10限目_明るいスクールライフの掟は遠い未来の心配より明日のいたずらの心配をするべし。「よーしお前ら今から俺が言うもん取って来いよー」 アパートの近くのスーパーへとやって来たあたし達だったが、中へ入るなり突然丸井がリーダーシップを取り始めた。あたしと仁王は互いの顔を見合わせて、再び丸井の方へ目を戻す。いつになく丸井がやる気である。流石食の事となるとというかなんと言うか。 「は豚ひき肉と玉ねぎな。仁王はコンソメとパン粉。行って来い」 「せんせー」 「はい君」 「何作るんですかー」 「当ててみ」 「カレー」 「はい馬鹿ー」 「えーカレーが良いよな仁王」 「カレー」 「あーお前ら今すぐ爆発しちゃえば良いのに」 良いから行って来いと言われてあたし達は渋々食材探しに散った。恐らく材料的にハンバーグでも作るつもりなんだろう。ひき肉の売り場を探しながらあたしはぼんやりと料理に目を輝かせる丸井の姿を思い浮かべて苦笑した。つうか自炊するって言っても今まではすでにできている物を買って温めていただけだったからこんなにしっかり材料を買うのは初めてかもしれない。場所が全然分からない。 そんな店内を彷徨っていたあたしの目に入ったのはお菓子コーナーで。お腹が空いている今、お菓子コーナーに寄るなという方が無理な話である。 「ポッキーるるる、新作のポッキー、ポッ」 「何してんだテメエ」 「…いたいれふまるいさん」 いつの間にかあたしの横に立っていた丸井は、素早く顎を捉えてにこやかな笑顔を浮かべる。やだこの丸井怖い。彼は本当にお前らはしょうがねえなあとぼやいてあたしの腕を引き始めた。彼の口ぶりからして仁王も似たような事をしたに違いない。 「ほらここに豚ひき肉があんだよ」 「何だ、最初から丸井が一人で集めれば良かったじゃん」 「ほんとにな」 しらーっとした視線を丸井から送りつけられて、あたしは思わず肩を竦めた。女なのに恥ずかしくないのかと言いたげだ。別に自炊ができないわけじゃないぞ。ただコンビニの方が行き慣れているというだけでだな。言い訳を並べながら近くのパックに手を伸ばした途端、その手は弾かれて「あのなぁぁぁ」と再び丸井の怒りを帯びた声が聞こえた。 「な、なんざんしょ…?」 「ひき肉はパックに油溜まってんの選ばねえ様にすんのが基本だろい!」 「ウ、ウッス!これっすね丸井先輩!」 「色が均一なの選べ馬鹿がああ!」 「オオオッス!」 やべえよ誰キャラ。丸井の顔色を伺いながらパックに手を伸ばしてそろりとカゴに入れる。どうやらこれは当たりみたいだ。丸井はややムッとしたまま、あと二つ買うぞとパックを選び始める。あたしはその横顔を見ながら小さく息を吐いた。 「丸井はさあ、」 「あんだよ」 「良いお父さんになれそうだな」 「はあ?何だよそれ」 いつの間にかあたしからカゴを取り上げて自分で持ち歩いている丸井を見て、だってさ、と口を開いた。面倒見良いし、料理もできるじゃん。頭の後ろに手を回して彼を一瞥すると、彼はあたしの方をちらりと見てからすぐに手元へ目を落として「まあな」と言葉を返した。なあにそれ。少しは自重しやがれってんだ。褒める気失せるわ。 「はもう少し女らしくなった方が良いんじゃねえの?料理も出来ないんじゃ貰い手いないぜきっと」 「うっせ。あたしはできないんじゃなくてやらないの」 「へええ?」 「それに、将来は丸井みたいに料理ができる奴を旦那にもらう事にするから」 「ふうん」 パックをカゴに突っ込んだ丸井は一言そう答えて、次行くぞとあたしを野菜売り場に引っ張って行った。その後しばらく声をかけても生返事ばかりで何だかぼーっとしているようだったが、一体どうしたのだろう。変な丸井。 Δ 丸井の料理の手際は驚く程に良かった。学校では知らぬ者もいない程の悪ガキをやっているというのに、その肩書きになんと似つかないことか。料理の腕は家庭科の授業で知っていたが(家庭科は丸井が死んでも出ろとサボることを許されなかった)授業とはわけが違う。一人でテキパキとこなしてしまったその姿にあたし達は感嘆の息を漏らし、目の前の夕飯に釘付けとなった。 「…てっ、手作りハンバーグとかいつぶりだ」 「…流石ブン太じゃな」 「味わって食えよお前ら」 「わーい!いただきます!」 そう言うわけで丸井のご飯は本当に美味しかった。マジ次からこいつと家庭科の班組もうと思う。いやいつも組んでるけど。ん?あれ?その割にあたしと仁王の成績がかなり悪いのは何故だろう。ハンバーグをつついていたはしを止めて、あたしは「そういやさあ」と口を開いた。 「丸井ってこんなに料理上手い癖に何でその丸井と組んでるあたし達の家庭科の成績がこんなに悪いんだ?」 「お前らが玉ねぎ切る度にゴーグル持ってくるからだろい」 「それだけ!?それはちょっと無慈悲じゃないかい?」 「ぞうぜよ。ゴーグルには罪はないナリ」 「ゴーグルにはな」 「何それ、まるであたし達が悪いみたいなみたいな!?」 「…実際そうだろめんどくせえ絡み方すんなよ」 ごちそうさんとあっという間に夕飯を平らげた丸井はさっさとそれを流しに運んでごろりとソファに寝転がる。豚になるぞ。仁王の言葉に頷いていたら彼は仁王ではなくあたしの背中を蹴飛ばした。おいコラテメエエ! 「こらこらお前さんらはすぐ喧嘩する」 「その原因のお前に言われるとすっごい腹立つな」 あたしは丸井から仁王へ睨みのターゲットを切り替えるが彼はお得意の素知らぬ顔で、テレビをつけながらソファにどかりと腰をおろした。足の上に乗られたらしい丸井は、おい上に乗るな白髪と口を尖らせてる。しかし動く気配のない仁王に、彼は渋々丸くなる様に足を折った。あたしもそれで空いたスペースに身体を捻じ込ませると、丸井は狭いと眉を顰めた。もともとはあたしの家だかんな。 仁王は適当にチャンネルを回してバラエティ番組の所でリモコンを放り出す。テレビから流れる大した意味をなさない言葉達と観客の笑い声。その雑音とは対象的に、あたし達の間には静かな空気が流れていた。 「あのさあ、」 静寂を切って行ったのはあたしだった。二人は微動だにせず、んー?と間延びした返事だけを寄越す。 「あたし達、いつまで一緒にいられるんだろうね」 「…さあのう」 「ずっとに決まってんだろい」 むくりと起き上がった丸井はそんなつまんねえ事考えてんなよとあたしの頭を小突いた。 「笑う角には福が来るんだよ。つまりだ、逆にそんな暗い事考えてやがると本当にバラバラになっちまうぞ」 「まあ、そやのう」 「三人でいりゃ怖いもんなしだ。俺達を脅かすもんなんてなんも無い、だろい?」 「幸村は怖いけどね」 「それは言えてる」 ぶふ、と三人で吹き出して、幸村は例外じゃなあと仁王が首を降った。だってアレは神だもんな。あれ?神の息子さんでしたっけ。どちらにせよ恐ろしい。ひとしきり笑ってから、丸井が人差し指を立ててあたし達の前に掲げた。「取り敢えず、だ。先の事より、俺達は今を楽しく過ごすのが一番の目標だろ」と。 にかりと笑う丸井の表情がとても懐かしく思えて、ああ、そう言えばあの時と同じだと、あたしは瞼の奥に眠る記憶の断片を掘り起こして、ふっと笑みをこぼした。 「未来がどうなるとかそんな話より、明日がどうやったら楽しくなるかを考えようぜ」 BACK | TOP | NEXT (130629_そんな能天気さが、いつだってあたしを救ってくれた) |