30限目_朝飯はきちんと食べるべき



「今日は厄日になるでしょう、ラッキーアイテムはお金です」
お金ない!ひもじい!


そんな占いとのやり取りから始まったあたしの一日は、どうやら厄日らしい。テレビから流れるアナウンサーの爽やかな声に苛立ちが増す。まるで何もなかったように早速占いから天気予報に移っているとはなんて薄情。あたしの心は雨模様だぞこのやろう。だいたい厄日なんて、そんなのこんな占いを聞く前から察しがついていた。
あたしの一日が厄日たる所以は、そもそも朝ご飯がないところにある。絶賛空腹を持て余しているあたしは水をがぶ飲みして腹を満たすというホームレス戦法を取る。こういうのをきっと生活の知恵と言うのだと思う。多分。
そんなくだらないことを考えているうちに、そういえばあたしは寝坊もしていたのだと嫌なことを思い出した。遅刻にビビるとか不良の癖にどんだけーと笑ってしまいところなのだが、最近ではそうも行かなくなっている。何故なら幸村精市というサタンの生まれ変わりのような奴と関わりを持つようになってしまったからだ。学園祭準備二日目から遅刻したらなんとドヤされるだろうと想像したら背筋が凍ったので、あたしは勢いに任せて家を飛び出した。あれ、テレビ消したっけ。まあいい。

普段使わない自転車をぎいぎい言わせながら炎天の下を走る。何故あたしがこんな目に。
ていうかそもそもあたしが寝坊したのは丸井と仁王があたしを起こしに来なかったからいけない。いつもはうるさいくらいにインターホンを鳴らしてあたしの睡眠を阻害するはずなのに。


何故来ない!寂しい!


叫んだらバランスを崩して焦げるくらい熱いコンクリートに倒れた。通りかかったサラリーマンに大丈夫ですかと引き気味に言われ、地面に伏せたままもうお腹が空くから黙って自転車を漕ごうと決めた7:30の事。




学園祭の準備に賑わうその馬鹿でかい施設は、やっぱり見るたびに何と無くあたしに目眩を起こさせた。あたしは今までこういうイベントにきちんと参加したことがなかったから、慣れないのだ。
時刻見て完全に遅刻を決め込んでしまったことを確認すると、あたしは小走りに本館へと走り出した。…までは良かったのだが、あたしは重大なことに気づく。運営委員会が開かれる会議室の場所が分からない!し、現在地も定かではない。
このままだと跡部にまで何か言われる事は必至。どうしよう。


「…ん、待てよこういう時は周りの人に聞くように八雲達に言われた気が」


さんさん、道に迷ったら周りの奴に聞くと良いですよ!」
「駅だったら駅員が良いですよ!」
「パンピーならガン飛ばせばビビって道も開けますよ!」


もやもやと脳裏に残るそんなやり取りを思い出し、あたしは目の前にいた通行人の男を呼び止めることにした。「あのーすいまっせーん」近づいてみると思いの外背が高かったそいつは、振り返ると「ああん?」とあたしを睨みつける。


「誰だテメエ」
やだこの人パンピーじゃない


何これ応用編ですか。さて、パンピーじゃなかったらどうしましょうかっこわらいとかいうやつですか。いきなりハードル高いって言うか、パンピーが多いはずのこの中でまさか同類に会ってしまうとは、なんて強運の持ち主というか、ああ、なるほど厄日だからか!ていうか髪の色で気づくべきだったんじゃないか。周りに赤と銀がいるから完全に感覚がまひしていたが、こいつ着てる白ラン宜しく白く染めてやがる。…いや、臆することはない。パンピーじゃなくても日本語は通じるんだ。あたしがすることは一つ。


「おい、聞いてんのかテメエ」
「ああん?お前どこ校だゴラア」


違う!
完璧に釣られた。あたしの反応に、目の前の男は「やんのかコラァ」みたいになってるし、これ明らかに不良同士の一触即発!跡部や幸村にバレたら遅刻で怒られるどころじゃない。ここは引いた方がいいんじゃないの。どうする、あたし。自問自答を繰り返しているうちに、彼が威嚇するように拳を前に突き出したので、あたしはそれを寸前でかわして男の腕を掴んだ。どうやら、それが相手のゴングを鳴らしたらしい。素早くそれに反応したやつは逆にそれを利用して背負い投げるようにあたしを宙に放った。どああああ。まじかあああ。
ふわりとした浮遊感を感じたのは一瞬で、すぐに身体は落下する。いつもならこんなことされても、どうってことはないし、きちんと受身も着地もできる。いつもなら、だ。


「今日が厄日ということを忘れていたよ」


朝飯を抜いて全力でここまでやって来たあたしの体力なんぞたかがしれているわけで、もはやあたしに着地する力は残されていない。あたしはおとなしく床に叩きつけられるのを待っていると、なんとその前に誰かに受け止められたのだ。


「馬鹿かテメエはあああ!」


丸井の怒鳴り声が聞こえたと思えば、どうやらあたしはギリギリのところで仁王に受け止められたようで、あたしを抱えたまま後ろへバランスを崩して倒れた仁王もかなり機嫌が悪そうだ。「重い」「ごめん」


「何で受け身取らないんだよ!」
「それは、」
「つうか何で喧嘩してんだよ!」
「だから、」
「そんなに喧嘩好きか!?なら今から俺とタイマンはるか、ああ?!」
「そうでなくて、」
「そもそも遅刻してんじゃねえはっ倒すぞお前!」
あたしの話聞けえええ
「…なんだ、テメエ立海だったのか」


白髪の彼は、めんどくさそうな顔をすると、小さく舌打ちをする。丸井はあたしから彼に視線を移して「わりいな亜久津」とあたしの頭を掴んで下げた。どうやら知り合いらしい。なんでもテニス繋がりなのだとか。テニス部はネットワークが広いな。それよりも何故丸井達がここに。


「跡部が運営委員会にが来なかったって幸村君に報告して」
「報告したの!?」
「幸村がキレて俺達が駆り出されたんじゃ。そしたらお前さんはこんなじゃし」
「ひいいい」


あああもう知られたくないこと全部知ってるってわけね!
いやでも別に喧嘩してたのはあたしのせいじゃないし。だってあたしを煽ったのは亜久津の不良的な態度だし、そもそも遅刻だって丸井と仁王が起こしに来ないのがいけないんだし。言い訳がましくペラペラと彼らをまくし立てていると、途中から面倒になったらしい亜久津は、巻き込むんじゃねえよともっともなことを言って去ってしまった。ちなみに丸井達は「うわーないわー」みたいな視線をくれたわけで、結局黙る以外にあたしに選択肢は残されなかったわけである。厄日。


「…なんとかならないかなあ…」
「幸村君はならねえよ」
「ならないよねえ…」


とりあえずお腹空いたんだけども。脱力したあたしはそのまま仁王に寄りかかると、丸井がポケットから出した飴をあたしの口に突っ込んだ。「これ超絶まずくていらねえ奴」「ふざけんな」そうは言ったものの、空腹は最高のスパイスとは言うだけあり、その飴は泣くほど美味しくて、感極まったあたしは、一番近場にいる仁王の首にしがみ付くと「あたしを受け止めたあげく食べ物くれるとか王子様みたい!だからついでに一緒に怒られて」と調子の良い事を言うと二人に全力で蹴飛ばされた。


「いい加減にしなさい」
ごめんなさい


いい加減にします。




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(131122_仕事しろ)