11限目_時には初心に帰ることも必要、かもね。



「あんた達はこっちの和室で寝て」
は?」
「あたしはあっちで寝る」


すっかり休日気分で馬鹿騒ぎしていたあたし達であったが、そう言えば明日も学校だという事を思い出したのは深夜一時過ぎの事。明日、というより既に今日になってしまったが、取り敢えず明日は、あたしもこの馬鹿二人も朝練があるため、あまり夜更かしはできないのである。
寝床に関しては、一応客人である二人を隣の和室に寝かせて仕方が無いからあたしが隣のリビングのソファにでも寝ようと思っていた。


「あ、そっちで寝んの?」


あたしが普段寝室として使っている和室の押入れから掛け布団をソファへ移動させていると、布団の上で寝転んでいた丸井が身体を起こした。まさかそんな言葉がかけられるとは思わず、手をひらひらさせて、あたしは苦笑交じりに「万が一にでも間違いが起こるかもしれないだろ」と言う。


「間違い?」
「朝起きたら俺が全部の窓を叩き割っとるとか?」
あーその間違いは本当に勘弁してほしいわあー
「じゃあ耐えるわ。任せんしゃい」
オイイイ!自分を規制しなきゃいけないくらいやりそうなの!?安心してこの部屋任せらんねえよ!


あたしのツッコミに仁王と丸井は冗談冗談とゲラゲラ笑い始めたので、まあ分かっていたけどもとあたしは持っていた布団を適当にソファへ放り投げる。しかしそうやってふざけている時に限って、何かをガチでやらかしそうだから怖いのだ。まあ大人しく寝てくれと戸を閉めようとあたしは二人に背を向けようとすると、不意に丸井が、なあと声をかけた。そんな丸井に、いつまで話すつもりだとあたしは呆れながら言葉を紡ごうとした。


「あのなあ…、あたしら明日朝練だぞ。いい加減、」
「あれ、前いた学校の制服だろい」
「…は、」


胡座をかいたまま、丸井がハンガーに掛けられた制服を指した。まさかその話題が上るとは思わず、あたしはひゅっと息を吸い込んでから、…ああ、うん…と歯切れ悪く頷く。丸井と仁王はそんなあたしに一瞥をくれる。それは立海に転校してくる前に通っていた中学の制服だった。仁王が何で持っているのかと問うてくる。立海の制服があるのに、何故実家ではなくここにあるのかと。


「なーんでだろうねえ…」


こいつが捨てられないのも、向こうに置いていくことさえできないのも、きっと、すべてあたしがいけないからなんだ。思い出したく無い事が思い起こされそうになって、あたしは咄嗟に制服から視線を外した。「…間違えていれた、のかな」それから話を濁す。丸井はしばらく何も言わなかったが、「スカート長えなあ、スケバンじゃん」などと急にトンチンカンな事を間延びした声で言って、何事もなかったかの様に、ごろりと布団に寝転んだ。何かに気づいて気を遣ってくれたのだろうか。相変わらず変な所が鋭い。


「のう
「なに」
「もう着ないんか」


彼は制服を見上げたまま、まるで独り言のように呟いた。仁王の質問の意味が、何と無く分かりそうで、分からなかった。ただ、きっと彼が、あたしに聞いたままの答えを求めているわけでは無い事は分かる。しかしあたしは実際のところ、何も掴めていないのだと思う。仁王の質問の意味もこのわだかまりの対処の仕方も。だから真剣に答えるつもりは毛頭なかった。彼もそれは分かってのことだろう。


「着ないよ、もう」
「…」
「だいたい、これ中学の制服だし」
「そうか」


それもそうじゃなと、彼もまた何かを見なかったふりをするように、らしくない笑い方をした。ようやく寝るらしい。色々と話を濁してしまったのは申し訳ないが、この二人であろうと、話すつもりはないのだ。おやすみと短く言葉を交わすとあたしは静かに戸を閉めた。


Δ


丸井や仁王にあんな事を問われたからだろうか、その夜、あたしは懐かしい夢を見た。それはあたしが中学二年の時に立海に転校して来た日の夢だった。
あたしは転校早々、上級生に髪を染めるなだの化粧がどうだのと絡まれ罵られという最悪なスタートを切っていた。あたし自身、前の学校で相当な修羅場をくぐってきているので、目の前で騒がれた所で、ピーピーうるせえなあくらいにしか思わなかったし、恐怖なんて抱くのは以ての外だった。しかしそんな態度が祟ったのか、あたしは三日目にして彼女らといつの間にか増えた男子共に校舎裏に呼び出されたのである。


「出る杭は打たれるって知ってる?」


そんな事を問いかけられたのを覚えている。あたしは変わり者の転校生と言うことで、良くも悪くも周りに騒がれていたから気に食わなかったのだろう。壁に追い詰められていたあたしは、はあ、と息をつくついでの様な返事をした。それが彼女達の神経を逆なでしたらしい。「調子のんなよブス」その言葉と共に拳を振り下ろされて右頬に痛みが走った。どうすれば良いだろう。このまま殴られればこいつらも気が済むだろうか。それとも威嚇してビビらせた方が得策だろうか。一般人、ましてや女の子は殴りたくないのだが。頭の片隅でそんな事を考えつつも、相手の罵倒を聞き流していると、男の一人がなよっちいパンチを繰り出して来たので、あたしはそれを適当にいなして腕をねじりあげる。「近づいて来たらこいつの腕を折る」羽交い締めにされると面倒なので、周りの奴をそう牽制した。


「っ、このアマ!離しやがれ!」
「離したらまた殴るだろうが」
「当たり前だろうが!気に食わねえんだよその目。一匹狼に酔ってんのかテメエは!」
「何だって良いだろ。あたしからしたら雑魚が群れを作ってんの見ると虫酸が走んだよ。相手の力量もマトモに測れないクズ共が」
「んだとゴラア!!」


挑発し過ぎたのか、周りの男達は牽制していたにも関わらず、突然走り出した。彼らはあたしを羽交い締めにすると壁に押さえつけて腹を蹴飛ばし始める。めんどくせえなあ。そうあたしが呟いた時だった。近くで「せんせーこっちで誰かが喧嘩してますー」なんて気の抜けた声が聞こえて、かと思えば、周りにいた奴らは引き上げるぞと慌ててあたしに背を向けて走り去って行ってしまったのである。一体誰が、と壁の影から声のした方を覗き込む。すると同時に目の前に赤髪と銀髪の二人組があたしと同じ様に顔を覗かせたのだ。それが丸井と仁王との出会いだった。


「っどわ…!…お、お前ら、」
「大丈夫だったか?」
「…もしかしてあたしを助けたのか?」
「そうじゃ」
「…余計な真似するな。一人でもどうにかできた」


あたしは強いと言葉を続けると丸井は困った様に笑って、それから「そっか、ごめんな」とあたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。それがまるで意地を張った子供をあやす様で、あたしはその手を咄嗟に振り払った。子供扱いするなと。


「わりいわりい。でもさ、俺らお前に喧嘩してもらいたくなかったんだよ」
「…は?」
「お前悪そうな奴じゃないし」
「どう見ても喧嘩好きそうではなかったしのう。なら弱い弱くない関係なしに助けん他ないぜよ」
「…」


喧嘩が嫌い?そんな訳あるか。あたしは向こうではずっと喧嘩して生きて来たんだ。負けなしで、…そう、負けなしだったんだ。あたしは強い。ただ一般人に絡まれたということに萎えていただけ。


「お節介だ」


あたしはこんな奴らに構ってられるかと二人に背を向けてその場を去ろうとする。すると、背中に急にトンと拳を当てられて、何かと振り返れば丸井は神妙な顔をしてあたしを見つめていた。


「お前、不良だったわけ?」
「だった?違う。現在形でだ。あたしは良い子ちゃんやってるつもりはない」
「拳は何かを守るために振るうもんだぞ」


まるで、お前には今何か守るモノがあるのかと、そう問われているようだった。前まではその質問に躊躇わず答えられた気がする。だけど、今はどうだろう。あたしの守りたいモノってなんだろう。分からなかった。
だからバツが悪くなって、あたしは視線を彼らから逸らした。


「お前らには関係ない。あたしに構うな」
「やだ」
「…はあ?」
「お前さんを友達にしたいんじゃと」


仁王は頭の後ろに手を回してそう告げた。その様子はどこか楽しげであった。あたしには彼らの思考が読めなかった。友達?


「お前がいたら俺ら無敵だと思うんだよな!仁王もそう思うだろい」
「まあ、色んな意味でな」
「と言うことでお前、今から俺らの友達な」
「か、勝手に話を進めるな!あたしはお前らみたいな能天気な奴らとつるむつもりはねえよ!」
「えー」


丸井はなんでだよーと口を尖らせる。何だこいつら。調子狂う・・・! 眉間にしわを寄せてあたしが小さくため息をついたとき、急に今まで駄々をこねていた彼は、真面目な顔をしてあたしの方を見据えた。


「あのさ、お前、今楽しいか?」
「な、」
「遊べる若いうちのほとんどが学校に縛られて生きてんだぜ?俺達。つまりだな、学校つまんないとか人生損してんぞ」
「縛られた中でいかに遊べるかじゃな」
「だから、あたしは一人で喧嘩できてればそれで、」
「喧嘩はもうしたくなさそうな顔してんぞ。なら、お前が一番楽しいと思えるもん、一緒に探そうぜ」
「…」


何でこいつらはあたしみたいなのに構うんだろう。こんな不良にちょっかいなんて出さずにあんた達のいう楽しい学校生活を送っていれば良いじゃないか。幸せに過ごせるじゃないか。どんな脳内構造してんだと、あたしは半分呆然と彼らを見つめていた。
そのうち、反応がないあたしに丸井が痺れを切らしてあのなあと少しだけ声のトーンを落としてあたしにこう語りかけた。


「お前さ、毎日を楽しく過ごすコツって知ってるか?」
「…は、何だよ、それ」
「馬鹿になって、自分のやりたい事をやるだけで良い。それから毎日笑えればそれで365日ハッピーなんだぜ?」
「…お前ら馬鹿?…それだけなら誰も苦労、…」
「馬鹿になるっつうんは簡単で難しいんじゃよ。…なら、お前さんはやりたい事やれとんのか」


やれていると、答えられなかった。あたしがここに引っ越して来た時点でそんな事は不可能になったのだ。あたしのやりたい事なんて、楽しいと思う事なんて、きっともうない。あたしには、喧嘩するしかもうできないのだ。「ないかもな」自嘲君に答えてみれば、丸井がにかりと笑った。ならば、と。


「学校楽しくなるようにしてやる。俺が保証する」
「…お前、」
「だから、俺らと来いよ」


信じても、良いのだろうか。この根拠も何もない、気の抜けた理論をかざす馬鹿達を。
こいつらと話していると心にぽっかりと空いた穴がふさがって行く気がした。信じてみたいと、思った。
そうしてあたしが顔を上げると、丸井は指をぴんと立てて、あたしと仁王の前に出したのである。


「明るいスクールライフ送りたい奴、この指止まれ」


彼の言葉に、仁王がそれに手を伸ばす。彼らがお前も掴めという様にこちらを見たので、あたしも、遠慮がちに手を添えた。



「…ちょ、ちょっと付き合ってやるだけだからな」
「おう!」



そしてそれがあたし達の明るいスクールライフの始まり。

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(130629_明るいスクールライフを送りたい奴は集まれ!)