31限目_音もなく始まる夏休みもある亜久津に投げ飛ばされるわ幸村に説教を食らうわなあたしが、ようやく息をつくことができたのは昼休憩の時だった。そんな朝からの厄日さを聞いた丸井と仁王があまりに哀れだと一文無しのあたしにご飯を奢ってくれるというので、あたしは喜んでそれに甘えることにし、三人で本館にある食堂に向かった。昼時だから酷く混んでいる。 あたしは二人に奢ってもらった唐揚げ定食を早速頬張りながら「いつか恩返しするから!ほんとに!真面目に!」と頭を下げてテーブルに額を擦り付けた。 「期待しないでまっちょる」 「とりあえず味わって食えよ」 「うんうん」 どうしよう今日の二人後光がさしている気がする。あたしは感動しながら唐揚げを咀嚼しながら、ミンミンと近くの窓から微かに聞こえてくる蝉の鳴き声に意識を向けた。もうすっかり夏である。あたしが遅刻しようが、この二人に施しを受けようが夏である。早いものだなあと、ひとりごちると、ふとあたしはあることを思い出して箸を止めた。二人も顔をこちらに向けた。 「そういやサマーバケーションっていつから?」 「え?」 「ん?」 「いやだから、皆大好きサマーバケーションだよ」 「いつからって、そんなんとっくの昔からだろい」 「えええ聞いてないよ」 「そりゃあお前さん修了式出てないしな」 あれエエエエ?なにこの音もなく始まる夏休みは。初めての展開過ぎてあたし頭がついて行かないっていうか、出鼻挫かれて夏休みに向けてのハイテンションが一気にしぼんだっていうか。ああいう式の校長の長い話は嫌いだけれど、あたしはこれから夏休みが始まりますという皆の浮き足立つ空気に包まれた体育館が好きなのだ。「修了式に出たかった」口を尖らせたあたしに、丸井がどうでも良さげに自分のプレートに目を戻した。 「何かそれ不良らしくないな」 「ちゅうか元々俺らはそんなに不良らしくないぜよ」 「何故だ、何故あたしは修了式に出なかった…」 「だって君が式をそっちのけで屋上でアイスを食べたいと騒いだんじゃないかセニョリータ」 「アイス…チッそうかあの時か、ってちょっと待て今喋ったの誰だ」 丸井でも仁王でもない声が確かにあたし達の会話に入り込んだ。声の方へ三人揃って視線を移すと、そこにはいつの間にかツルの姿があって、唖然とするあたしの姿に一度シャッターを切る。いやいやいや何してんの?「やあ」いや、やあじゃなくて。 「君が合同学園祭に出ると聞いたら僕も行かない手はない」 「そんな手ねえわ」 「つうかが出るなんて誰から聞いたんだよ」 「…」 「まさかお前後をつけてたな」 「いやだって僕ストーカーですもんね」 「ですよねーふざけんな」 「相変わらずやのう」 別にここに来られること自体は構わないのだけれど、どこに潜んでたか今まで気づかなかったことが怖い。こいつの先祖は忍者か何かか。なんだかいつもの2-1のペースを取り戻した気になりながら、ぎゃいぎゃい騒ぐツルを眺めていると、丸井が「あ、柳」と声を漏らした。すかさず隣にいたツルがぴゃっと姿をくらます。おそらく自分が部外者だからだろうが、別に柳は彼を追い出したりはしないだろうに。またどこかに隠れたか帰ったのかは知らないが、ツルが消えた方をしばらく見つめて、柳があたしの名前を呼んでからようやく視線を戻した。 「どしたん」 「に頼みがあってな」 「へい?」 「甘味処の内装のデザインを考えてもらいたい」 「はい?」 あたしはてっきり荷物を運ぶとか買い出しとか、体力を使うものを頼まれると思っていたので、柳の申し出に首を傾げた。彼もわかっているだろうが、あたしは本来女の子が得意そうなものが苦手である。何か意図がありそうなその頼みに、とりあえずはおずおずと彼の目を見つめ返した。 「あたしそういうの無理だよ」 「別に構わない。お前の好きにやってみてくれ」 「いやでもさ、」 あまりに変になっても困るだろ、と肩をすぼめると柳はフッと笑みをこぼした。「では言い方を変えよう」 「お前のセンスには期待をしていないから何も気負う必要はない」 「もうなんなの?あたし泣けばいいの?」 「頼んだぞ」 「ちょっ…」 「ああ、そうだ。ブン太は幸村に呼ばれていたぞ。買い出しの件だ」 「あ、ならあたしそっち行くから!チェンジで!」 「いや俺行くわ。んじゃ」 「丸井!」 そうして二人はあたしの制止も聞かずにサッサと行ってしまったので、伸ばした手は虚しくも空を切った。まじかよ。そんな心境だ。彼が置いていった内装のデザインや小物のカタログで仁王が自分を仰いでいたのですかさず頭をはたいてそれをテーブルに開いた。もう仕方が無い。ここでのあたしのヒエラルキーはとても低いのだ。というかこちらに引っ越してから恐ろしい程に格下げをされたものだから、ここだけではないのだが。 「よしやろう仁王」 「何、プロレス?よし来た」 「ふざけんなよお前やる気もない癖に」 ずいっとカタログを仁王の方へと押しやると、あたしは「頼みの綱だよ君は」とそれを顎でしゃくった。つまりはセンスの良い仁王になんとかしてもらおうという魂胆である。いや、もちろんあたしも協力はするけども。しかし残念ながらあたしには全部同じに見えてしまうのだ。 「はどれがええん」 「ばっか、だから全部同じに見えるから頼んでるの」 「ええから直感で」 「…んと、…それじゃあ、これ」 暖簾を淡い桜色のものを指すと、仁王がどうして?と首をかしげた。そんなもの、可愛いからとか、甘味処の柔らかい雰囲気に合わせたとしか答えようがない。大した理由を言えなかったことに少しむすりと口を尖らせていると、彼はそんなあたしを見て小さく笑った。 「そういう感じでええと思う」 「うわ適当」 「俺らはデザインのプロじゃないぜよ。どんな色が受けがいいが悪いかなんて計算いらん。こんなんこれが可愛いとかかっこいいとか、直感が正解なんじゃよ」 「…信じるぞ」 「俺は嘘つかんもん」 「嘘つき」 なんだかからかわれたような気がして悔しくなったので、安堵の色は見せずに小さくそう吐き出した。仁王はわざとらしく肩を竦め、そんな反応を受け流してカタログをパラパラとめくり始めた。たしか丸井が昨日のだて笠を置いたりしたのだと言っていたからそういうのも必要だろう。サイズも考えなければとか、あとで測りに行こうとか、考え出すと案外一人でも平気なもので、いつの間にか置いてけぼりにしていた仁王にふと意識を戻してあたしは「ごめん」と顔を上げた。仁王は稀に見るご機嫌そうな顔であたしを見ていた。 「な、なに」 「別になんでもないぜよ」 そうして笑った仁王はやっぱりどう見てもなんでもないようには見えなかった。 BACK | TOP | NEXT (131208_そうやってやけに真剣な君がなんだかおかしくって) |