04限目_すげえ真面目っぽい奴は実は変人だったりするから気をつけろあたしの隣の席に座る鶴岡というインテリ系眼鏡はちょっと変な奴である。ここ最近授業中に寝たフリをしながら奴の事を観察しているのだが、とにかく変なのだ。彼はいつも首から高そうなカメラをぶら下げているが、あたしはそのシャッターを切っているところを見たことは一度もないし、基本的に一人でいて、それでいて鼻歌を歌ったり、独り言をつぶやりたり突然スキップを始めたり何気に電波系らしい雰囲気も醸し出している。これで顔がアイタタだったら完璧虐めの対象間違いなしだ。 ここまでの事を踏まえるとただ者じゃねえな、の一言である。手元のノートにそんな考察を書き殴った時点であたしは顔をあげた。四限目が終了してから15分は経っている。こんなくだらない事に集中していたとは。というかいつもなら昼休みになった途端に丸井が声をかけてくるハズなのにと、とりあえずお弁当を掴んで仁王の席へと向かった。奴はいつもの如く机に伏せていたので、あたしは近くの椅子を引きずって仁王に向かい合う。彼は椅子の音にのそりと顔を上げた。 「飯か」 「仁王また食べない気?部活あんでしょ。倒れるよ」 「平気じゃ」 「ふうん。つか丸井は?席にいないんだけど」 「ん」 ひょろひょろとセーターから伸びる細い指が廊下を示した。そこには確かにあの赤髪と見知らぬ少女。ああ、なるほどファンの子か。だったら待ってやる事もないと包みを開き早速唐揚げに手を付ける。 「相変わらずモテますねー」 「よりはのう」 「あれ、もしかして殴られたいの?」 「ピヨ」 「よしあたしはそれを肯定ととった」 「ちょ、お前さんやめんしゃい」 あたしが仁王の胸ぐらを掴み上げたところで彼はすぐさまあたしの腕をねじりあげた。割と良い感じに捻られたため、応戦は無理だと察し、あたしはイタタタと仁王のシャツを離した。「乱暴だからモテんのじゃ」うっせ。 あたしは御構い無しに箸をくわえて廊下の二人をぼんやり眺めていた。 「…どーこが良いんだ。あんな大食らい」 「ホント、どこがええんじゃろなあ」 「…何故あたしを見る」 「べっつに」 「んだよ」 「いんや、俺はただ、」 にやりと仁王が口元を歪めた。何となくその仕草に妙な緊張感を覚える。あたしは体を後ろに引こうとしたが、それよりも早く仁王の腕に捕まって脇に抱えられるように頭を固定させられた。無理やり丸井の方へ向かされた首が痛い。く、苦しいんだが。 「な、なにす、」 「ヤキモチでも妬いとんのかと思ったんじゃけど?」 「……。はあああ!?誰が、誰に?」 「お前さんが、ブン太に」 「げえええ!きっしょく悪い事言うな」 「そこはもっと初々しい反応でもしてくれたら面白いんにのう」 そんな事するかアホ。あああ想像しただけで寒気が。そんなやり取りを仁王としているうちに、どうやら丸井も女の子と話し終えたらしく、お菓子が入っているだろう紙袋を抱えてほくほく顔で戻って来なすった。あーあ、あんなに嬉しそうに。それから彼は広げてあるお弁当を見るなり、むっと顔をしかめる。 「おい、何先に飯食ってんだよ」 「丸井が女子といちゃついてるからだろ」 「え、あっれー?さん何、ヤキモチ?」 「ほれ見んしゃい」 「うっぜ。お前らマジうっっっぜ」 何故そうなるんだ。適当に近場から椅子を持ってきた丸井をしらーっとした目で睨んでやった。しかしそんな事も御構い無しに丸井はへらへらとしていたが、そんな彼の表情が突然真顔に戻った。あたしの肩に回そうとしていたであろう彼の手もぴたりと止まる。 「…ブン太?どうしたん」 「いや、何か俺めっちゃ睨まれてる」 「は?睨まれてるって、」 「誰に?」口から出かけた言葉がそこで途切れた。あたし達は丸井の視線の先に目をやったわけだが、それはもうすごい剣幕でこちらを睨む鶴岡がいたわけで。 「えええめっちゃ睨んでるめっちゃ睨らんでるよ」 「ちゅうか昼休みだってのに席から一歩も動いとらん」 「アイツ昼も食わない気か」 もらった包みをばりばり開けながら丸井は鶴岡へ手を振って見せた。しかし彼は余計険しい表情をしただけでその場を動く事も何か答えようとする事もしない。もしかして昼飯一緒に食べたいんじゃね? 「いや、一緒に食いたいなら睨むか普通」 「あたし聞いてくる」 あたしは席から立ち上がって、お弁当をもったまま鶴岡のところへ向かった。放置していったら恐らく丸井に食べられてしまうだろうから。 「鶴岡」 「…僕に何か用かい。君達に構ってる暇はないのだが」 「ハイこちらの台詞でーす」 ていうか昼飯食べないの? お弁当を持ってるようには見えないのだが。あたしはもぐもぐと唐揚げを頬張りながら彼に問えば、彼は首を横に振った。「忘れた」「は?家に?」「ああ」だから今日は我慢するらしい。椅子から微動だにしないのも無駄な体力を使わないためだとか。頭良さげに見えたのは始めだけで、コイツはどうやら馬鹿らしい。 「…あたしのでいいならわけるよ」 「な、」 がばりと顔を上げた鶴岡は、しばらくあたしを見つめていた。しかし、何を思ったか頬を赤く染めてから眼鏡を押し上げて、 「そんなに僕に食べてもらいたいのか」 「ん?」 「仕方ない、頂こう」 「ん?」 何だか会話が若干噛み合ってない気がするのは気のせいだろうか。唐揚げだとか、適当な惣菜を蓋に乗せて彼に渡そうとしていた手をあたしは素早く引っ込めた。「いやいや、無理して食わなくて良いから」「いやいやいや」すかさずどこから出したのか箸を構えてそれを捕まえにかかる鶴岡。「いやいやいや」意味わかんないし。ちょ、近づかないでくれる?って箸突き出すなあああぶねえええ! 「何故逃げるんだ!くれるんじゃないのか!」 「理由が聞きたい!?」 「君はっ、僕に食べてもらいたいんじゃないのか!」 「その言い方やめろ!」 はたから聞いたら誤解が生まれるじゃねえか。あたしは神技に近いステップで鶴岡の箸を回避しながら後ろに下がる。たかがおかず一つでコイツは何故ここまでしつこいのだろう。 「ちょ、丸井、仁王、ヘルプ!」 「ぶははは何してんだお前らぶはは!」 「後で覚えてろよ丸井!」 「観念しておかず渡してやったらええんじゃ」 「えええ!ああもう仕方ないなあああ!」 すごく嫌だったが、そばの机に蓋をさっと置いてあたしは後ろにさがった。そこにドヤ顔の鶴岡の手が伸びる。 「僕に食べてもらいたいなら素直にそう言えば良いものを」 「何だコイツ。とんだナルシストだな」 ああ、でも疲れたからもう良いや。食べ終わったら机に置いておいてくれ、そう告げてあたしは丸井と仁王の元へ戻った。何だか無駄に疲れたんですけど。ため息をこぼし、あたしは再びご飯にありつこうとした、その時だ。教室の扉が開いて、我がクラスの担任が顔を出した。どうやら授業でつかうプリントを配りに来たらしい。 入学式の日から思っていたが、この新任教師はかなり挙動不審だ。教師の癖に生徒を怖がっているような節がある。あたし達の一挙一動にいちいち肩をビクつかせるし。別にガミガミうるさくないならどうでも良いのだが、何か引っかかるというか。 「放っておけないよなあ」 「は?誰、太郎?」 「それこそ誰だ」 「担任のあだ名じゃろ。目立たないからとかなんとかで皆が言っとったぜよ」 「ほーん」 「何だい、君はああいう男が好みなのか」 「いや、そう言うわけじゃ、…って、」 「何ちゃっかり会話に混ざってんだ眼鏡」 音もなく現れた鶴岡に、丸井はギョッと肩をビクつかせた。何してんだお前。つうかなんか机ごとこっち来たんですけど!? 「いやあ君達が寂しいかと思ってね」 「くんな眼鏡」 「僕は眼鏡だけど眼鏡じゃない!」 「つまり眼鏡だろい」 「そうだ!」 「そうなんですね、はいさようなら」 「僕には鶴岡という名前があるんだよ」 「コイツ会話する気あんのか」 しっかり自分の机をあたし達の机にくつけて、満足気に鼻をならした鶴岡はさも当たり前のようにしゃべり始めた。ちなみにあたしはもう会話に入ることを拒んで丸井と鶴岡のやり取りをずっと眺めていた。仁王はやはりお腹が空いたのか、あたしのお弁当から煮物を盗んで食べていた。あんま食うと減るからほどほどにしてくれよ。そうこうしている内に丸井もだんだんと疲れて来たらしい。既にうんざり顔である。ここはあたしが助け舟を出すべきなのか。 「もーさあ、鶴岡って長いから眼鏡でよくない?」 「よくないね君。僕のidentityがない」 「無駄に発音良いな。ものっそい腹立つんですけど」 「identity!」 「もう良いよ」 コイツほんま疲れるわ!結局なんの話がしたいのかよく分からなくなっちまったし。なんか凄く引っかかる事があったんだけどなんだっけ?あああお前のせいだぞ鶴岡!名前長い癖にでしゃばってくんな。丸井とか仁王みたいに三文字でまとめやがれ。 「前から言いたかったのだが君達はな、」 「うるっせええ巣へ帰れ鶴が!」 「ツル?あーもうそれでよくね」 「おーよろしくのーツル」 というわけで、そんな雑な感じで鶴岡改めてツルになりました。 BACK | TOP | NEXT (130501_そういえばカメラはなんで持ってるんだろう) |