32限目_見た目で人を判断するのはいけないこと紙袋を抱えてそそくさと噴水広場まで急ぐ。途中で柳にばったり出くわし、袋をチラ見された時は冷や汗が吹き出したのだが、中身を尋ねられなくて本当に良かったと安堵した。もしかしたらそれは中身を聞くまでもなかったからということも彼ならばあり得るのだろうが、嫌なことはあまり考えないことにする。あたしは近くの木陰まで歩いていくと、そこには見覚えのある先客がいた。あのツンツンした白い頭は、 「お、サボり発見みたいな?」 「…チッ」 あからさまに不機嫌な色を顔に出してあたしを一瞥したのは亜久津である。彼は木に背を預けてぼんやり広場を眺めていたようだ。仕事はたくさんあるだろうに、暇を持て余していらっしゃる。彼は腰を上げようとしたので、あたしは慌てて隣にしゃがんで、彼の腕を捕まえた。注意をしに来たわけではないので逃げないでほしい。 「元よりあたしは君と同じタイプの人間だから、怒れないしね」 「フン」 「隣いい?」 「…もう座ってんじゃねえか」 「あはは」 もう逃げないということは、そこまで嫌がられていないと思って良いのだろう。木漏れ日に目を細めて、小さく息を吐くと、あたしは袋の中身を取り出した。亜久津が何だそれはという顔をしたので、しょぼしょぼと照れながらそれを彼の前に出す。 「折り紙で作ってる。…わっかの鎖…」 「休憩に来たんじゃねえのか」 「いや、休憩だよ。これは誰かに頼まれたとかじゃなくて、個人的に作ってるやつ」 だからあまり大っぴらに制作することが憚れるのだけれど。なんたってあたしは今までこんなものを作ったことがなかったので、そもそも作り方すら理解していなかったのだ。故にまずそれを調べることから始めて、昨日からちまちまと作り始め、なんとか一メートルちょっといったかという進行具合なのだ。あまり上手いとは言えないよれた折り紙を繋ぎ合わせていると、亜久津が「不器用だな」と頼んでもいない感想をかなりストレートに言ってのけた。知ってるっつうの。 「…」 「…でも」 「…」 「…へ、変か、やっぱり」 一応彼からの答えを待っていたのだけれど、欲しい時には答えを頂けないようで、「うん、変だね。そうだね」と自己完結するようにぎこちなく笑った。すると「さあな」とようやく亜久津が言って、あたしの手元から空へと目を移した。 「実はさ、柳にあたし達の店の内装デザイン頼まれて。カタログでもうかなりのとこまで決まってさ、意外にオッケーとかももらっちゃって、…」 「聞いてねえよ」 「うん、でもどうせなら聞いてよ」 「…」 「なんかさあ、運営委員の子達見てると、皆差し入れしたりもっと自分で色々考えてたりしてるみたいで、なんていうか、あたし初めは嫌々参加したわけなんだけど、参加したからにはもっと頑張りたいっつうか…。あたし今は内装の手伝いくらいしか思いつかないから、これ使えないかなあと、思いまして、…はい」 しゃらしゃらと輪を上に持ち上げる。騒ぐ系のイベントと言えばこういう輪が飾られているのがセオリーだとは思ったのだが、やはり甘味処ではおかしかっただろうか。まだただの喫茶店だったら良かったのかもしれない。制作の手は止めないものの、あたしは少しずつ不安になってきてしまい、重く息を吐き出した。 「あーあたしこういうのわっかんねーからさー。笑われちゃうかな、やっぱり」 「知らねえよ」 「うん、そうだね」 「…じゃあお前はどうなんだ」 「え?」 「お前なら他のやつがそれを作って、笑うかって聞いてんだよ」 あたしは手元に視線を落とす。例えば丸井が、仁王が、他の皆がこれを作って来たとして、あたしは笑うだろうか。もしかしたら初めは冷やかしてしまうかもしれないけれど、でも一生懸命作ってきたというなら答えはもちろん決まっている。 「笑わないよ」 「そういうことだろうが」 「うん」 「いちいちめんどくせえこと言わせんじゃねえ」 「ごめん、ありがとう」 なんだ、見た目程、亜久津は怖くないじゃないか。思いの外彼のストレートな台詞がすとんと胸に落ちてきて、下手なお世辞より何倍も心地が良かった。なんだかんだで良い奴なのだろう。一人で納得して、あたしは再び輪を繋げ始めていると、ふいに遠くから誰かが亜久津を呼ぶ声が聞こえた。視線をそちらへずらせば、亜久津と同じ制服を着たオレンジ頭の奴がこちらにかけてくるではないか。 「また面倒なのが来た」 「知り合い?」 「さあな」 「亜久津!もう探したよ」 知り合いのようだ。彼はあたしに気づくとすかさず「千石です、どうぞよろしく」と携番の書かれた紙を差し出した。なんだろうコイツ。亜久津を探しに来たのではないのか。隣で彼の舌打ちが聞こえた気がした。雰囲気的には同じ模擬店を開く仲間ということで間違いはなさそうだ。あたしも名前と立海テニス部の運営委員であることを告げると、彼はまるで運命だとばかりにあたしの手を取った。その瞬間、一瞬ぞわりとした気配が漂ったのであるが、もしかしたら近くにツルでもいるのかもしれない。 そんなことはつゆ知らず、彼は自分もテニスをするのだとそれだけで大騒ぎしていた。 これまでの流れでなんとなく察したのであるが、千石は軟派な男だと決めてまず間違いないだろう。亜久津が嫌がるわけである。 「ああ、それより亜久津、力仕事で人手が足りないから手伝いに来てよ」 「めんどくせえ」 「来てくれたらお礼に運営委員の子からの差し入れのクッキーをあげようじゃないか!」 「いらねえよ」 「あ、さんも食べる?」 「食べる」 間髪を入れずに頷いたことに千石は笑ってあたしに箱を差し出した。中には手作りクッキーがたくさん詰まっていて、あたしはクッキーをもぐもぐと食べながら自分の手の中の輪っかを隠すように袋に詰め込んだ。なんとなく、自分のしていることに、自信が持てなくなってしまったのだ。「あれ、さんその袋は何?」それなのに間が悪いことに千石はそれを話題に上げた。 「あー、これはだな、」 「うんうん、…イテッ亜久津何するんだよ」 輪っかを見られているだろうし、誤魔化しは利かなそうだと視線を彷徨わせたあたしの心配は杞憂に終わった。亜久津が千石の頭を小突くと、くだらねえことやってねえでさっさと行くぞと、千石の襟首を掴んで引きずりだしたのだ。「え、なに本当に手伝ってくれるの?!」「人手が足りねえんじゃねえのか」「うんうん足りない!」もしかしたら彼はあたしに気を遣ってくれたのかもしれない。「あああさんばいばい!」と引きずられながらにこやかに手を振る千石に、苦笑すると、あたしもそろそろ戻ろうと立ち上がった。 するとその時、いつからいたのか、遠くにいた丸井と目が合った。だからあたしは手を振ろうとしたのだが、丸井はべ、と舌を出して背を向けて行ってしまって、上げかけた手はぶらりと宙を彷徨うだけで終わってしまった。 「ありゃ、…無視された」 BACK | TOP | NEXT (131208_亜久津はいいやつ) |