12限目_馬鹿とほんの少しの青春が存在してこそ、明るいスクールライフ次の授業が体育ということもあり、女の子達は教室で着替えをする男子を残し、更衣室へと移動を始める。しかしあたしはその波に乗ることはなかった。急ぐ先は女の子の向かうそこではなかった。あたしはそそくさと逃げるようにトイレの個室へ身を滑り込ませたのだった。 あたしは女子のテンションというのがどうも苦手である。いや、苦手と表現するのは少し語弊がある気がするが。 体育に限らず何かしらで着替えが必要になる時、女の子達は決まって人の着替えをジロジロと覗き、下着がなんだ、胸のサイズがどうだと騒ぎ出す。他所で勝手に騒ぐ分にはどうでも良いが、最近はこちらにもその矛先が向けられるようになった。あたしはそれが恥ずかしくて仕方がなかったのだ。 素早く着替えを済ませたあたしは、廊下の壁に背中をつけて小さく息を吐いていると、教室から現れた丸井達が、あたしを見るなり「おぉ、早いな」と声を漏らした。 「つうかお前、更衣室に制服置いて来なかったのかよ」 「あ、あー…更衣室は、ね、ちょっと」 「はあ?」 首を傾げた丸井に、あたしは曖昧に笑い返す。その時だった。後ろから誰かが抱きついてきたかと思えば、それはクラスの女の子で。彼女はぷくりと頬を膨らますと「さんまたトイレで着替えてたの?」と不機嫌そうな色を浮かべる。途端に身体から汗が吹き出した。 「あの、えっと、だな」 「今日こそさんの着替えが見れるかと思ってたのにっ」 「き、着替えは見るもんじゃないだろっ」 「もーさんガード固いんだからー…。でも、まあいいや、先に体育館行ってるね!」 ぱたぱたとツインテールを揺らしてかけていく彼女を最後まで見送ることはせず、あたしは息をついて額の汗を拭った。一部始終を見ていた仁王がほーう?と顎に手を当てて意味深な声を出す。「は女子が苦手なんか」 「…いや苦手とかそういうんじゃ無いんだけどな」 「ムラムラすると」 「しねえよテメエアホか」 あまりに神妙な顔で丸井が口を挟んだので制服で奴の頭をはたいた。違うんだよ。そんな話じゃなくてあたしはただな、今まで自分の周りにいた女の子っていうのが不良かギャルか、それかあたしにビビる女の子だけだったわけだよ。こんなふうにいかにも女の子みたいなスキンシップを取る女の子なんて他にはいなかったから。それなのに最近になって、クラスの女の子達や、バスケ部で私を怖がって遠巻きに見ていた奴らまでもが話しかけるようになってきて。いや、嬉しい、嬉しいんだが・・・。 「あ、あまりに今までと違いすぎて、頭がついていかなくてね」 「そりゃ今までが異常だったからな」 「あたし、もしかしたら女じゃないんじゃないかと…だって同じ性別とは思えない…」 「今更過ぎて笑えるんじゃけど。お前さんの勇ましさはゴリラと良い勝負ぜよ」 「おーし、仁王。撲殺か絞殺か、好きな方を選んでいいぞー」 「じゃーからそう言うところが、おっと」 振り下ろした拳を仁王が難無くかわして、あたしから距離をとるとニヤリと口元に弧を描く。それがまたあたしの怒りのパラメータを上げる上げる。そんな事を知ってか知らずか、いや知っててワザとなのだろうが、彼は逃げるように廊下をかけていった。ちくしょう。あとで覚えてやがれ。 ちなみにそれを眺めていた丸井はふざけてねえでさっさと制服置けよと既に誰もいなくなってしまった教室を指して静かに諭したのだった。 制服を投げるように自分の机に置くと、丸井が小さく欠伸をする。そういや今日はバスケだっけ?間延びした声が横から聞こえた。あたしの背中の半分くらいまで伸びた髪が揺れる。バスケをやるなら暑いし髪が邪魔になるだろうが、髪ゴムを持っていないから、今日は我慢するしかないだろう。髪を弄りながら教室を出ようと歩き出すと、あたしは突然髪を引かれて後ろにのけぞった。 「な、なんだよ」 「髪、暑くねえの?」 「…は?…あ、いや、まあ暑いけど」 「結ばないわけ?」 「ゴムないし、あたし、髪結べないし」 「俺やってやるよ」 「…は?」 彼は自分の鞄をごそごそと漁だしたかと思えば、中から可愛らしいハートの飾りがついた髪ゴムを取り出した。それから近くの椅子を乱暴に引きずってあたしをそこに座らせる。いやいやいや、ちょっと待ってください。 「なんでお前そんな可愛い髪留め持ってんだよ!」 「女子から借りて」 「返してこい!そんなもん使えるか!後が怖いわ」 「んー・・・まあへいきっしょー!」 「かっるううう」 「おい、いい加減暴れんなよ結べねえだろい」 「待て待て待て、つうかそれで結ぶのか!?このあたしが!?女の子じゃあるまいし!!」 「女だろお前」 「女の子っていうのはもっとこう、甘くていい匂いがしただな、それからふわふわで柔らかいんだよ!」 「ついに自分で言っちゃったよ。つうかそれお前かなり変態臭いぞ」 いいからちょっと黙って座っとけって。そう言って髪を再びグイグイ引っ張られたので、仕方なく口を閉じて前に向き直ることにした。丸井がさらさらと髪を梳いて、なぜか少しだけ緊張で体がこわばる。ていうかあっさり任せてしまったけれど、男兄弟しかいないこいつが女の子の髪なんて結わうことができるのだろうか。 そんなことを考えていると、髪をすくう丸井の手が首元をかすめてびくりと体を震わせる。「って耳だけじゃなくて首もダメなわけ?」後ろから茶化す声が聞こえる。あたしは丸井達が家に泊まりに来た日のことを思い出して、咄嗟に「うっせ馬鹿」と口を尖らせた。 「つうかさ、」 「ん?」 きゅ、と髪がひとつにまとめられた。どうやら結べたらしい。もう動いていいだろうと思って、なんだよと立ち上がって振り返ろうとすると、丸井の手が結えられた髪から離れるなり首元に彼の鼻があてられた。 「ちょっ!?一体な、」 「・・・お前もいい匂い、するっつうの」 「…!ばばば、ばかっ、お前、何をっ」 あたしはカッと熱くなった顔を腕で隠しながら振り返る。すぐさまあたしから離れた丸井は、踵を返して「なんてな。先に行ってんぞー」といつもの口調で言って教室から出ていった。しかしそんな丸井の耳が赤かったのを、あたしは確かに見たのである。 「・・・自分で言って、照れんなよ」 なぜだか知らないけれど、心臓がすごくうるさい。 こっちのが恥ずかしいわ・・・あほ。 BACK | TOP | NEXT (130804_不器用なふたり) こちらもお久しぶりです。明スクが人気のようで嬉しいです。次回はツルも出ます多分。それから今回も一発書きなのでご容赦ください。 |