08限目_一人暮らしだとここぞとばかりに悪友が家出先に利用してくるので気を付けましょう。普段こんな時間には滅多に鳴らないはずのインターホンが、ソファでうたた寝をうっていたあたしを叩き起こした。何気なく時計に目をやると、時刻は七時ちょい前。何度も押されるインターホンに何故かデジャヴを感じながら私は覗き穴で相手を確認する。そこにいたのはなんと仁王だった。正直開けたくはなかったのだが、そうもいかないので、扉を少しだけ開いて顔だけ突き出す。 「…何やってんの」 「弟と喧嘩した。泊めてくんしゃい」 「問題です。あたしがなんて答えると思う」 「『泊めてあげるだっちゃ』」 「残念でした。またどうぞー」 ぱたん。静かに扉を閉めてしっかりと鍵をかけるとあたしは元いたソファに引き返した。あたしの声でキモいしゃべり方すんなっつうの。先程の仁王に悪態をつきながら再び眠りに落ちようとする。その時だった。また性懲りも無くインターホンが鳴らされたのだ。部活で疲れた身体を癒したい私からしたら良い迷惑である。私は扉を開けずにそのまま声をはりあげた。 「あのさあ、一体何」 「あ、仁王じゃけど」 「んな事は分かってんだよ!」 なんなのコイツ!?疲労とイライラが一気にピークへ到達し、腕を組んだまま足をとんとん鳴らしていると、仁王は不意に「問題じゃ」と口を開いた。は?さっきの続き? 「俺がこれから何て言うと思う」 「はあ?泊めてくんしゃいでしょ」 「ぶっぶー正解は、」 「…」 「今さっき丸井も来た」 「はあああ!?」 思わず扉を開くと、そこには確かにさっきまでいなかった丸井の姿があるではないか。コイツらまじで暇だなオイ!何でいるんだよと最早近所迷惑を考えずにヒステリックに叫ぶと丸井はケロリとした顔でこう言った。 「弟と喧嘩した。泊めてくれ」 「お前らバッッカじゃねーの!?」 「まあそう言いなさんな。丸井に悪気はないぜよ」 「テメエにも言ってんだよこの白髪!つうか何!?お前何!?弟に家追い出されるわけ!?どんだけ家でのヒエラルキー低いんだよテメエら!」 「最近の兄貴は辛いんだよ」 「聞きたくねえわそんな話!」 学校から帰ってとりあえず部屋着には着替えましたみたいな粗雑な格好しやがって。手土産くらい持って来やがれ馬鹿共がああああ。俊敏に扉を閉めようとすると、もう見切ったらしい仁王と、変なとこだけ素早い丸井は扉に足を滑り込ませてあたしが安全地帯へ避難する事を阻止してしまった。 「僕は同じ相手に二度負けない」 「お前誰だよ!」 「確か、青学の不二のマネだよな」 「どうでもいいわ!」 「っつうわけで、クイズに不正解だったさんには俺達を泊める義務が課せられますヤッタネ!」 「はっ倒されたくなかったらその顔今すぐやめろ丸井」 そういうわけで、こんな馬鹿でも仮にも王者立海のレギュラー。この二人にあたしの力が敵うわけがなく、アッサリと中への侵入を許してしまったのである。彼らは早速我が物顔でソファに座って自宅モードに入りやがる。「お前らよく人の家でそこまでくつろげるな」「あ、お気遣いなく」「テメエらが気遣うんだよ普通は」 「あ、テレビ見て良い?」 「何でそこは律儀に許可取るかな。もう勝手にしろ」 「っしゃー!シルシルミシルサンデー」 「ちょっと待ちんしゃい。この時間はマジックショーがあるんじゃ」 「はあ?シルシルミシルだっつの」 「下らん番組見ちょるな」 「あんだとコラ!表出ろテメエエエエ」 「お前らしねえええ!」 チャンネルを取り合っている二人の首にアッパーを喰らわす。彼らはそのままソファに倒れて静かになったのであたしは盛大に息を吐いた。早速過ぎるぞ、仲良くしろよお前ら。 「丸井も仁王もテレビ見るの禁止」 「マジかよ」 「鬼」 「よーし、こっから出てくか?」 「それは勘弁ぜよ。つうわけで仕方ないから風呂借りてええ?」 「あ、俺が先に入ろうと思ってたんだぞ!じゃんけんしろい!」 「ホント家帰ってくれないかな君達」 喧嘩すんなよ。つうか風呂もかよ。仕方ない、とあたしは適当にバスタオルを棚から探し出すと、それを風呂じゃんけんに勝利した仁王に投げた。彼は満足気に風呂へ旅立って行った。彼が見えなくなってホッと息をついたのもつかの間、テレビもついていない静かなこの部屋で大人しくソファに並ぶあたしと丸井。とてつもなく変な感じである。つうか、妙な緊張感が生まれた気が。 「…なあ、」 「…はい?」 「腹減った」 「あっそう」 「何かねえの?」 「ないよ。後でコンビニに夕飯と明日の朝飯買いに行くつもりだったんだから」 「…オイオイ」 大したものが入らない小型の冷蔵庫を開いて、中がほぼ空っぽである事を確認した丸井は、呆れ顔であたしに振り返った。まるで身体に悪いぞとでも言いたげだ。お言葉だがケーキをホール食いする奴に言われたくない。 「んじゃ、仁王が出て来たら飯の材料買いに行こうぜ」 「…いいけど」 「安心しろい。この俺を誰だと思ってんだよ、夕飯くらい作ってやる」 まあ確かに料理に関しては丸井に任せればまず食べれないものは出てこないだろうからな。問題は量だ。丸井が食う量でウチの食費がもつか…額に手を当てて唸っていると、隣に丸井が戻ってきて、かと思いきや急に脇腹に手を伸ばされた。 「ひっ…!」 「うわ、流石不健康な生活してるだけあるな。肉ついてねえじゃん」 「ちょ、やめろ…!」 後ろへ下がると丸井はその分間を詰めてくるので、あたしは変な汗をかき始めた。いやいやいや。彼はどうってこと無いように「細えなー」なんて言ってるがはたから見たらただの変態だ。 「やめろ、ってば!」 「ぐほっ」 そうしてついに耐えきれなくなったあたしは無意識の内に丸井の腹にパンチを繰り出していた。ぬおおおと腹を抱えてソファから転げ落ちた彼はしばらくして動かなくなった。どうやら相当痛かったらしい。 「丸井が死んだ」 「…こんな家出てってやるからな…」 「ああ、良いぞ、出ていけ」 「…」 「…」 「……ごめんなさい」 何だこいつ、ちょっと面白いんですけど。 BACK | TOP | NEXT (130615_彼らの家出話はまだまだ続く) |