20限目_友情というのは、時に呆気なく崩れ去るものである。



梅雨が迫りつつある、5月下旬のある日。そろそろクラスに馴染み始めたとか、いや、それどころか五月病にかかりましただとか、そんな例に当てはまるわけもなく、あたし達三人は中学の時から変わらぬマイペースというやつを保ち続けていた。


「なんかこうさあ、最近俺やる気出ねえんだよなあ」
「俺もじゃ」
「丸井はともかく仁王がやる気出してる瞬間なんて一度たりとも見たことねえよ」
「俺ぁ、いつでもやる気もりもりじゃー」
「は、もりもりとか余計嘘くさ」


前の机に伏せる丸井の腑抜けた声を皮切りに、完全に省エネモードに入っていたあたし達はもそもそと生産性のない会話を始める。昼休みのいろんな食べ物の混じった匂いと、生温い空気があたし達のゆるいペースと相まって、いよいよ堕落した空気を作り始めている。あたしだってやる気出ない。何も面白いことがないし。ああ、もしかしてこれが五月病なのだろうか。なんだよ、結局例にも漏れずじゃないか。首だけ動かして、昼休みに入ったというのに、隣で未だにノートと睨めっこをしているツルへ視線をやる。真面目だなあと思ったのもつかの間、彼はペンを放り出してこちらを見た。


「五月病の対処方っていうのはいろいろあるけど、その一つに環境が変わる前の友人に会うっていうのがあるよ」


話聞いてたんだ。眼鏡を押し上げて少し得意げに微笑むツルの横顔を見上げてあたしはぼんやりそんなことを思った。こういう顔をしている時は普通に美形の秀才に見えるのに。
ようやく体を起こして、頬杖をつき始めるあたし。こちらに振り返る丸井が「環境が変わる前の友人て誰だよ」と顎に手を当てる。中学生の時に遡るか、高2に上がる前、つまり去年仲良くした奴ということだ。


「馬鹿野郎あたし達じゃねえか」
「五月病なる要素が見当たらないぜよ」
「分かった。あたし達の場合これはマンネリ化って言うんだ」
「あー納得」


へら、と疲れたような笑みを浮かべた丸井は、今度はあたしの机にだらりと伏せた。確かにあたし達は一緒にいすぎな気もする。まあ、例えば周りの女の子同士の付き合い方を見ると、いまどきはこれぐらいが普通なのかもしれないが。最近は特に変わりばえのしない毎日を送っていたわけで、悪戯もスリルもレベルも上がらないから、飽きてしまった感が否めないのだ。


「中2で転校してきたあたしも大して変わんねえけど、お前ら二人は一年からだろ?部活も一緒じゃ飽きるだろ」
「確かにブン太の顔は見飽きたわ」
「うるせえ俺の台詞だ」
「俺はちょくちょく変装して顔面変えちょるし」
「結局テニス部に変装してんだろい。どっちにしろ飽きるだろうが」


うだうだと微妙な口論を始める二人に割って入るあたしは、まあまあと雑にその場を収めようとする。丸井も仁王も不服そうであったが、「よさないか」というツルの言葉で一旦は言い合いが収まる。まさにツルの一声。


「カップルにもあるだろう、倦怠期とやらが。君達もきっとそれだよ。試しに付き合う友達を変えてみたらどう?君は例えば僕とかがお勧めだけど」
「遠慮しとくよ」
「でもこのままじゃ喧嘩でも始める勢いじゃないか。君達の友情がいつ崩壊してもおかしくないよ」
「ホントじゃ。見飽きてこいつらの顔面がゲシュタルト崩壊し始めちょる」
崩壊ってそういう意味じゃねえよ


顔面がゲシュタルト崩壊なんて失礼な奴である。なんだかあたしまで腹が立ってきて、そんな横でツルはあたし達のやり取りに笑いながら呑気にお弁当を取り出していた。そう言えばあたし達はお昼を食べるのを忘れていた。丸井に関しては二限目あたりで早弁していたから、もうお弁当はないのだろうけど。購買に行っていないということは、金がないということか。ツルは、お腹が空いているからきっとイラついてるんだとありきたりな言葉を並べて自分の弁当に手をつけ始めた。ちらりとそれを覗くとご飯と目玉焼きしか入っていない。目玉焼きがそのまま入った弁当なんて初めて見た。弁当が隙間だらけだ。


お前、親に虐待でもされてんのか
「いや、これは僕が作ったんだよ」
「なんでも卒なくこなすように見えたんだけどな。丸井、何か言ってやれよ」


あたしが目の前の赤い頭を軽く叩くと、気だるげに顔上げた丸井の目がツルの方へ向けられる。立海料理コンテストで3年連続優勝している丸井に褒められるのかと勘違いしているのか、うきうきと効果音でもつきそうな笑顔で、彼は弁当をこちらへ見せた。僅かに丸井の眉間に皺が寄せられる。


「何お前、目玉焼きにソースかけてんのかよ、ないわー」
「え、別に良くね?なあツル」
君もソース派かい?光栄だね」
「はあ?味覚大丈夫かよ」
「丸井なんでも食べる癖に何今になってこだわり出してんの?設定気にしろよ」
「目玉焼きには醤油って決まってんだよ」
「ハッしょーゆ!」
のその顔超絶うぜえ


普段であれば、こんな下らない話、お互いマイ醤油だのマイソースだのどこからか取り出して試しに食ってみろとワイワイやっているのかもしれない。しかしマンネリ化という事実があたし達の友情に若干亀裂を生み出していた。先程から微かに溜まりつつある苛立ちが、あたし達の口論にじわじわと油を注いでいたのである。
丸井は互いに言い合いが平行線であることに痺れを切らしてシカトを決め込む仁王の背中を勢いに任せて叩いた。至極鬱陶しそうにこちらへ向き直る仁王の表情はかなり怖い。


「うるっさいわお前ら。ふざけんな」
「お前はどうなんだよ」
「はあ?マヨネーズ一択に決まっちょる」
「決まってねえよ!」
「つうか卵に卵かけるとかあり得ないんですけど。何がしたいの?馬鹿なの?」
「喧嘩売っとんのか」
「買えるなら買ってみろよ。あたしに勝てると思ってんのかコラ」


バキバキと指を鳴らしていると仁王は余裕な顔で頭をとんとんと叩いた。「喧嘩は腕っ節だけじゃないぜよ」まるでそう言うようだった。「勝敗は見えちょる頭の出来が違うからのう」ムカつく!


「お前らたまには譲歩しろよ!」
「たまには?なんだよまるでが毎回譲ってるみたいな言い方」
「実際そうだろうが。仁王のジャンプの時に一回譲った!」
「一回!たかが一回でガタガタ言いやがって。悪いが醤油は譲らねえぞ。ソースもマヨネーズも邪道だな」
「お前馬鹿か、元々目玉焼きは外国発祥だ!そこに日本の調味料を加えるとか、それこそ邪道だろうが!」


なんだかどんどんわけが分からなくなってきた。ガタリと互いに立ち上がって睨み合いが始まる。周りの皆はあたし達の間に流れる険悪なムードに、ざわざわと騒がしさが増す。ツルはと言えば、カメラを構えてあたしを連写しているものだから、あああうぜえ!!
取っ組み合いでも始まりそうな空気に、周りの皆はやめなよと不安げな声を上げる。そりゃそうだ。普段あんなに仲良しで、喧嘩も悪戯も一級品のあたし達が仲間割れをしているとなれば、そんな声もあげたくなる。


「俺を怒らせたこと、後悔するぜ」
「こっちの台詞じゃ」
「言ってろ」


あたし達はギン、と睨みを強くすると勢いよく顔を背け、互いに背中を向けて歩き出した。しかしそんなあたしの顔はきっと笑っていただろう。もしかしたらあの二人もそうかもしれない。あたし達が悪巧みを思いつく時はいつもそうだった。


「ぜってえ吠え面かかせてやる」


その時あたしは、ふと、以前もこうして大喧嘩したことを思い出した。どんな理由か忘れたけれど、喧嘩がヒートアップし過ぎて校長の銅像の首を折って、三人とも停学を食らったのだ。
もう停学は勘弁である。悪戯をする割に、あたし達が一番恐れているのはいつだって停学になることだった。だって丸井や仁王に会えなくなってしまうから。それに停学になると部活にも支障が出る。大会が近いからそれはまずいだろう。
しかし今回は自分では手を下さず威力抜群の考えが、私にはあるのだ。


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(131001_あーあの二人があたしにひれ伏した時のことを想像すると、わくわくするね)
マネジがひと段落したので今度はこちらに力を入れていきます。わっしょい!