16限目_三人そろえば怖いものなんてないんだから



「お前さんが泣いてるとこ初めて見たわ」


先程母親が持ってきたお茶をゆるく揺らして仁王が言った。八雲達が去った後、あたし達は三人で縁側に腰をかけ、沈んで行く夕日をぼんやり眺めていた。気まずさとか、そういった空気はちっとも流れてはいなかった。ただ誰も喋らなかった、それだけの沈黙だった。そんな中仁王が冒頭のそれを口にして、あたしは当たり前だろと力なく答える。


「そんだけあいつらが大切って事じゃろ」
「俺らのためには泣かねえ癖に」
「…今までお前らといて泣かなくちゃいけない事なんてあったかよ」


丸井は変なところで機嫌を悪くしたので、何故そこで拗ねるのかとついつい呆れてため息を漏らした。そう、三人で過ごして来た日々は、ここでの生活とは似ているようで、全く違っていた。二人に出会ってから、あたしは喧嘩の拳をきっと一度も奮っていない。だから、誰かを傷つける事も、自分達が傷つく事もなかった。
あたしは涙をなかった事にする様に、既に乾いた頬を袖で何度もこすると、忘れてくれと一言呟いた。


「二人は弱くてずるいあたしは知らなくて良い。…昔のあたしなんて、」
「おーおー俺らも見損なわれたもんじゃな」
「は?」
「昔に何があったかなんて俺らはどーだって良い」


ぐいっと、丸井はあたしの頭を掴んで自分の方を向かせた。いやに真剣な丸井の目が、あたしを捉えて離さなかった。


「俺達は今のお前が好きなんだよ」


たとえ昔に何してようが、そんなの知らねえし、それで嫌いになんてなるかと、しれっとした顔で言い放った。カランとグラスの中の氷が音を立てて、あたしはそれを見つめながら弱々しく笑った。「お人好し」嬉しいはずなのに、そんな二人を小馬鹿にするような言葉が口から零れた。


「お人好しで結構。お前さんもお人好しじゃからな」
「世間ではこれを類友という」
「馬鹿げてるよ」
「どこが?は俺達の過去になんかあったからって嫌いになんのか?」
「…さあ、どうだろうね」
「嫌いにならんよ。お前さんは」
「俺らはそういう良い奴を友達にしたつもり。は、何があったらきっと俺らを全力で助けにくる」


だろい?ぐしゃりと丸井が頭を撫でる。その手が、乱暴なくせにどこか優しくて、目の前がじわりと滲んだ気がした。おかしいな、また泣きそうだ。


「お、泣きそうか?」
「っ馬鹿にすんな!」


あたしの顔を覗き込んだ丸井と仁王を押しのけて、逃げるように立ち上がる。こいつらは分かってない。あたしが良い奴?そんなはずない。あたしは実際ここから逃げて来た。八雲達を助けずに。


「だから、昔の事なんて俺らは気にしねえし、それにな、」
は今こうしてここに戻ってきとる。あいつらを助けに来たんじゃないのか」
「あたしはここに、過去を捨てに来たんだ。なかった事にする。それで、立海に帰る」
「泣いたくせに」
「うるさい!」


しん、とその場が静かになった。荒々しく怒鳴ったあたしは、二人に背を向けて隣の部屋へ移ると、脅すように勢いよく襖を締める。すぐにあたしは膝を抱えてその場にしゃがみこんだ。こんな風に喧嘩したかったわけじゃない。「ごめん」微かに呟くと、すぐ後ろでうん、と二人の声が聞こえた。どうやら、縁側から移動して来たらしい。


「なあ、。逃げるのが一番簡単で楽なんだよ。ホントはさ、俺はに逃げて良いぞって、過去を捨てたって俺らがいるって、言ってやりたい」
「…」
「でも、それじゃお前、後悔するぞ。は自分が得する人間だけを選んで生きていけるような、そんな器用な人間じゃないだろい」
「まあ、俺もブン太も、お前さんのそういうとこが好きなんじゃけどな」


二人の笑い声が聞こえて、あたしは服の裾を掴む手に力を込めた。不器用なのはあたしだけじゃないでしょ。丸井も、仁王だって、こんな面倒なの相手にしないで、二人でいればもっと楽だろうに。どうして、こんなに。


「ぐちぐち言ってるけどよ、どうせ昔も今も、きっと仲間のためなら自分の事なんてそっちのけで突っ込んでたんだろ。じゃなかったら、今そんなに責任なんて感じてるわけねえもん」
「あたし、前みたいに強くないから、全部怖いんだ」
「うん」
「自分が傷つくのも、誰かが傷つくのも怖い」
「なあ、知ってる?」
「…なに」
「臆病なのは、優しい証拠なんだぜ?」
「そんで臆病者が弱い人間か、って言われたら、そうとも言えん」


強いにも色々形があるのだと、そい言えば以前、誰かが言っていた気がする。闘える事が、拳を奮って誰かを負かす事だけが強さではないと。


「ちゅうか、は色々抱え込み過ぎなんじゃ」
「…そんな事ないと思うけど」
「気づいてないだけぜよ。自分が辛くなるなんて考えずに突っ込んでくから。お前さんみたいな奴を馬鹿っちゅうんじゃ」
「だーから、俺ら考えたわけ。が自分を大切にしない分、俺と仁王で守ってやろうってさ」
「…二人とも弱そうだし。そんなの、いらない」
「言ったな」


後ろ向け、あたしの言葉にムッとしたらしい丸井が、そう言った。後ろと言っても、襖があるだけなのだが。首を傾げて目の前のそれをじっと見つめていると急にあたし達を隔てていたそれがスッと空いて、かと思えばあたしは額を思い切り叩かれた。「い、いきなり何だよ!」あたしはその勢いに後ろにのけぞる。


「今俺と仁王の念を送ったから」
「…はあ?」
「俺らがいるかぎるお前が傷つく事はナッシング!」
「侮ってもらっちゃ困るぜよ」


隣の部屋からこちらへ移って来た二人は、両側からあたしの肩をがっしり組んで、笑った。ふらついたあたしを離さないようにしっかりと。


「それに、三人なら怖いもんなし、だろい?」


両脇から伸ばされている二人の手を掴むと、こうしてうじうじ悩んでいる自分が情けなく思えて来てしまった。そうだ。こいつらがいれば何も怖い事はない。けじめをつけに行こう。キチンと、あいつらにあたしの気持ちを伝えて、守りたいものを守りに行こう。

ああ、本当にこいつらに会えて良かったわ。


「あ、また泣いとる」
「ったくしょうがねえなあ、両腕にイケメン捕まえてんだから笑っとけ馬鹿」





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(130826_騒がしくて温かい大切なあたしの友達)