34限目_嘘は予期せぬ事態を引き起こす



「…つうわけで最近跡部が口煩いんだよ」
「ああ、どうりでここんとこと跡部が仲良いっちゅう話を聞くと思った」
あたしの話聞いてた?どこが仲良いんだよ
「そんなこと言っても丸井先輩は機嫌悪いッスよね」
「何で丸井?」
「あ、いや、別に」


学園祭準備期間4日目の朝。今日の気温は昨日よりかなり高くなるようで、もはやベストを脱ぎ捨てたあたしはブラウスのボタンを三つも開けて仁王と赤也と倉庫へ向かう。真田の命令で、パネルをおさえる重りを探してこいということだった。
室内を歩いているとは言え、扉を全開にしているわけだから暑いことには変わりがないので、ぱたぱたとシャツで風をおこそうとするがそれは微々たるものだ。そういうわけで暑さと日頃のストレスが相まって、あたしはついつい跡部の愚痴を二人に語って聞かせていた。
足を広げるな、だの口が悪い、だの彼はあたしばかり注意をする。


「今の話を聞いてると正直先輩が悪いようにしか聞こえませんけどね」
「ああん?何でだよ」
「どうやら立海は後輩の方が利口みたいだなアーン?」
「あ、この特徴的な喋り方」
「…おいでなすった」


噂をすれば影。あたし達は顔を見合わせてから、ゆっくり後ろを振り返ると、やはりそこにいたのは跡部だった。こんなに暑い日だというのに、彼はきっちり制服を着こなしているし、汗もかかずにどこか涼しげである。その様があたしの神経を逆撫でする。彼はあたしをジロリと上から下まで観察すると、頭を押さえてあのなあとワントーン低い声を発した。あたしはこの声を今までに何度も聞いたことがある。素早く仁王の後ろに隠れようとするが、しかしその前に腕を掴まれて跡部の前に引き摺り出された。


「お前は何度言えば分かるんだ。暑いからってシャツを豪快に開けてんじゃねえ。みっともねえだろうが。それにお前は仮にも女だ」
「へいへい…」
「こういうイベント事にはナンパ野郎が現れたりするんだよ。てめえ誘ってくださいって言ってるようなもんだろうが」
「それは例えば千石とかですか」
「そうだ」
あの人公認のナンパ野郎なんだな


大真面目に即答した跡部に、あたしは拍子抜けしてしまった。「でもあいつより厄介な野郎はうようよいやがるからな」しかし彼はすぐにそう付け足すと、あたしを鋭く睨んで、ブラウスの胸元をぐっと掴んだ。だから閉めろと、そういうことらしい。まあ理屈は分かったが、この暑さだ。はいそうですかと納得して閉められるわけがない。


「安心しろ。ナンパ野郎が現れたらあたしが返り討ちにしてやるよ。これでも15人くらいまでだったらいっぺんに相手できるんだ」
「だからそういうところを直せっつってんだよ馬鹿」
「そうやって女だからとか差別はよくねえぞ」


な、と後ろに控えている二人に同意を求めるが、彼らは視線をしばらく彷徨わせてからまるで聞こえていなかったように「え?」と首をかしげた。この野郎。



「あーうるさいな!お前はあたしの母さんか!…分かった。こうなったらあたしに考えがある。仁王」
「おん」


彼がするみたいに、ぱちんと指を鳴らすと、仁王が待ってましたとばかりに横に並び素早い手際であたしにカツラを載せて髪型を整え始める。いつか役立つのではないかと仁王と男装する相談をしておいたのだ。だからカツラだってばっちり用意しておいた。まさかここで使うことになるとは思いもしなかったが。カツラしかかぶっていないので、すっかり短くなった男のような髪に女子制服はとても奇妙な取り合わせであったが、ふんと鼻息荒く再び跡部の前に歩み出た。


「あたしは今から男だ。ヨロシク」
「下らねえことしてんじゃねえよ」
「なんだよ似合ってるだろ」
「ズボンはきかえてから言いやがれ」
「あーあーさっきから文句ばっかり!男になればどんなかっこしようが何しようが良いんだろ!?」
「お前は馬鹿か。根本から間違ってんじゃねえか。そういう問題じゃねえよ」
「じゃあどういう問題なんだよ、わっかんねえよ!」
お前脳みそ空か


とりあえず、跡部の要望に応えてその場でズボンをはいてもそもそもスカートを脱ぐと彼はすぐにあたしの頭を引っ叩いたので、あたしは不服で仕方が無い。彼がどうしたいのか全くわからないんだが。「俺はお前が何をしたいのか分からねえよ」


「跡部さん、先輩は相手にするだけ無駄ッスよ」
そうみたいだな


彼は眉間のシワをさらに深くして、苦々しく「せいぜいハメを外しすぎるなよ」と言って頭をおさえて行ってしまった。なんだあいつ意味わからん。とりあえず仁王、男っぽく化粧してくれ。

そんなわけであたしの男としての人生が本日より始まったわけだが、早速問題が生じるわけだ。人生山あり谷あり。


「よう仁王と赤也。今探してるんだけど、」


それは倉庫へ向かう途中だった。丸井が現れた!戦う、逃げる、アイテム。コマンド?感覚的にそんなのに近かった。そこで言葉を切った丸井はあたしの方へ視線を移してしばらくしげしげと眺めてから「そいつ誰?」と首をかしげた。


「あー丸井先輩、これはッスね」
「雅也です」
ぶっ


仁王と赤也の名前を組み合わせるというあまりに安直な名前を言ったからか、それともあたしが咄嗟に嘘をついたからか、仁王にしては珍しく吹き出して口元をおさえた。いや、あたしも何故嘘をついたのかは分からないけれど、そうしないといけないような気がしたからつい。丸井は仁王がウケていることに怪訝そうに眉をひそめて、ふうん?と頷いた。


「そんで知らねえ?」
「知らんのー」
「ちょい探すの手伝えよ」
「いや、今俺達副部長に仕事頼まれちゃって」
「雅也君なら貸すぜよ」
「は!?いやいやいや」


なるべく自分は話さない方が良いと踏んだあたしは口を閉ざしていたのだが、仁王の申し出に素っ頓狂な声を上げた。いきなり何を言い出すんだ。そんなことをしてバレたら恥ずかしいどころの騒ぎではないだろう。「俺達も見かけたらブン太にメールする」「マジで?さんきゅ」ちょっと勝手に話を進めてんじゃねえええ!


「じゃあ」
「え、ちょ、二人とも待っ…嘘、嘘だろ本当に置いて行きやがった…!」


逃げるようにさっさと消えた二人に、あたしは頭を抱えて隣で呑気にガムを膨らます丸井をチラリと見やるとばっちり目が合って、あたしは素早く視線を逸らした。「…悪い、お前なんか用事あった?」「いや、別に…」変な気を回された。丸井はそいじゃあ探しに行くぞとサクサク歩き始め、あたしはしぶしぶその後ろに続くことにした。
丸井ブン太という男は気分屋で機嫌が変わりやすい所を持ち合わせる半面、元々それなりに愛想が良い奴である。それは友人にであろうが、初対面であろうが変わらないのであるが、現在の彼は機嫌が悪いのか、どうにも何も話し出さない。少し気持ち悪いと思いながらも、そんなことが問えるはずもなく、黙って彼に続いていると、どこに寄るわけでもなく、ちんたらちんたら、いつもの二倍は時間をかけてゆっくりあたし達は甘味処に戻ってきてしまった。


「あーえーと、いませんねえ」
「んー」


店の中は、誰もおらず、多分買い出しやら何やらで皆外に駆り出されているのだと思う。生返事を返した丸井はあたしを振り返って、再びこちらをまじまじと見つめた。丸井の様子がおかしい。もしかしたらバレたてしまったのだろうか。一抹の不安が頭を過るのと同時に、もうひとつおかしなことに気づいた。そもそも人探しをするなら普通はその人の特徴を説明するなり写真を見せるなりするはずではないだろうか。丸井が携帯にあたしの写る写真を持っていないということはまずないだろう。


「お前さあ、」


それに運営委員の会議室に寄らずにまっすぐここにやってきたことも変な話しだ。
あれ、まさか、

あたしがある結論にたどり着いた時、テーブルの上に座っていた丸井が怖いくらいにニコリと微笑んだ。


「いつまでそんな格好してんだよ馬鹿女」
「っ…う、いやーなんの話か俺さっぱりー」
「悪いけど俺最近、結構お前へのイライラメーター振り切ってんだよ。あんまり苛立たせんな」
「ちょ、わけわかんね、待て待て」


やばいなんかよくわかんないけど丸井がキレてる、し、怖い。赤也の言っていた「最近丸井先輩機嫌が悪いですよねー」の台詞がふと耳の奥でこだました気がした。びくついて後ろに後ずさりを始めたあたしを捕まえるように丸井は両腕をおさえてそのまま壁に縫い止める。はたから見たら男同士に見えるわけだから、ある意味すごい状況である。落ち着こう、これはまずい、落ち着こう。


「はーん、まだシラ切るわけ?そうやって俺だけ省かれんの嫌いなんだけど」


彼はそう言うとあたしの頭をつかんで、かと思えば次の瞬間カツラを外されてしまった。「はいみっけ」こうなっては言い逃れはできまい。


「あーまあ、騙そうとして悪いとは思いますけどね、いや、ていうか何でそこまでキレてるわけ…!」
「…お前さ、俺がどっからお前らのくだらないやり取り見てたかお前知ってる?」
「…は?そんなの」


丸井があたし達の前に現れた時からじゃないの?あたしの素直な返答に残念と彼は笑った。だからその顔怖いわ。いつから幸村みたいに黒い属性になったんだよお前は!


「跡部と仲良く話してる時からですけど」
「あああだから別に跡部とは仲良くないって、…つうか、お前今までの演技か!」
「演技だけど?お前がいつ素直に言うかなーと思って」


結局言わなかったけどな。
その時の丸井の冷たい視線と声と言ったら幸村も凌駕するそれで、あたしはひいいと小さく悲鳴を上げた。やべえええ怖えええ。


「丸井がなんで怒ってんのか半分くらいわからないんだけどもとりあえずごめんね、ほらどうどう」


あたしは丸井の手を振りほどいて、抱きしめるように背中をぽんぽん叩いた。これで気が済めばと思ってしたことだったのであるが、彼はあらん限りの力であたしを背負い投げて張り倒したのだ。あたしは受け身を取ったのでそこまでのダメージはなかったけれど、いきなりなにしやがる。


「俺はのそういう馬鹿みたいに能天気なとこが大っ嫌いだ」
「え…っ…ごめん?」
「別に怒ってねえし謝んな!」
「いや、怒ってんじゃん…」


ていうかさっきはイラついてるとか自分で言ってたくせにわけわかんないよ丸井。そう思ったのだが口にしようとは思わなかった。だって丸井が怖かったから。彼は床に座り込むあたしに指をさして「もう変装で俺を騙そうとしても無駄だからな!」と言い放った。


は甘い匂いがするからすぐ分かるんだよバーカ!」


お前が言うなと思う半面、いつだったか教室でそんな会話をしたことを思い出し、あたしはこっそりと照れてしまったのだった。





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(131208_実はこっそりツルが覗いてたりして)