33限目_努力はきっと誰かが見ている



「足を広げて座るな。前から丸見えなんだよ」
「あでっ」


お昼休みの後のミーティングというものはとても眠気をさそうもので、それは勿論授業も然りであるが、そんな中、不良のあたしがサボらずに起きていることが奇跡であるというのに、跡部はいつものごとくミーティングの後に、あたしの横を通り過ぎる際そんな注意をした。今回は怒られないように頑張って起きていたのに。殴られた頭をさすりながら、口を突き出して跡部をキッと睨みあげる。


「お前は毎回あたしを怒らねえと気が済まないの?ああ、あたしが好きなの」
「お前は毎回俺に怒らねえと気が済まねえのか?ああ、俺様が好きなんだな」
「やんのかコラァ!」
「吠えるな。それ以上騒ぐと幸村に言いつけるぞ」
「お前のような奴を世の中では卑怯者という」


次から次へと粗探しをする彼はまるで小姑だと、心の中で悪態をつく。一方で跡部はようやく口を閉ざしたあたしに満足したように挑発的に笑って「せいぜい気をつけるんだな」と会議室を去って行った。そんな去り際さえも女の子達は騒ぎ立てていて、代わりにあたしは彼が見えなくなるまでその背中を睨み続けた。端の方で、「跡部先輩と先輩って仲良いよね」なんて話し声が聞こえる。冗談でしょ。大袈裟に肩を竦めて、あたしもその場から逃げ出すように会議室を後にした。
確か今日は甘味処はあんみつやお団子の作る練習をして、時間が余ればメニュー作り。スマッシュでビンゴは一日かがりでパネル作りだな。今日も忙しくなりそうだ。
まずは幸村率いる甘味処に顔を出すかと先日あたしが仁王と選んだ桜色の暖簾をくぐると、そこには既に幸村達がいて、中では内装の飾りの調整をしていた。


「うん、落ち着きがあって良いね」
「そうだな。ゆったりできる空間だ」
「幸村君、他の飾りどうする」
「これ以上何かをするとせっかくの上品さがなくなってしまいますよ」
「柳生の言う通りだな。ああ、。おはよう」
「…おはよう」


彼らの会話に、急に鞄の中にある完成した折り紙の飾りが無駄なもののように思えて、あたしは鞄をぎゅっと抱きしめた。これ以上飾る必要がないのならこれを見せることはない。やはり今までこんなイベントに参加したことがないあたしにはかってが分からないし、何かを頑張ったとしても空回りするだけだ。うん、輪っかを作っていることを言わなくて良かった。鞄を近くのテーブルへ放り出してあたしは両手で顔を挟み込むように叩くと無理矢理笑顔を作った。
平気だ。たかが自分で作った飾りだもん。


「丸井今日は和菓子作りだから頼むよ」
「ん?おう、任せろい」


Δ


「…チッお前馬鹿じゃねえのか?」


スマッシュでビンゴで使うパネル作成のため、あたしは午後の炎天の下、勇ましく木材を担いでそこにいた。亜久津の所の店であるもんじゃ焼きの屋台があたし達のスマッシュでビンゴの隣ということもあり、あたしはたまたまそばを通りかかった亜久津を捕まえて話に付き合わせていたのだが、彼の第一声が始めのそれだった。あたしが彼に何を話したかといえば、そんなものはあたしと彼が共有する唯一の話題しかないわけで、それはつまり内装の飾りのことなわけで。自分の飾りは捨てることにしたのだということの成り行きを交えて彼に語った。割り切ったつもりだったのだが、ちゃっかり彼に話しているあたしはきっと自分が考えているより落ち込んでいるに違いない。


「そのくらいで落ち込んでんじゃねえよ」
「いや、まあ、うん。落ち込んでごめんなさい」
「…」


ゴリゴリと木材を切り落として、切断された片方が足の上に落ちる。「にょわっ」奇妙な声をあげてあたしはしゃがみ込むと、頭上でため息が聞こえた。「お前は救い様のない馬鹿だな」亜久津は素直だから、彼の言葉は結構胸に染みた。ていうか足痛い。
先輩できましたかーってうわ、泣いてる」様子を伺いに現れたらしい赤也の声が聞こえた。泣いてねえよ。


「…亜久津さんに泣かされたんスか」
「だからちっげえよ馬鹿!」
「そんなに怒鳴らなくても」
「お前といるとロクなことに巻き込まれねえな」
「あ、待って亜久津!」


いつか見たパターンであったが、亜久津はあたしの制止も聞かずに背を向けて行ってしまった。「赤也が悪い!」「えええ俺スか!」当たり前だろ。他に誰がいる。


「せっかくできたお友達なのに」
「多分向こうはそう思ってないッスよ」
「思ってるよ!心は繋がってんだよ!」
「それなのに泣かされたんですか」
まだ言ってんのかよ何気にめんどくさいなお前!


切り分けた木材を赤也に無理矢理押し付けて、あたしは彼を追い払おうとする。その時携帯が震えたので、赤也に対する勢いのまま乱暴に電話に出た。「誰だよ!」『俺だよ』「うわーい幸村さん」目の前にいた赤也はザマアみたいな顔をしていたので、ボクシングの構えをすると、ぴゃっと仁王がいる方へ逃げ帰ってしまった。逃げ足の早い。


「それで、何か用」
『今後の準備内容の紙、が持ってるよね』
「ああ、そっちに鞄置いてきただろ。その中にファイルが」
『ああ、あれか。お前いくら自分の模擬店だからって荷物をこんなところに置いたら危ないよ』
「平気だよ、携帯も財布も持ってるし、そん中はその紙と折り紙、」


そこまで言いかけて、しまったとあたしは息を飲んだ。言葉が切れたことに電話の向こうの幸村は『え、何?』と怪訝そうな声が聞こえる。しかししばらくして、彼も合点がいったようにああ、と声を漏らした。『何か入ってる』と付け加えて。


『袋に内装の飾りって書いてあるけど』
「…うん」
が作ったの?』
「…うん」
『どれくらいかかったの?』
「…うん」
『うんじゃ分からない』
「ふ、二日」
『頑張ったの?』
「…頑張った」


そう、よく頑張りました。突然幸村の優しげな声が後ろからして、どきりと心臓が跳ねた。携帯を耳から離して振り向くといつの間にかそこには幸村が紙袋を持ってそこにいたのである。移動早えし、つうか何故持ってきたし。気恥ずかしくなって、もう捨てるから良いよとあたしは紙袋を受け取ろうと手を伸ばそうとしたのだが、それは空を切った。彼は意地の悪いことにあたしが届かないよう、それを高く上げて笑った。


「何で捨てるの」
「…甘味処に合わないし、下手だし」
「なに、それでいじけてるの」
「いじけてなんかいねえわ!」
「ならブン太か仁王に聞いてやろうか。お前のその顔がいじけてる顔かどうか。二人ならちょうどそこにいるよ。ねえ、そこの二人ー」
結構でーす


まったく、不良を凌駕する意地悪さだ。膨れるあたしの横で、幸村は袋からしゃらりと長い長い輪を出して「確かに」と苦笑した。色的には甘味処の感じはしないと。「でも使えないわけじゃないよ」


「甘味処で使うのも良いけど、俺はこれ、スマッシュでビンゴの方が有効活用できると思うよ」
「…どゆことすか」
「例えば全てのパネルを倒した奴に景品とは別にあげるとか」
「あとは子供に参加賞としてあげるとかできるじゃろ」
「丸井と仁王っ!?い、いつの間に、」
「いや、さっき呼ばれたから、な」
「おん」
「地獄耳かお前ら」


とりあえず景品にするなら文句はないから採用するぜよ、なんて仁王は幸村の手から袋を攫ってにやりと笑った。なんだかしてやられた感じがして、俯くと、頭に誰かの手が乗せられた。「ありがとう」幸村の声だった。


「お前がまさかこんなことをしてくれるとは思わなかったよ」
「やっぱ運営委員はにして正解だっただろい」
「そうだね。お前何気に可愛いとこあるじゃないか」
「…は、何言って、ば、ばっかじゃねえの…っ」
「ちなみに幸村、これは結構嬉しがってる顔ぜよ」
「へえ」
「に、仁王!」


この二人がいる限りあたしの分が悪い。いや、そうでなくても幸村にあたしが敵うわけがないのだが。睨みを鋭くして、仁王を見やれば、彼はどこ吹く風と言った感じでまるで気にしていないようだ。


「そっかーこれ景品になるなら当日に俺、全パネル当てにいこっかなー」
「っ丸井はずっと自分のとこの店番してろ!」
「おー怖」




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(131208_一生懸命な彼女に皆嬉しくなる話)