07限目_来る者は拒んではいけないよ。暖かく受け入れてこそ、明るいスクールライフが見えてくる。



「え、は、どえええええっ!?! 」


一際目立つあたしの叫び声が響いたある日の昇降口。例の如く登校を共にしていた丸井と仁王は何事かと、あたしの見つめる先の下駄箱の中を覗き込む。そこには淡い水色の封筒が置いてあるではないか。「こ、これこれこれ、これはっ」


「ラブレター?」
「みたいじゃな」
「お前ら嫌に冷静だな!流石モテ男は違うぜ!なんかめっさ腹立つ!」


ラブレターを始めてもらったこのドキドキを返せと、そのままの勢いでわしゃりと手紙を取り出す。中に何が書いてあるんだと丸井が急かした。はいはい。少しの緊張を胸に手紙をそろりと抜き取る。


「[突然のお手紙驚いたかな。きゃはっ 照れ屋さんだからいつも君には素っ気ない態度しちゃうけど、勇気出さないとね!ルンルン!お話したい事があるから、屋上で待ってるZE☆☆☆!P.S.俺の心はときめきメモリアル]すいません。あたしの知り合いなのこれ?
「まだ女の子ならとも思ったがPS以降が俺達を現実に戻したな」
「差出人は?」
「あー…いや書いてない。どうしよう二人とも。あたしコイツと会話できる気がしない」
「…」


黙るなよ!なんか言えよ!怖ええよ!まだ喧嘩申し込まれた方がいいわ!
あたしから目を逸らす二人の肩を必死で揺さぶるが、彼らがこちらを見る事はなく。しばらくなんとも言えない空気に包まれていたのだが、それはとある女の子の声で壊された。


さん、丸井君、仁王君、おはよ、…ってどうしたの」
「えーと。君は、」
「ヤダなーさん、同じクラスのだよ」


彼女は朝から何処かを掃除していたのか、ほうきを片手に、からからとあたし達の空気には不釣り合いな笑顔を浮かべていた。そう言えばクラスの委員長とかを率先してやっていた子だったような気がする。彼女はその笑顔のまま、もう一度どうしたのかと訪ねてきた。しかしあたし達が何かを答える前に彼女はあたしの手の中の手紙を見つけて、ああと声を上げる。


「もしかしてそれを入れた人を探してる?」
「え、知ってるのかよ」
「朝たまたま見かけたの」
「ううう聞きたいような聞きたくないような」
「鶴岡君だよ」
おいいいアイツかあああ


犯人はツルでした。



ところで、ツルはどうしてこんな事をしたのだろう。あのインテリ眼鏡が悪戯をするなんてあまり想像ができない。犯人がツルだと分かった事で、薄気味悪さがなくなったのは良かったが、手紙を置いた意味があたし達は理解できないでいた。
そうして唸りながら教室についたのは良いが、そこにはツルの姿はなかった。もしかしたら手紙を出した事で気まずさを感じているのかもしれない。まああたしもどう接すべきか掴みあぐねていたから良かったが。


「ところで、これっていつ屋上に行けばいいわけ。アンタ達なら慣れてんでしょ。ほい、丸井」
「あー書いてなかったよな。普通は昼か放課後がセオリーだよな、ほい仁王」
「なして手紙を回す。ほい
「あたし行きたくねえええ。大丈夫じゃね?あたしが行かなくても。丸井レッツゴー!」
いや、微塵も大丈夫じゃねえよ。俺も、ツルも


二人が近くの椅子を拝借して、あたしの机の周りに集まるなり、そんなくだらないやり取りが始まった。「行ってやらないとああいうのは後が怖いかもしれんぜよ」首を縦に振ろうとしないあたしに、仁王がにやりと笑ってあたしに追い打ちをかけた。ぐっ…何が嫌ってまず手紙をくれたツルが隣の席である事だろ、あとは手紙の内容からして穏便に進みそうじゃねえよこれ。


「あたしは持ちたい、NOと言う勇気を」
「なんでも良いからとりあえず昼休みに行ってやれよ」
「NO!丸井か仁王に譲るゼ!」
「NO」
「NOじゃねえよふざけんな」
その言葉、そっくりそのままダーンクスマーッシュ


バン、と丸井が手にしていたジャンプであたしの頭を叩き、そのまま机に突っ伏した。仁王は仁王でギリギリとあたしの上履きを踏んでいた。お前陰湿すぎて怖いわ!


「怖いよー」
「前の学校でスケバンやってた奴がよく言うぜ」
「まあ何かあったら俺らが何とかしちゃる」
「命に代えても守ると誓え」
「…え…いや、それはちょっと、のう」
「うん」
「テメエらあああ!」


あたしは二人の胸ぐらを掴んでやろうとしたが、素早くそれを悟った丸井が、突っ伏していたあたしの頭をそのまま机に抑え込み、仁王にもやはり足を踏まれ続けたので、動く事は叶わず、すぐに脱力した。つうか虐めだよこれは。完全なる虐めだ。「正当防衛ぜよ」黙れ。



さて、結局昼休みにあたしは手紙の指示通り屋上に向かう事にした。ちなみに丸井と仁王には後ろに隠れてあたしを見守っていてくれと頭を下げて頼んだので多分こっそり後ろからついてきているに違いない。さらにちなむと、ツルは珍しく昼休みまで授業に出ておらず、今のところ気まずさを感じるような不自由は起こらなかった。もしかしたら本当に照れ屋なのかもしれない。

屋上の扉まで来ると、後ろを何と無く一瞥し、それからゆっくりと錆びたそれを押し開ける。びゅおっと風が中に吹き込んでくる。そう言えば高校の屋上に入るのは初めてかもしれない。細めた目を開けるとそこには何故か親指を立てにかりと白い歯を煌めかせているツルである。一度に15人を一人で倒した事があるあたしが、正直怯んで一歩後ずさるほどでした。


「待ちくたびれたじゃないか君っ焦らしプレイか、そうなのか!」
「…あー…えー…つかぬ事をお聞きしますが、いつからお待ちに?」
「8:20からだ。この角度が僕決めポジだからな。今まで一ミリも動かなかった。というか固まって動けない。済まないが助けてくれやしないか」
「お前バカだろ。ちなみに決めポジの意味に関してはあえて聞かねえからな」
「決まって見えるポジショニングだ」
「お前は嫌がらせの塊だな!もうぜってー助けてやらねえ!」
「放置プレイだな!ハハハいいぞ、受けて立つ!」
「お前いちいち気持ち悪い」


これまでの会話でお分かりいただけただろうか。ちなみにあたしも分かってしまった。ツルは変態だ。細かくカテゴライズするとおそらくマゾという分類に入る。
まあどうでもいい。それよりさっさと用件を聞いてお望みの放置プレイをしてやる事にする。


「え?呼んだ意味だって?君が一番よく分かってるんじゃないかな」
「いや、身に覚えないっす」
君は僕の事を授業中いつも見ていただろう?僕は気づかないフリをしていたが、つまり!君は僕が好、ぶくっ


確かにコイツを観察していた事はあった。しかしそれは奴のカメラのシャッターを切る瞬間を見たかったというただの好奇心からくるもので、ていうか気になってるのはツルではなく彼のカメラだ。こんな事になるならもうどうでも良いが。
それより、ついつい聞きたくない単語を聞きそうになったので殴り飛ばしてしまったが大丈夫だろうか。地面に倒れこんだまま起き上がらないツルを流石に心配に思い、上から声をかける。すると彼はちらりとこちらを一瞥した。


「まったく、照れ屋だな!痛いじゃないか」
「まったく、プラス思考だな!もう一発殴りたい」
「でも、好みのアングルだ」
「お前よくその性格隠してられたな」
「いきなりだと君が驚くと思ってね」
ああ、もうドン引きだよ


あたしは率直な意見を述べてやる。すると、途端に彼の表情は曇った。しばらく妙な沈黙ののち、すまないな、と今までの言動からはあり得ないような言葉がツルの口から呟かれた。「君を見ると抑えられなくてね」


「あー…まさかあたしが好きなわけ?」
「簡単に言えばな」
「…すいません、複雑に言うと?」
「ストーカーでぶくっ


シリアスな空気は何処へ。にこやかになったツルはキメ顔でそう言い放ったのである。これは殴るしかない。しかし何度殴られようと彼はかなり嬉しそうだ。どうしよう。視線をゆらゆらとあちこちに彷徨わせていると、ふと、彼の首にかかっているカメラが目に入った。


「もしやこのカメラの中身は、」
「君メモリアルだよ」
「…ああ、もうなんか疲れた」


中身を拝見したが、不謹慎なものは入っていなかった。普通にバスケの部活をやっている写真とか、丸井や仁王と話しているとことか。自分がその中に映るように無理やり自撮りしているものもあって、なんだか可哀想に思えてしまった。どうやらツルは大変な変態だが、悪い奴ではないらしい。


「僕は乱暴でもガサツでもありのままの君が好きだ」
「はいはい気持ちには答えられんが、サーンキュ。今度から写真撮りたかったら言いなよ、断らないから」
「…」


彼の額を指で弾いて立ち上がったあたしは、ぐっと伸びをする。その時だ。ボディーガードを頼んでいた丸井と仁王がひょこひょこと顔を出した。もう出て行っても良いと踏んだのだろう。彼らを見たツルはいつの間に!と口をへの字に曲げていた。
二人はあたしの肩を掴むとニヤリと笑ってみせる。


「悪いがコイツは俺らの遊び道具じゃから、誰にもやれん」
「そゆことー」
「誰が道具だ、誰が」
「え、お前」
「その指へし折るぞ」
「ほれ、戻るぜよ」


背を向けてとろとろ歩き出した仁王はそう言ってあたし達を促した。後ろでまだへたり込むツルを丸井が引っ張って立ち上がらせる。


「早くしろい」
「ツル、あんたも戻るでしょ。行くよ」



多分、ツルはあたしが好きだとか、その前に、単にあたし達の仲間に入りたかったんじゃないかと思う。あたしは、ううん、丸井も仁王もそう言うのは大歓迎だし、明るいスクールライフを送るには仲間は必要不可欠ってね。


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(130526_ツルのあの手紙はテンションが高くなるとああいう文面になるらしい)