28限目_人間誰しも苦手なものはある「あれ、おかしいじゃんこれ」 「何が」 「おかしいよ」 「だから何が」 目の前にでかでかとそびえ立つその施設を見上げて、あたしはぽかんと口を開けていた。室内でも店を出せるような本館があり、テニスコートがあり、外にはステージがあり、グラウンドやプールまであるそれは、合同学園祭を行うには申し分ない広さと設備を兼ね備えていた。おかしい。夏の日差しに施設を見つめていたあたしの視界が眩んだ。 「何であたしはここにいるんだろう」 とってもシンプルな疑問を零すと、隣にいた丸井はようやく合点がいったように頷いた。 あたしは数時間前まで確かに立海にいて、部活に勤しんでいた。午前練だけだから、午後は何をしようかとあたし的予定だって立てていたはずなのだ。しかしそれは一つも実行されることはなく、気づけばテニス部に連行されていた。そうしてたどり着いたのは、東京の、例の合同学園祭を行うという施設で。 「ということで、皆、ここまでの行き方は頭に入ったな。これから学園祭のエントリーをして来るから、お前達は好きに施設内を見学してーー」 「部長さん、ちょっと待って」 まるで何事も問題がないようにサラサラと話を進めていく部長は、あたしの手が上がったのを見て、眉尻を下げた。何を質問されるか察したらしい。あたしが口を開く前に、「頼むよ」なんて言われてしまう。いや、いくら部長に頼まれたって運営委員をやるのは嫌なものは嫌なんですよ。そもそも、あたしじゃなくてももっと他にいたでしょう。例えば二年じゃなくても部長の友達とか、頼ろうと思えばいくらでも湧いて出てきそうなものだ。なんたって皆に人気のテニス部なんだから。 「には迷惑かけたくなかったけど、外部受験する奴がいて、夏休み中となると頼れる奴がいないんだ。それに、そうでなくても進路のことで学部を決めたり、三年は忙しいから」 「それなのに学園祭に参加するんすか」 「ああ、三年はやらないよ」 「は?」 何を今更とばかりに部長は言った。指揮を取るのは次期部長候補の幸村、つまり今回は二年生が中心に動かねばならないと聞いて、あたしは卒倒しそうになった。だから二年の知り合い、つまりあたしの方が手伝いにふさわしいのではないかと。白目を剥きかけたあたしに、部長は慌てたように「もちろん、たまに手伝いには来るぞ」と付け加えた。そういう事じゃない。 「何でそこまで嫌がるんじゃ」 「めんっっどくさいから」 元々あたしは大人数で騒ぐのはそこまで好きじゃない。他校と馴れ合って何が楽しい。こんな暑い中で協力して何になる。主催者の神経を疑うね。余程の暇人と見た。暑さへの苛立ちと相まって、あたしの口調はきつくなる。そうして不満をべらべらと口から零していたあたしは不意にそれを柳に止められた。反論かと身構えると、いつの間にか柳の隣には、見知らぬ男が立っていて、偉そうにあたしを見下ろしている。ついつい喧嘩腰になりがちなあたしは「なんだよ」と彼を睨みあげた。 「俺がその主催者だ。文句があるなら俺様に直接言うんだな」 「ああ、跡部じゃないか。うちの部員がすまない」 「幸村、あたしは部員じゃない」 「どうでもいいが、そこの女、興味がないならさっさと出て行け。お前みたいなのがいると周りの空気を壊す」 「なんだお前えらっそうに!」 思わず大股で跡部とやらにつかつかと歩み寄ると、もう一歩というところで後ろから丸井に両腕を取り押さえられた。「落ち着けって。今回はお前の分が悪いぞ」耳打ちされてあたしは何でと聞き返す。答えは丸井ではなく、仁王から出た。「跡部グループって知っちょるだろ」と。当たり前だ。あんな有名な会社を知らない奴はいないだろう。現にあたしのシューズは跡部スポーツの、…。そこまで考えてあたしはハッと息を飲んだ。「そういうことだ」丸井が頷いた。 「まさかお前跡部財閥の!」 「今更か。鈍すぎて笑っちまうぜ」 「むかちーん泣かす!」 「やめろ」 「丸井離せええ!」 「そんなことしてお前に利益なんてねえぞ。だってお前跡部スポーツめっちゃ気に入ってんじゃん、その校則違反のバックもウェアも全部跡部スポーツのだし、」 「やめろオオオ!」 丸井の腕を振りほどいて耳を塞ぐとあたしはその場にしゃがみこんだ。おおおおおなんという屈辱…!おのれ丸井ワザとだな!?こうなってしまえばもう跡部の顔が見れないし、逃げるしか選択肢は残されていない。あたしは勢いよく彼に背を向けると「言われなくても出て行ってやるよ!」と走り出した。否、走りだそうとした。しかしそれよりも早くあたしの頭を鷲掴んてそれを阻止したのはもちろん、後ろを振り返らなくても分かる。あたしの背筋が凍りついたし、その場の空気も5度くらい下がったと思う。 「まさか帰るつもりじゃないよね」 「痛い痛い痛い」 帰るつもりでしたが!? 幸村があたしの頭を掴んでいる手間、思ってもそんなこと言い出せるわけもない。そのまま跡部の前に放り出されて「謝って」と頭を抑えられた。「謝った方が得策ですよ」と赤也から耳打ちされる。そんなことは分かってる。しかしこれで頭を下げれば、あたしはきっと学園祭に参加せねばならなくなるだろう。これからどんな面倒な毎日が待っているのか。気が遠くなりそうになって、定まらない視界のまま、あたしは微かに跡部に頭を下げた。 「すみま、せん」 ギラギラと照りつける太陽がなんだかあたしをあざ笑っているような気がして、そんなあたしの頭上から跡部の声が降ってきた。 「お前はどこまでも可哀想な女だな」 見上げた彼の顔は本当にあたしに同情しているように見えた。 BACK | TOP | NEXT (131115_第二章突入) 長かったような早かったような。 |