05限目_いつも男子といるからって別に色んな事に耐性が出来るわけじゃないんですあたしの所属するバスケ部は、どこぞのテニス部と違って、選手の体力の限度というものをわきまえて活動している。まあ練習量が多いというのが、きっと彼らの強さの一つなのだろうが、今はそういう話がしたいのではなく、そんなテニス部とは違って、あたしの部活は活動がない日(顧問の仕事の都合により)が週に二回ある。 もちろんあたしはバスケが大好きだ、が、朝練がなくてゆっくりできる朝が嫌いなわけがない事も明白。だから毎週そんな朝を堪能していたのだ。昨日までは。 「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん!」 いつの間にインターホンの音が例の友人の声に変わったのだろう。夢と現をうろうろとするぼんやりとした頭の中で、あたしはそんな思考を巡らせていた。しばらくしても一向に間抜けなインターホンは鳴り止む気配がない。あたしの住むアパートは壁が薄いからこれ以上放置すると御近所さんに迷惑を掛けかねないと、しぶしぶだるい身体を起こすと、そのまま玄関の扉を開けた。 「…はい、何でしょ、」 「はよーっす」 「迎えに来たぜよ」 パタン。見慣れた顔ぶれを視界に捉えた途端、すぐさまあたしは扉を閉じた。何故いる。いつもバス停で待ち合わせてなかったか?覗き穴から外の様子を伺うと、二人は顔を見合わせて「何かしめられた」「酷いのー」なんてやり取りを繰り広げている。とりあえず、心を落ち着けて再び扉を開けると、「あ、開いた」と丸井がこちらを見た。 「…なに」 「だーから、迎えに来たんだって。つうかまだパジャマかよ」 「…まだってお前ら、あと一時間は余裕で寝てられるんですけど」 「普通ならのう」 「すいません、仁王君、意味がよく」 「、お前幸村君に臨時マネージャー頼まれてたじゃん」 だからバスケ部ない日はテニス部に出れるだろい?なんてあっけらかん言い放った丸井にもちろんあたしは開いた口が塞がらなかった。今なんと。確かに臨時マネの話は仕方なく引き受けた。引き受けたが、あれは例えば他校と試合の時とか、月に一回あるかないかの程度の仕事ではなくて?え、毎週?今からテニス部の朝練?嘘だよね? 「ガチに決まってんだろい。急げよ。五分で準備な」 「いや、無理無理無理」 「を推薦した幸村の顔に泥を塗る気か」 「濡れるなら塗ってやりたいよハハハ」 「後が怖えぞ」 「っ準備してきまっす!」 幸村の顔を想像して、なんで扉を開けてしまったのだろうと一気に後悔の波が押し寄せて来た。身震いをしつつ顔を引っ込めて着替えを始める。つうか何だよぴんぽんぴんぽんて。丸井の声の時点で何故おかしいと思わないよ。寝ぼけていたあたし、マジ死んでしまえ。 そうして光速で家を出る支度をすると、暖かい布団をおいてあたしは丸井達に連行されて行った。 学校に着くと、やはりまだ生徒は見えず、かろうじて野球部の真面目な部員がちらほら伺える程度だ。流石にバスケ部でもこんなに朝早くからは集合しない。これから毎週こんな鬼畜な時間の労働が強いられるとか絶対泣く。 「…」 「おーい、いつまでも落ち込んでんなよ」 「…」 「…。あ、そういや、校長のカツラの件ってどうなったんだろうな」 「あー…あったのう、そんな事」 あたしの対応に疲れたのか、さっそく丸井は話題を転じた。あたしだっていつまで落ち込んでいても幸村の魔の手からは逃れられない事は重々理解している。だからここは観念して、大人しく二人の会話に混ざる事にした。 先日の校長室に忍び込んだ事件を思い出す。確かに校長にはしっかり顔を見られたんだけどな。そうでなくともこれまでの経験から、何かあったら先生達から各クラスに連絡が回るはずなんだが。騒がれてないからそれをやってのけていた当の本人であるあたし達が忘れていたくらいだ。 「もしかしたら校長も忘れてんじゃね」 「いやいやまっさかあ」 「ああ、ブン太に仁王に、ちゃんと来たね」 「あ、幸村」 おいでなすった。部室前には彼が既にジャージ姿でそこにいた。きちんとジャージをたなびかせながら。コイツはランニングの時でさえ肩ジャーをしている事を、あたしは知っている。そういう意味が分からないところをポリシーにしている幸村がたまにあたしには滑稽に見えていた。多分、幸村に若干あたし達と同じ匂いを感じるのはそこが所以だ。 「まず部長の所に行って仕事を聞いて来てくれるかな」 「…はーい」 幸村が部長じゃないなんて変な感じがする。軽く頷いたあたしは丸井と仁王のそばを離れてその部長とやらがいる方へ向かった。その人物は中等部でも部長をやっていた人だった。やはり幸村も来年は部長をやるのだろうな。 「ああ、臨時マネージャーって君か。よく丸井達といる」 「あ、はあ、です」 「朝早く悪かったな。本当は練習試合の時だけで良かったんだけど、丸井や仁王がどうせなら普段からやらせようって騒いでさ」 「アイツ等…!」 「愛されてるな」 「扱き使われてるの間違いですよ」 何だよあいつ等。さも毎週来るのが当たり前みたいに言いやがって。あたしの朝を返せ。眠さと苛立ちが合間って、勢いよく丸井と仁王の方へ振り返ったあたしは奴らを睨みつけた。しかし彼らは何を勘違いしたのか、こちらににこやかに手を振り替えす。隣で部長が苦笑したのが分かった。 「…怒る気失せた」 「はは、やーっぱ愛されてるよ、君」 何をどうしたらそういう見解に至るのかイマイチわからなかったけれど、あいつ等の顔を見たら何だか全部どうでも良くなってしまった。あたしは肩を竦ませて部長の方を見ると、ふっと微笑み返した。 「…そうですね」 それからテニス部の朝練が始まり、あたしは先輩のマネージャーに色々と指示を貰いながらマネージャー業務をこなしていた。マネージャーの中では一番体力があるのはバスケ部に所属しているあたしで、(もしかしたらそういう部分もあってマネージャーに推薦されたのかもしれないが)か弱い先輩達に運ばせるわけにはいかないと大量のテニスボールの箱を担いでコートの周りを歩いていると、ふとあの二人の試合風景が目に入った。そういえば、二人のテニスなんて授業以外では見た事がなかったかもしれない。大会だって、めんどくさがって行かない時もあって、行ったとしても二人の試合は既に終わっていたりもしばしば。それに、あたしのバスケの大会とかぶる事もあったのだ。 「部活だけは真面目にやるんだなあ」 「それはお前もだろう」 「柳」 相変わらず気配を消して近づいて来るのがうまいやつである。箱を抱え直してあたしは、まあねと頷いた。それからしばらくして、二人の練習が終わってコートからへろへろになった丸井と仁王が出てくる。 「お疲れ」 「んおー」 「あっちー。あ、タオル忘れた」 「俺は貸さんからな」 「仁王のなんか借りるかよ」 丸井はベンチに戻ってくるなり、あー最悪とうなだれ始めた。タオルを忘れるなんてアホである。柳とやれやれなんて丸井を憐れんでいると、ふとあたしは自分の首にかかっているタオルに目をやった。ああ、でも今日あたしは部活ないから今持ってるタオルを貸せないわけじゃないのか。…しょうがない。 「丸井、あたしまだ使ってないから…っな」 「は?タオル貸してくれんの?もっと早く言えよ、シャツで拭いちまったっつの」 「そ、そっすか」 「ま、借りるけど」 シャツの裾で豪快に汗を拭う丸井が目に入った途端、タオルを差し出す手を思わずぴたりと止めてしまった。シャツから覗いた肌に馬鹿みたいに照れてしまったのである。つまり、目のやり場に困ったというわけだ。だってかなり見えた。…いやいやいや。そこまで思考を巡らせて、しかしそこで邪念を払うようにあたしは慌てて首を振った。 そんなあたしの心境などつゆ知らず、タオルを受け取った丸井はそれを振り回してじゃあまた練習行って来るーなんて元気良く走って行く。その後ろ姿はただのガキさながらだ。色気なんてないのに不覚過ぎる。 「おーおー初々しいのう」 「は、何だよ」 あたしと一緒に丸井を見送っていた仁王が不意に口元を歪めてこちらへ振り返った。一体何事か。こういう顔をしてる時の仁王はロクな事を言わないのはこれまでの経験から理解している。 彼はあたしの肩に腕を回すと、すごく楽しげな声でこう言った。 「ブン太のは、ら、チ、ラ」 「ばっ!おま、何言ってんの!?アホか、バカか!」 「これぞ青春だな」 「おいコラ柳っ」 「冗談だ」 「柳が言うと冗談に聞こえない」 「冗談じゃないからな」 「今フォローした意味!」 柳も普段は真面目な癖に、ちょっと何かあると人をからかう所があるからいただけない。特に仁王とタッグを組むとそれはそれは厄介なのでここは一先ず退散する事にしよう。 何かを言っている二人は放置してそそくさと歩き出したあたしの前に今度現れたのは赤也だった。 「ああ、赤也、」 「先輩って青くてもう見てらんねっス」 コノヤローもう絶対誰にもタオル貸してやんねー。 BACK | TOP | NEXT (130504_これだから男子は) |