今アトラクションの集まりに出ているそうなのだが、気になることが一つあるのだ。


「丸井はアトラクション、何やんだろ」
「…聞いとらんの?」
「…仁王は知ってんの?」
「まあ、」


手の中から魔法のように次々に生み出される花を眺めながらあたしがそう問えば、歯切れの悪い返事が返される。アトラクションのことはもちろん丸井に何度か聞こうとはしたのだが、核心をつく前にはぐらかされてしまうわしつこく聞くと怒られるわで、結局聞けず終いだった。いつだって「仁王の練習でも見てろ」と一蹴されてしまう。目立ちたがり屋の丸井にしては、自分のやるアトラクションを秘密にするなんて珍しいこともあるもんだ。しかし秘密にされるとそれはそれで気になって仕方が無い。


「つうか赤也の言ってた通り最近あいつ機嫌悪くってさあ、怖くて何も聞けない」
がブン太にビビるとは思わなかったぜよ」
「いやいやあいつ怒るとマジ怖いんだって」


機嫌が悪い理由もアトラクションを教えてくれない意味もわっかんね。椅子の上で胡座をかいて首を捻る。「ねえ、丸井のアトラクションが何か知ってんでしょ」「まあ」その返事にあたしは目を細めて彼の方へ身体を寄せると、あからさまに声を潜めて言った。「丸井君はなーにをやるんですかあ」仁王はあたしにそう問われることを察していたようで、苦笑を零した。


「ブン太が内緒にしとるなら黙っとこうかのう」
「えー!けち!」
「はは、まあそのうち分かるじゃろ」
「なら今教えてくれてもい、っむぐ」


ついには椅子から立ち上がって仁王に詰め寄ろうとしたあたしは、全てを言い切る前に、その口を彼の手から湧いた棒付きキャンディで塞がれた。「『は俺の練習でも見てればええんじゃ』」その台詞にあたしは体裁が悪くなった気がして、フッと口元に弧を描いた仁王から視線を外す。ころりと口の中で転がした飴玉は目眩がする程に甘くて、なんとなく丸井を彷彿させた。今までここまで隠し事をされたことがなかったから、あたしは少しだけもやもやとした思いを抱きながら「うん」と微かに頷き再び椅子に腰を下ろした。

それから仁王の練習はすぐに終了した。彼は元々手先が器用であるし、手品が趣味と言っても差し支えがないほどであるから、練習もさほど必要ではないのだろう。それに、今あたしに全てを見せてしまってもつまらないだろうし。そうして昼飯でも食いに行くかと片付けを始めた仁王につられ、あたしも周りに散らばる道具を片付け始めた。しかししばらくして、彼は不意に動かす手を止めると、あたしへと視線を向けた。「…のう、」かなりの間をおいてから仁王は口を開いた。


「お前さん、最近変わったことはないか」
「は?変わったこと?…いや、ない、と思うけど?」


いきなり一体どうしたというのか。急に神妙な顔つきになった仁王を怪訝に思う。まあ、しいてあげるなら丸井の機嫌が悪いことだよ。笑い交じりに答えれば、存外仁王は真剣だったようで、ふうんと素っ気ない相槌が返される。もしや怒らせてしまったかと様子を伺いながら、あたしに何故そんなことを問うのか尋ねることにした。心なしか、その場の空気が重く感じられる。


は危なっかしいからぜよ」
「…ごめん、どゆこと」
「前に言ったじゃろ。お前さんが自分を心配しない分、俺達がしてやるって」
「まあ、言われたけど」


それが何?そんな心境だった。最近あたしは彼らの言葉に含まれている意図が掴めないでいる。眉を潜めてそのまま仁王を見つめ返していると、彼はシワのよる眉間をぐりぐりと押して、あたしをよろつかせた。イライラするなと、まるでそう言われているようだ。


「何にもないんなら別に気にしなくてええ。でも一応忠告はさせてもらうぜよ」
「…」
「中途半端にいろんなもんに首を突っ込むのはやめときんしゃい」
「はあ?」
「お前さんは自分のことだけ考えてりゃええ」
「言ってる意味がわからない」
「じゃろうな」


は馬鹿じゃから。
そんなことは仁王に言われたくない。自分だって悪知恵だけが働く大馬鹿野郎だ。あたしは自分の頭が悪いことは承知のことであるし、馬鹿にされることは慣れていることだった。しかし彼の言い草に納得ができずにじろりと睨みあげる。彼は気をつけろと、とにかくあたしを何かから守ろうとしているように見えた。それが何かかをはっきり言わないのは、もしあたしがそれを知ったならば、自分から片を付けに行くとでも考えているからだろうか。


「お前さんはお人好しじゃから」
「…そんなことねえよ」
「他人なんぞ、ほっとけばええのに」
「…」
「俺はお前さん達が安全ならあとはどうでも良い。他人なんて知らん」
「仁王、お前どうしたんだよ」
「もっと自分のこと考えろっちゅうてるんよ」
「考えてるよ」
「どうだか」


仁王の飄々とした態度や、決めつけてかかる物言いに段々苛立ちが増し、声を荒げそうになった時だった。突然着信音が会話に割って入った。確認すると跡部だ。仁王は画面を一瞥すると仲が良いのうと嫌みたらしく口にする。以前聞いた丸井のそれと重なった。
だからあたしと跡部は仲が良いわけではないのだ。アドレスを彼が知っていて、メールが来るのは、あたしが毎度運営委員会に遅れるからで、今からミーティングであることを伝えるための手段でしかない。それに、以前助けた氷帝の運営委員の様子も気になっているから、その話を聞くくらいだ。だから例えば委員会のミーティングにこない別の奴がいたら、彼のアドレスはあたしではなくそちらに渡っていただろう。
そんな理由を仁王に簡単に話してみたものの、彼が納得する様子もなく、「妬ける」と至極嘘っぽい口調でその場の空気を濁した。


「…丸井みたいなこと言うなよな」


もう口を閉じろという意味を込めて唸るようにあたしがそう言えば、仁王はやはり偽物らしい笑みを顔に浮かべたのだった。



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(131213_だって私達は無知なのだから)