25限目_女の子の涙はめんどくさいものです




「と、言ってもなあ…」


口の中で先程丸井から強奪した飴玉を転がす。先日、ツルやさんの前で盗難事件の犯人にされたことを抗議しに行くと宣言したは良いものの、それをどう実行に移すかを思い悩んでいた。現実問題、あたし達は今まで疑われても仕方が無いことをしてきたわけで、自分で言うのもなんだが、あたし達は大人からの信用が全くない。校長もそうであるが、あたし達を元気な子供として好意的に接してくれる奴も少なからずもちろんいる。しかしあたし達の立場は圧倒的に悪い。だから本当のところ、真犯人を見つけない限りは疑いは晴れないのではないかと思う。


「そもそも、こうして授業をサボっているから疑われるんだよなあ」


体育は嫌いではないのだが、こんなことを悩んでいるうちはどうにもやる気が起きず、体操着を着たものの、そのまま一人で授業を離脱してきたというわけなのだ。
あたし頭使うの苦手なんだよなあ。
意味もなく首に下げたタオルを振り回しながらあたしは校舎裏をぶらりと歩いていると、物陰から誰かの話し声が耳に入った。盗み聞きは趣味ではないが、なんだか不穏な空気だったので、こっそり覗いて見れば、どうやら何人かが一人の女子生徒を囲んでいるではないか。こんなところでいじめなんぞ、陰湿だ。
真ん中の女の子は俯いており、肩を震わせて「もう、やめて下さい」とか細く言った。


「はああ?てめえ誰に口答えしてんだよ!」
「でも、っ」
「んーまあーやめてあげても良いよ。あのことバラされても良かったらだけど。どうする?そしたらもっと一人になっちゃうよ?」
「…や、いや!」
「だよねえ」


見てるうちに苛立ちがピークに達したあたしは、砂を掴んで女の子達に向かってそれを投げつけた。短く悲鳴を上げた彼女達は「何すんだよ!」と唸るように言って振り返る。そしてあたしを視界に捉えると、彼女達の目が見開かれた。「!?」


「喧嘩は一対一が基本だろーが。あとお前らの声キーキーうるさい」
「…っ」


急に威勢がなくなった目の前の女子生徒達はあたしの存在に相当びびっているらしい。っかしーな。女の子には優しくしてたつもりなんだけども。
そもそも何で彼女達はあたしのことを知ってるんだ。そこまで有名かあたしは。彼女達はいじめていた女の子を見やってから「私達、別に、何もしてないですから…っ」と早口に言ってバタバタと走り出した。いや意味わかんねえし。つかちょっと待て!
咄嗟に後を追おうとしたものの、今にも泣きそうなこの女の子を放っておけずに、伸ばしかけた足を戻した。


「えー、と、大丈夫っすか」
「っふあ!?も、もちろんです、すいません、ごめんなさい…!」
「…そんなに謝られても」
「ごめ、なさ…っ」
「えええそこで泣くの!?」


どうしよう、あたしこういうのすっげ苦手なんですけど。どうすればいいの?慰めればいいの?あれ、あたしが泣かしたのに?
まるでダムが決壊したかのように、彼女の瞳からは大粒の涙が溢れて、あたしをテンパらせた。とりあえずボサボサな髪を整えてやるつもりであたしは頭へ手を伸ばすと、肩をびくつかせた彼女はあたしの手を力強く払う。しかしすぐに我に返った様子の彼女が、またもや顔を青くした。


「あの、わたわたわたしっ」
「っあのさあ!」
「は、はひ…っ」
「あたしあんたに何もしないから。怖がらせてごめん」
「…」
「悪いんだけど、正直そうやられるとあたしも疲れちゃうわけ。怖いならそれで良いから、どっか行ってくれる?」


我ながら酷い言い方をしたと思うが、ここまで怖がられてしまっていては、今更何を言っても信用なぞしてもらえるはずがないのだ。そう思って横目でちらりと彼女を伺うと、彼女は余計に泣き始めてしまったので、あたしは耐えられなくなって思わず彼女の頬をつねりあげた。


「泣くなあああ!」
「わああああん、ごめ、なさああっ」
「あああもうやだああああ何で泣くんだよおおお!」


かばりとしゃがみこんだあたしはしばらく泣きじゃくる女の子の横で頭を抱えていたのだが、どれくらい経ったか、ふいに携帯がなったので、あたしは力なくそれに応答する。「…あい」『てめえ今どこいやがんだ!』うるさ。電話の相手はどうやら丸井らしかった。彼も仁王もおそらく今頃真面目に体育に出ているのだろうから、あたしがいないことに腹を立てたのだろう。


『今どこだ』
「…校舎裏」
『戻ってこい、今すぐ』
「それができたら苦労しねえわ」
『はあ?』
『ちゅうか女の子泣き声聞こえるんじゃけど』
『マジだ。お前何してんだよ。泣かしたのか?』
「…」


しばらく丸井と仁王から質問攻めにあったあたしは押し黙ったまま、しくしく泣いている女の子の方を見やった。なんだかあたしが泣きたいよ。丸井が無視すんなと受話器越しにうるさかったのであるが、無視ではなくて答える気力がないのだ。そうしてついに痺れを切らしたのかなんなのか、仁王が『もういい』と言った。あたしは電話を切ってくれるのか安堵したのもつかの間、


『なんか面白そうじゃからそっち行くわ』
「は?いやくんな!余計に泣かれ、」


ぶつ、そんな勢いで電話は切れた。


それから約五分後、丸井と仁王がそこに顔を出して、あたしとその女の子を見るなり心底面倒そうな顔をし、そのせいで彼女が余計に泣き出したのは言うまでもない。


「ほんまじゃ。めちゃくちゃ泣いちょる」
「やっぱ俺ら帰っていい?」
ふざけんなよ帰さねえからな

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(131101_女の子の涙)
あれ、日常編がなかなか終わらない。