14限目_時にはすれ違うことだってあるんだよ、でも、



ゴールデンウイークはあっという間にやってきた。

思いの外、少なくすんだ鞄を片手にあたしはホッと息を吐く。洗面用具や洋服なんかは実家にも少し置いてあるから、そんなに持っていく必要がないから都合が良い。帰省の準備がある程度整ってから、あたしは時計を確認すると、家を出るまでもう少し時間があったので、簡単に戸締りを確認してから、ふらりと和室の方へ足を運んだ。そうしてあたしは、そこにかけてあった中学生の頃の制服に手を伸ばす。
いつまでも過去を引きずっているつもりはない。そんなのは私らしくもない。しかしこれを持ち帰るということは、過去を切り捨てるということは、あいつらを見捨てるということだ。治っているはずの腹にある傷が痛んだ気がして、あたしはそっとそれに触れた。


「所詮テメエもただの女だったって、ことだな。さんよ」



脳裏に響くあの、声。


「…っ」


苦々しい思い出から逃げるように、あたしは制服を乱暴に掴むと袋の中に押し込む。戒めとして、いつまでも背負わねばならないものとして、抱えたままにしていたのに、結局怖くて放り出すのである。


「…最低だな、あたしは」


自嘲気味に笑ってから、あたしはもう行こうと、ふらつきながら玄関を開く。そうして開けていた先に、予想していなかった人間がそこにはいた。あたしはしばらく目を瞬かせて、後に気の抜けた声でおはようとだけ呟く。


「おう」
「おはようさん」
「…えと、丸井と仁王、お前ら何でいるの?」
「何でって、お前の帰省について行くからに決まってんだろい」
「はあ!?聞いてないよ!」
「当たり前だろ?言ってねえもん」
「安心しんさい、の実家には電話して許可とった」


オイオイオイ意味わかんねえよ。つうか何で番号知ってんだよわけわかんねえよ。いや恐らく仁王達があたしの家に来た時に、後のためにとかで何かしたんだろうけど。荷物もしっかり持って、行く気満々の二人にあたしはたじろぐ。今までもとんでもない奴らだと理解はしていたけれど、まさか、ここまでだったなんて。


「何だよ、ドラクエみたいに旅は多い方が良いだろ!」
「ふざけた事抜かすとメラゾーマ唱えんぞ」


燃えてしまえこんな奴ら。とまあ、ある程度二人を罵倒してから、あたしはとうとう二人を追い返す事を諦めた。どうやら丸井に至ってはお小遣いを下ろしてまできたらしいので彼らの意思は固いらしい。渋々時間がないから行こうと促すと、二人はにやりと笑ってからあたしに続いたのだった。






「なんか、ゴールデンウイークなのに全然人いねえな」


何を入れてきたのか、かなり重そうな鞄を乱暴にホームに置いた丸井は、辺りを見回した。確かにぽつりぽつりと人はいても、ゴールデンウイークを彷彿とさせる様子は感じられない。恐らくこちらへ向かう人があまりいないというのと、車を使う人が多いというのが理由だろう。正直電車で行くには乗り継ぎが面倒であるし、交通費も安くないのである。ホームに滑り込んだ電車も案の定がらんとしていた。まあ混んでいるよりは良い。


「で、さあ、」
「ん?何だよ」
「引き返すなら今だよ」
「何で引き返すんだよ」
「交通費は安くないわけだし、帰っても面白いもんないぞ」
「じゃから俺らがこんなに大荷物なんじゃろ」
やはりそれは遊び道具か


しかしあたしがそうかと二人へ冷ややかな視線を送る暇もなく、丸井は乗った乗ったとあたし達を電車の中へ押し込んだ。そうして前につんのめったまま、電車へ足を踏み入れると、ふいに頭に丸井の手が乗せられた。


、一人にすると心配だからな」


ハッとして、あたしが顔を上げた時には彼はその車両に誰もいないのを良い事に突然奥まで走り出していて、丸井の顔は見れなかったけれど、あたしははしゃぐ彼の姿を見つめながら、妙に汗ばんだ手をぎりりと握りしめていた。
丸井は何か、知っているのだろうか。


「おいブン太、あんま騒ぐんじゃないぜよ」


固まっているあたしの傍で仁王が困った様に丸井へ声を掛ける。しかし彼が大人しく帰って来るわけもなく、無駄だと察した仁王は、あたしを近くの椅子へ促した。


「そういや、電車でどっか出掛けんの初めてやったかのう」
「…ああ、そうだね」


仁王がごつりと後ろの壁に頭をつけてぼんやり外を眺める。釣られて、あたしもそちらへ向いた。普段あまり見ない景色に、不思議な気持ちになる。あたし達はしばらく電車に揺られていた。
あのな、仁王が唐突に切り出した。


「何か、あったんか」
「仁王にしては直球だな」


本当に、彼にしては直球で、とても不器用な聞き方だった。彼はそれから、言いたくないなら良いと付け加える。聞かなくても仁王ならなんとなく予想はついているだろうに。わざとらしく肩を竦めて見せたが、そんなゆとりのある反応の裏は思いの外余裕などなかった。あたしの落ち着きのない手が、鞄の紐を弄んでいた。ゆっくりと目を伏せる。


「あのね、悪く思わないで欲しい。…実はあたしは、あんた達に出会ったこと、後悔してるんだ」
「…」
「…三年前、置いてきちゃ行けないものを、『あっち』に置いてきた」


一人で抱えるつもりだった。一生後悔して生きるつもりだった。でも、あんた達に出会って、逃げ道を作ってしまったんだ。楽になれる逃げ道を。置いてきたものを裏切ったあたしは、今更それを取りには戻れない。もしかしたらまだ間に合うのかもしれないけど、だけどね。


「あたしはあんた達とさよならする勇気もないの」
「…、」
「片方を選べないんだ。あたしを受け入れてくれる方を選ぶなんてどこまでもずるい人間だよ、あたしは。かっこ悪い。だけど、だけどね、あたしはずるいから、一番かっこ悪いところは、二人は

知らないでいて」


きっとあたしが嫌いになっちゃうから。だから二人には話せない。ふっと息を吐く様に、あたしはやるせなく笑う。すると仁王の手が頭に伸びて、その優しさは先程丸井があたしにしたそれに、少しだけ似ていた。
ぐしゃり、髪を乱されてそのまま仁王の手の力で自然と頭が下がる。自らの足元に移った視線は、逆に安心できた。今仁王の顔を見る事は、できない。


「あほ」


仁王の声はどこかあたしを諭すような厳しさも孕んでいて、決して優しいだけの声色ではない。


「それ、俺にはわざと自分をずるい人間にしようとしとるように聞こえる」
「…」
「…あんな、


今日んとこ行こう言うたの、ブン太なんよ。
そうして紡ぎ始めた仁王の言葉に黙って耳を傾ける。ついに隣の車両まで行ってしまった丸井は一向に戻ってくる気配がない。もしかしたら、わざとなのかもしれないと、あたし達に気を遣ったのかもしれないと、頭の片隅で思考を巡らせていた。


「そん時ブン太が、なんて言ったと思う」
「…わかんない」
が何か悩んどるみたいじゃから、お前が嫌がらなかったら、悩みを聞いてやって欲しいって言ったん。もちろんお前さんが悩んどるんは俺も気づいとった。でも無闇に介入する気はなかった」


仁王は丸井にお前が聞いてやれば良いと、言ったらしい。丸井は本当ならそうしたいと答えたそうだ。しかしそうはしなかった。


「『俺じゃきっと、うまく話を聞いてやれなくて、自分勝手な事を言ってを傷付ける。喧嘩しちまう気がするから』ってな」
「…馬鹿だな、あいつ」
「お前さんもな。…お前さんらは同じくらい馬鹿で良い奴じゃ」


ただ、ブン太は鋭い癖に、不器用だからと彼は苦笑した。仁王は丸井の気持ちがよくわかったから、彼のお願いを引き受けたそうだ。


「じゃから、俺やブン太が信じてるをワザとそうやって追い込んで、ずるい人間にしたら許さん」
「…そう、」


あたしがそうして顔を上げた時、アナウンスで丁度乗り換える駅の名前が呼ばれた。あたしは仁王の手を退かして鞄を持ち上げる。二人の気持ちはよく分かった。正直信頼してくれて嬉しいよ。だけど、それなら尚更だ。あの事は、知られたくない。


「ああ、やっぱり二人を連れてきたのは失敗だったな」
、」
「ごめんな、あたしは向き合うのが怖いんだ」



だからやっぱり逃げるよ。


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(130809_人の心なんて見た目じゃわからないね)