22限目_ふとした時に甘えたくなるのが親友関東大会が終わった。 俺達立海大附属は相変わらず負けなしの王者に君臨しており、関東大会優勝を手にして全国二連覇という目標にまた一歩近づいた。だからと言って、浮かれてはいられないし、反省点がないわけではない。いつものように大会後、学校に戻ってきた俺達は反省会をするべく、グラウンドに集まったわけだが、そこには先客がいた。 一人がグラウンドのど真ん中で仰向けに寝転がっている。そしてそれを呆れ顔の周りが見下ろす。ここからでは声は聞こえないが、「早く起きろ」だのなんだの言われているに違いない。 「バスケ部だね」 幸村君が隣に並んで言った。確かに彼女達が着ているウェアはいかにもそうだし、のものと同じだ。それに皆が抱えている鞄にも「女バス」とデカデカ刺繍がされている。今日、が俺達と一緒に大会に来なかったのは、バスケ部の大会が重なっていたからであるので、恐らく彼女達も大会を終えてここに帰ってきたのだろう。つまりあの中にはもいるということか。彼女の姿をなんとはなしに探していると、真田がいつの間にか「そんなところで寝るなどたるんどる、チームメイトが迷惑しているだろう」なんて眉間に皺を寄せながらバスケ部の方へ歩みを進めているのが見えた。俺達は顔を見合わせて、それから真田に続く。ちなみに先輩達は先に部室へ行っていると、コートの方へ行ってしまった。 「む、ではないか。貴様、何をしている」 「ぐええ、やっぱり真田かよ」 寝転がっていたのはだったらしい。顔だけこちらに向けた彼女は、真田を見上げて渋い顔をした。それでも起き上がる様子はなかったが。どうやら相当疲れているらしい。心なしか、声に覇気がない。 そんな中、バスケ部の部長らしき人がぎこちなく笑った。「見苦しいところ見せてごめんなさいね」 「いえ、慣れてます」 「…おい幸村コノヤロー」 「コラ」 「…う、さーせん部長」 部長はの態度にため息を漏らしていた。こいつに物怖じせずに何かを言える人間はあまりいないから、珍しいと思った。そんな横で、はタオルを顔にかけながら「勝ったの?」と問う。俺は「当たり前だろい」と返し、彼女の口元は緩やかに弧を描いた。は、私もだ、と拳を空に突き上げる。 「お疲れさん」 「、足手まといにならなかったか?」 「馬鹿言え。あたしはポイントゲッターだぞ」 「うん、は一番頑張ってたよ」 「!」 まさか部長に褒められると思わなかったが、がばりと体を起こして部長を見上げていた。夕焼けが彼女の頬を照らして赤く染めている。あ、いや照れてるのか。いつもこうならかわいいのになあと仁王と頷きあっていると、不意に赤也がそうだと声を上げた。「反省会が終わったら俺達焼肉食いに行くんですけど一緒にどうスか?」 「おおおお焼肉!いいなあ、行きてー!部長、テニス部はどうでもいいからバスケ部で行きましょ、ほら、ね!」 「おいてめ、せっかく誘ってやったのに」 「お前らと言ったらあたしの食う肉なくなんだろうが。…ねー行きましょうよ部長ー!」 「馬鹿、今焼肉なんか食ったら吐くわ」 「えええ」 「行きたいならテニス部に混ざってきなよ。ほらもう解散にするから」 そう言って彼女は簡単な連絡を済ませると、解散の声をかけ、みるみるバスケ部は家に帰るべく散って行った。残された彼女はというと地面に腰を下ろしたまま、皆が行ってしまうのを見つめている。しばらくしてから悔しげな顔がこちらへ向いた。 「…いっ、一緒に行ってやらないこともないんだからな」 「ツンデレ狙いなら出直してこい、肉食うまでもなく吐くぞ」 「しねばいいのに」 Δ さて、焼肉屋での大会お疲れ様会はそれはそれは壮絶なものだった。そもそも俺や赤也がいる時点で、皆が穏便に肉を食べられるわけがなく、そこにも加わるとなれば誰の手にも負えない。俺達は誰の肉が多いだの少ないだのいちゃもんをつけてはジャッカルの皿から奪うという所業を繰り返し、ついには取っ組み合いにまで発展した。まあ、そこは幸村君がいたから、はひと睨みされただけで、すぐに黙り込んでいたけれど。ほんと、いつも思うがと幸村君の間に一体何があったのだろう。本人に聴いてもびびって教えてもらえないし。 俺は満足した腹をポンと叩きながら横で倒れているを見た。先程も言ったが、彼女は相当疲れているらしかったので食べるだけ食べてすぐに寝てしまったのだ。 腹をボリボリかきながらぐーすか眠りこける彼女の姿に赤也は苦笑をこぼしている。 「色気のねえ女」 「ですね」 俺の前に座っていた先輩は「男に生まれた方が良かったんじゃないか?」と言った。そうすればテニス部にも入れられたのになあと。それに赤也が妙に同意して頷いていた。まあは全てが男勝りであることは認める。でもよくよく考えると、俺はあまりこいつが女の子だからとか、男勝りだから男に見えるとか、そういう風に性別を意識したことはなかった。だから女の子に対する気遣いも多分出たことはないし、男に対する豪快な付き合いも、まあ、あまりしていないつもりだ。どちらかといえば、用の付き合い方をしていると言った方が近いかもしれない。 「…なんかよく分からなくなってきた」 「丸井先輩?」 「いや、こっちの話」 何故自分がこんなことを考え出したのか自分でも分からないが、とにかく、俺は彼女が男だったら良かったというのは冗談で口に出したとしても、感覚としては持ち合わせていなかった。こいつはこれでいいのだ。こうやって寝てしまうところも彼女らしさだ。 …て、なんか俺恥ずかしくねえか。ガッと俺がテーブルに額をぶつけたところで、部長が立ち上がった。どうやらもうお開きらしい。 「は誰かおぶって家まで送ってやれ。丸井か仁王が適任か」 「えええマジすか」 「お前ら仲良いだろうが」 「…しょうがねえや、仁王、じゃんけん」 「ぽん」 「しゃあああ勝った!」 出したチョキを上に掲げると、仁王はしばらく自分のパーを見つめて、それからの脇に腕を通して持ち上げた。それから俺の背中に押し付けてこようとするものだから、いやいやいやちょっと待て。おかしいだろい、お前負けたじゃん! 「普通勝った方がおぶるもんじゃ」 「意味わかんねえええ」 「ほら皆待っちょる」 「…のやろ、お前覚えてろよ」 「おーこわ」 にやにやと口元に弧を描く仁王は、を背負った俺を確認すると、自分の荷物と俺、のものを掴んで歩き出した。一応そういう手伝いはしてくれるらしい。 そうして俺達は焼肉屋の前で解散をした。本当ならも仁王も帰る方向が違うのだが、互いに「荷物」を持っているから仕方あるまい。 なんだかこうして三人で一緒に帰ることが新鮮に思えて、俺はちらりと寝息を立てるを伺った。 「重いか?」 「いや、普通。まあ人並みに重い」 「ほー」 「にしてもまさか寝ちまうとはな。どんだけ疲れてたんだよっつう」 「案外は頑張り屋さんじゃからなあ」 クツクツ笑う仁王が後ろのの頭に手を伸ばした。さらさらと梳かれる彼女の髪が首にあたってくすぐったい。 不意にの小さく呻く声が聞こえた。前に回されていた腕に力が入り、彼女はモゾモゾと身をよじる。どうやら起きたらしい。 「おはようさん」 「…んあ、」 「んあ、じゃねえよ」 「なにこれ、どういう、ながれ」 「お前が焼肉食うなり寝ちまうから、俺と仁王がお前を家に送ることを命じられたんだよ」 「ごくろう、おやすみ」 「待て待て待て降りろよ」 再び瞼を閉じようとしているをゆさゆさと揺らしてみたが、彼女はぎゅっと腕を首に巻きつけて「拒否」と首を振った。ああん?拒否じゃねえよ、てめえ。頭から落とすぞ。 仁王にの巻きついた腕を外すよう頼むと、彼は彼女の片手を引いた。しかし、仁王の手はあっけなくに捕まってしまう。 「何してんだお前」 「なんか手握られたんじゃけど」 「はあ?」 なんだか凄く奇妙な光景だった。俺がを負ぶって、そのは隣の仁王と手を繋いでいるときた。はたから見たら仲良いわねえなんて苦笑をこぼされそうだ。彼女は仁王の手を掴んでる方をぶらぶら揺らして小さく笑う。 「あんまねえじゃん、一緒に帰んのさ」 「まあそうだけど」 「甘やかしてもらってるみたいで気分いいわ」 「お前なあ…」 「それに、」 彼女はぎゅっと俺にしがみつき、仁王の手を引く。 「お前らのそばって、すっげ落ち着くんだよな」 そんな彼女の台詞に、一瞬きょとんと顔を見合わせた俺と仁王だったが、すぐに吹き出して笑いだした。 「そりゃどーも」 BACK | TOP | NEXT (131012_仲良し三人) 次回は仁王回。丸井はほとんど出てきません、多分。 |