24限目_本当の友達はただ黙って自分を信じてくれる奴


大人は基本いけすかない。もちろん全員がそうであるわけではないことは理解しているし「大人」と一括りにするのは間違っていると思うけれど、大人は、――とりわけ教師というのは大層気に入らない。
不良として、教師を嫌うのはもはやはみ出し者になるための条件とも言えることだが、別に元々、好きでそういう感覚を持ち合わせたわけではないのだ。実際に奴らはあたし達を理解しない。枠からはみ出したあたし達をロクでもない人間と蔑み、あわよくば元の位置に収めようと力で押さえつける。
息苦しいし、生き苦しい。
あたしは、あたし達はもっと、自由に生きたい。だから、教師に生き場を狭められるのは許し難いことなのだ。


「あたし達なんていなくなれと、つまりはそういう話だな」


あたし、は腹を立てていた。
そのそもそもの原因を辿れば、話は三十分程前に遡る。
あたし達は特に何をするわけでもなく、教室の窓からぼんやり夏の色に変わりつつある午後の空を眺めていた。まだ夏の始まりだとは言えないけれど、それを知らせるようにじわりとした暑さがあたし達のやる気を削いで行く。


「アイス食いたい」


きっかけは丸井のその台詞。もちろん購買にそんなものは売っているわけがないので、学校を抜け出して買いに行くという悪巧みが彼の頭の中には浮かんでいるのだろうが、如何せん暑さがその気力さえ奪うわけで。せめて購買にあるジュースでも、という話になり、誰が買いに行くかのパシリじゃんけんに発展した。そこに現れたのが、ナイスパシリ要因のツルなわけで。


「ああ、君じゃないか。こんなところで会うなんて運命としか言いようがないね!」
ただの偶然としか言いようがねえよ
「丸井君は黙っていたまえ」
「あーそうだな運命運命。運命ついでにちょっとパシられてくんない」
「どんなついでじゃ」
「つうかおま、それは人としてどうかと思う」


両側からぐちぐちと文句を言われたので、渋い顔をしつつ両耳を塞ぐ。何言ってやがるんだ。目の前のツルはあたしに頼られると思って目を輝かせてやがるぞ。何パシリになれば良いのかな?と声を弾ませるツルにあたしはジュースジュースと雑に答える。暑いからな。この両側のうるさいバカはいらないみたいだからあたしの分だけで。


「うわあ、こいつマジでパシリにするつもりだあうわあ」
「うわあ」
「演技くさい言い方すんなお前ら。利害は一致してます。こいつはあたしに頼られたい。あたしはこいつを頼りたい」
「気にすることないぞ君。丸井君と仁王君は頼られてる僕が羨ましいんだよ」
「俺怖いわこのポジティブ」
こいつの頭かち割りたい
「こいつらは良いから、とりあえず買ってきてツル」
「ツル、三人分な」
結局かよ


結局こいつも自分の私利私欲に走ったのに素早くツッコこんでからあたしは金はあとで払うから頼むとツルを押した。しかし跳ねるように走り出すと思われた彼はそれとは対照的に眉尻をしゅんと下げて、それでは困ると言った。


「あ、金ないの?わり、じゃあ今出す」
「財布をなくしてね」
「は?」


彼は「まあそんなに入ってなかったから平気だよ」とさっぱり言い切って、あたしから三人分のお金を受け取った。なんだか、財布をなくして落ち込んでる奴をパシリに使うのは可哀想に思えて、一緒に探してやるよ、とあたし達三人は顔を見合わせて頷く。それを見ていたツルは目を見開いて、それからへらりと笑った。その笑顔の真意は読めなかったけれど、彼は大丈夫と首を横に振る。


「君達はやっぱり優しいね」


彼のその言葉も、表情も、あたし達が見ている以上の何かが含まれているように見えて、行ってくるよと元気に購買へ走って行ったツルの後ろ姿を見て、思わず首を傾げた。「なんだ、あいつ」

それからあたし達はツルを待ちがてらやはり暇を持て余していたわけだが、あたしの視界の隅に入ったのは我がクラスの学級委員のさんで、彼女は困ったようにキョロキョロと周りを見回しているものだから、あたしは彼女にどうしたのかと声をかけた。彼女はあたしを見るなり一瞬ハッと息を呑んだように見えた。


「財布をなくしたみたいでね」
「は?」


ツルも同じ事を言っていたから、何の偶然だと机に伏せていた丸井と仁王も顔を上げる。丸井が「流行ってんの?」と真顔で言ったので、あたしは彼の足を蹴飛ばした。そうやってボケを飛ばす時ではないだろう。財布がなくなるって、結構大事だ。探してやろうかとツルにかけた言葉を彼女にも言えば、彼女はおずおずと知らないの?と口を開いた。知らない?何が。


「ここのところ毎日、財布の盗難事件が続いてるの」
「うっそ、マジか知らなかった。お前らは?」
「知らん」
「俺も」
「そう…」


先生には言ったのか、丸井が口を開く。もちろん彼女はそうしたと頷いたが、先生もあまり役には立たないらしい。そりゃあのビビり太郎だからな。しかしそれで済む問題ではない。


「んで、太郎は何て?」
「それが、」
「ん?」
「…気を悪くしないで欲しいんだけどね、」
「何?」
「犯人は、さん達だって、話が出てて」
「オイオイなんだって?」


ちょっと待って欲しい。あたし達は確かに常に金欠を決め込んでるけど、人様の金に手を出すほど落ちぶれてはいないのである。さん曰く、誰が言い出したかは知らないが、一部の人間の中では盗難事件の犯人があたし達だと囁かれているのだとか。あたし達が知らなかったように、大っぴらに広まっていないのは、多分、あたし達を知らない人が怖がって広めようとしないからだ。別にそんなことをするつもりはあたし達には微塵もないが、噂を広めたら報復でもされると思っているのだろう。


「私は、その噂、信じてないよ」
「あ、りがとう」
「だって、さん達優しいし、面白いし、はじめは怖いって思ってたけど、実際は全然違うもの」
「…」


だから彼女は先生に言ったそうだ。噂で犯人じゃない人達が犯人だと言われてるから、早く本物を見つけて欲しいと。そうしたら先生は首を振った。「いや違う。あいつらが犯人だ」と。


「先生は誤解してるんだよ」
「酷い誤解だな。本人達ムシで犯人扱いか」


不良だからこの扱い。わかっていた。不良という肩書きを持った時点で世間から貼られるラベルは決まる。虚しく思いながら目を伏せると、慌ただしく教室に駆け込んでくる足音と共に、ツルの声がした。どうやら購買から帰ってきたらしい。幸せそうなにやけ顔を浮かべながらあたしにペットボトルを手渡す。
パシリにしたのはあたしだが、馬鹿正直にパシリになんかなりやがってとあたしは口にしかけて、言葉を飲み込んだ。
そういやツルも財布をなくしていたという事実を思い出す。「あのさ、ツル」彼が顔を上げた。


「ツルはさ、あたし達が犯人だと思ってる?怖いからあたし達の言う事聞いてるの?」


突然あたしの口から零れた疑問は、あまりにストレートで、大事な部分が省かれていたけれど、何の話かすぐに理解したらしい彼は、やはりへらりと笑うと「まさかあ」と言った。


「言ったじゃないか、君達は優しいって。友達だしね」
「ツル、」
「それにしても君達が犯人だなんて一体誰が言ってるんだか。迷惑してしまうよ」


ツルは腕を組んで、むんと口を尖らせた。あたし達は、変だけど、いい奴を友達に持ったらしい。なんだかそんなツルを見てたら噂なんぞ勝手に言わせとけなんて思えなくなって、あたしは思わずがたりと立ち上がった。


「今から先生のとこに抗議しに行くわ」



抗議して、きちんと理解してもらえると思った。なんらかの形ですぐに決着はつくと思った。しかし、この事件がきっかけで、あたし達がこれからどうなるかなんて、その時のあたしには知る由もなかったのである。



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(131026_盗難事件の話)
状況説明的であんまり面白みがない。