19限目_休み明けは皆何だかそわそわしているものだけど、そんな空気にいつまでも流されちゃいけないよあーやっべ、ホームルームに遅れる。脳裏に過ったその事態に、正直諦め半分な気持ちであたしは教室に滑り込む。飛び込んだ先は、想像よりはるかに騒がしく、担任がいることもなかった。時刻を確認すると、ギリギリホームルーム開始の時間を過ぎている。運が良かったのか、と疲れた身体を投げ出すように自分の席にどかりと腰をおろした。隣からおはよう「ハニー」とツルの声。おはよう馬鹿。丸井と仁王もあたしが来たことに気づいて、「遅かったな」とこちらへ近づいて来た。 「にしてはこんな遅いのは珍しいのう。部活なかったん?」 「いや、あったよ」 あたしが遅かったのは決して寝坊とかではないんだ。朝練の後も、残って練習していただけ。まあそのおかげで、いつの間にかこんな時間になっていたのだけれど。 「お前なあー…ゴールデンウイーク明けたばっかなのに、そんな全力で行くと体壊すぞ」 「平気だっつうの」 机にだらしなく伏せるあたしに、あきれ顔の丸井であるが、あたしはこいつが、…こいつらがテニスのことになると、きっとあたしと同じくらい熱くなることを知っている。ああ、それより、担任遅くね? 「なんか朝の職員会議が長引いてるみたいでまだしばらくは来ないんじゃないかな」 ツルが時計を一瞥してから、そう言った。ふうん。それから彼は何かを思い出したように自分の鞄を漁り出す。何と無く旅行のお土産かな、とそんな気がした。周りの女の子達はさっきからそういうものの交換をしている。楽しそうで何より。 「前置きになるけど、僕、韓国に行ってきたんだけどね、それはもう楽しかったよ。食べ物も良かったね、そこに君がいれば更に楽しかっただろう。いや、それは語弊になるね。君が居てくれればそれが火の中だろうと、」 「前置き長えよ」 丸井が仁王の手にしていたテニス雑誌を取り上げてツルの頭に振り下ろす。「痛いじゃないか!もっと叩いてくれ!」こいつ、Mは誰にでもありってか。丸井はかなり引き気味に雑誌をあたしに寄越す。えええ超困る。 「仁王、パス」 「トス」 「てんめえええどうでも良いとこで普段見せねえ連携プレー見せてんじゃねえよ!アタックってか?あたしがこいつにアタックしにいけってか!?」 「待ってるよ、君」 「待つな!」 期待の眼差しを向けられ、あたしは慌てて雑誌を放りだした。ツルは残念そうに口を尖らせていたが、しばらくすると諦めたのか、鞄の中から改めて何かを取り出した。手渡されたものは、キーホルダーだ。硝子で作った唐辛子がたくさんぶら下がっている。どこかで見たことがあるな。 「中国や韓国では、唐辛子は魔除けになるからね。これはお守りなんだよ」 「…ああ、ありが、…とう」 「俺達には?」 「君達にはこっちの唐辛子を」 「わーい、本物だーしねばいいのに」 もはやキャラが変わりつつある丸井を苦笑しながら、あたしは手の中のそれをそっと握りしめた。うん、ちょっと嬉しいかも。それを鞄につけてやると、赤い硝子がきらきらと光ったような気がした。 あたしの横では未だに丸井と仁王が貰った唐辛子を持て余していた。仁王ならすぐにイタズラへの使い道を思いつくだろうけど。「どうしろってんだこれ」「玄関にでも吊るしたまえよ。ドラキュラでも捕まるんじゃないか?」「仁王ちょっと俺のラケット持ってきて」おざなり過ぎるツル対応についに丸井がキレたので、あたしは助け舟を出してやった。 「それより、あたし達実家に帰っただけだからお土産ないんだ。ごめんな」 「何?あたし、達?丸井君と仁王君もかい?」 「ああ」 「僕というものがありながら、結婚の挨拶なんて聞いてないぞ!」 「うん、それはあたしも初耳だわー」 彼は羨ましい羨ましいといじけ出したのでうざい事山のごとし。どうするか顔を見合わせていると、仁王がおもむろにポケットから何かの写真を取り出して、ツルへ見せた。 「500円でどうじゃ」 「買ったアアアア!」 「ちょっと待って!?」 それはあたしの寝顔でした。 ボールの跳ねる音だけが耳に残る。赤いリングへボールを放ると、それは吸い込まれるように輪を通過し、再び地面に落ちた。 大会が近い。 汗を乱暴に拭って息をつく。放課後の部活はとうに終わり、一人の体育館は自由に走り回れる。体力も限界にきていたあたしはその場に座り込んだ。そろそろ丸井達がここに迎えに来る時間だろうか。 「頑張ってますね」 一人だと思っていたのに、そんな声が聞こえてあたしは顔を上げた。体育館の入口には赤也が立っていた。制服ということは、テニス部はもう終わったということだな。 あたしは、今の時間まで部活をやっているテニス部には敵わないよと笑った。 「ところで、いつから見てたの」 「割と前からッスよ」 「あ、そ」 「よくやるッスね」 「うまくなりたいなら他人より努力しねえとじゃん」 「…へええ」 あたしの言葉に、赤也は物珍しげな顔をしたので「なんだよ」と首を傾げた。「思いの外熱い人ですね」 「そうか?」 「もっとめんどくさがりかと」 頭の後ろに手を回してこちらに近づいて来る赤也は、挑発的な瞳をあたしに向ける。転がっているボールを拾い上げると、彼は言った。 「俺もバスケ得意なんですよねー。ね、先輩俺からボールとって見てよ」 「オイオイ誰に言ってんだ」 あたしが動き出した瞬間、赤也は素早くドリブルで逃げ始める。流石テニス部だけあって、動きは良い。これならバスケ部で普通にレギュラーを貰える。彼はどこで覚えたのか、くるくるとあたしを交わして行った。しかしこれで降参するあたしじゃない。これでもレギュラーに選ばれたのだから。フェイントをかけてすかさず手を伸ばすと、彼の手からボールがこぼれて、あたしはそれを捕まえた。 「ひゅーやるー」 彼は何故か嬉しそうに口元を緩めていた。何がしたかったのかと、赤也の意図が掴めずにあたしはボールを弄ぶ。 「俺、アンタのとこ気に入ったッスよ」 「…そりゃどーも」 「あ、じゃあ丸井先輩と仁王先輩にバレると怖いんで、俺帰りますね。二人とももう来ると思いますよ」 言いたいことだけ言って、赤也は嵐のように去って行った。昔から思っていたが、落ち着きのない子である。一体なんだったんだと、首を傾げていると、あたしは不意に背後に気配を感じて、振り返った。 そこにはいつものようにカメラを構えて、何故か悔しげに号泣しているツルの姿があった。 「どうしたお前」 BACK | TOP | NEXT (1309016_ライバルが増えたと思ったツル。しかし赤也は決してそんな気はない) 文章がいつもより雑に見えるのは多分気のせいじゃないです。何だか今回はいつも以上にうまく書けなかった… |