03限目_逃げる時はいかに自分だけが助かるかだけを考える、…ようじゃ、まだまだだね仁王の鞄の中は四次元ポケットか何かだと、あたしは彼に出会った当初から思っている。鞄からは役立つものそうでないものも、何でも出てくるのだ。(まあ後者が大半であるが)だから暇つぶしにはもってこいなわけで。 新学期が始まって早くも二週間が過ぎ、午後のだらけた空気に脳内を支配されていたあたし達は完全に暇を持て余していた。そんな時に役立つのがこの仁王の鞄なのである。ジャンプでも掘りおこそうと伏せる仁王の許可なしに、あたしはそうっと鞄の中に腕を突っ込んだ。丸井も何かを求めて鞄を漁り出す。おいコラあんまりガタガタやっと仁王が起きんぞ。 「…触った感じからして、めぼしいものがない」 「つうかジャンプもねえじゃん使えねえな仁王」 「ちょと待て。なんか薄い本みたいなのが。もしや仁王の夜のお供か」 「グラビア!」 ピコンと素早く反応した丸井は、抜いていた腕を再び鞄へ突っ込んだ。そうしてあたし達がその何かを同時に掴んで勢いよく引き抜く。中から出てきたのはグラビア雑誌でもそういう類の何かではなく、ただの立海のパンフレットだった。 「…仁王の夜のお供」 「マジかよこれが!?いくらなんでも侘し過ぎんだろい。歳いった教員の写真しかねえじゃん」 「いや、丸井人の趣味に口出しするもんじゃないよ。一先ずこれはキチンとしまっておこう」 「この事実はどうする。心にでもしまうか」 「いや、それはしまわなくてよろしい。とりあえず今から赤也のとこ行って笑いものに、痛!」 「何しとんじゃお前らしね」 いつの間にか起きていたらしい仁王が、ギロリとあたし達を睨みつける。や、やだな。冗談ですってばあ。へらりとその場を取り繕う笑みを浮かべると仁王はあたし達の頭を掴んで、ごつんと勢いよく衝突させた。いってえええ!何しやがる!つうか頭スカスカなくせにマジ石頭だな丸井!頭を摩りながら二人に文句を垂れ流していると「お前に言われたくねえ」なんて丸井が連打とばかりにあたしの足を踏み始める。やり返そうとしたがあたしは思いとどまった。昔一度どんどん喧嘩がヒートアップして三人で停学を食らった事があるのだ。ここはあたしが大人になってやろうじゃねえの。 「ほらほらあたしが悪かったよ。もう喧嘩はやめようじゃないか」 「そうじゃ、が全部悪い」 「ようやく認めやがったな」 「テメエ等いつか地獄に叩き落としてやるからな」 この二人はどうやら譲歩という言葉を知らないらしい。今度こんな事があったらもう絶対絶対譲ってやんねー。あたしはそう心に誓って、むすりとしたまま、何気なく手元にあったパンフレットをめくってみた。当たり前であるが中には立海の様々な設備や教員が紹介されている。 「つうか仁王、何でこんなの持ってたのさ」 「まあ色々使えるから」 「パンフなんてどう使うんだよ…」 丸井の呆れ声を聞き流しながら、ページをぼーと眺めていると、ふと校長の写真を見つけてあたしは思わず吹き出した。何これバーコードやばくね?あれ、校長ってこんなバーコードだったっけ。髪ふさふさしてなかった? 「おいおいバーコードに反応するとかもガキだな。どれ、見せてみ、ぶははははっげほ、ごほっ」 「お前もしっかりガキじゃねえか」 「いや、それにしてもこれは見事なバーコードじゃな。ギネス狙える」 ギネス狙えるバーコードってどんなだよとはめんどくさかったので敢えて突っ込まない事にした。それよりも、写真のバーコード校長と今の校長の頭の豊かさの違いが月とすっぽんレベルなんだがこれ如何に。 「如何にも何も、カツラだろい」 「いや、アレは地毛だな。頑張って生やしたに一票」 「ブン太に一票」 「言ったな!じゃあ、あたしがあってたらお前らハーゲンダッツおごれよ」 「望むところだ。お前が間違ってたら俺らにハーゲンだかんな。よし調べにいくぞ」 そういうわけであたし達は早速校長室の中にやってきた。今思うとのっけから頭の悪いやり取りのオンパレードだったが、無計画で校長室に乗り込んでしまったこの状況をかなり楽しんでいる今のあたし達も相当いってる。そして運がいいのか悪いのか、何故いない、校長よ。 「へーい。このソファふかふかだぜー」 「高等部の校長室は入るの初じゃったな」 「中等部の時みたく、またコロコロの椅子で競争したいなあ」 「いや、アレは流石にやべえだろい。校長直々に怒りにきたんだぜ?」 丸井がそう言っても肩を竦めた。その横で仁王が何故か窓を開けているのをあたしは眺めながら、ああ、そう言えばそうだった。と頷いて見せる。それで罰として一ヶ月間ずっと倉庫の掃除させられたわ。けらけら笑いながらあたしは校長の椅子でくるくる回っていると、仁王は、ふと何かに気づいたのか、机の引き出しに手をかけた。 「ちょ、流石に机を開けるのは不味くないか。やめとけ、にお、」 すっと開けられた引き出しの中にはモサモサと大量のカツラが収まっているのが目に入った。パタン、仁王がすぐさまその引き出しを閉じる。何というか、ある意味壮観だった。そんな唖然としているあたしの頭をぽんと叩いのは丸井だ。 「ハイ検証終わり」 「さっさとトンズラするかのう」 「…く、負けたか」 「ハーゲン奢れよ」 「えええちょとま、」 『それでは校長、あとはお任せください』 『ああ』 「…おい、今の声って、」 おおおマジかあああやばいいいい! ずざあああと、その場にしゃがみ込んだあたし達はお互い顔を見合わせる。あたし達の会話に割り込むようにして入ってきた言葉はまさしく校長と誰かの会話だ。帰ってきた、校長が帰ってきた。あたし達はその場から動けないでいると、ついに校長室の扉が開いた。運が良い事に校長はあたし達が隠れている机ではなく、部屋の真ん中にあるソファに腰を下ろす。 「どどどどうする」 「どうもできねえだろい」 「丸井おおおお前どうしてそんなに冷静なん、なんだよ!」 「そういうお前は何度も修羅場くぐってきた割にキョドりすぎじゃね」 「安心しんしゃい。退路は確保した」 小声で騒いでいるあたし達を制するように仁王は口を挟み、窓の方を顎でしゃくった。なるほど、さっき窓を開けたのはそのためか。流石仁王、冴えてるじゃねえか。しかしそう思ったそばから「おっと?窓なんて開けて出て行ったっけかな」なんて校長が立ち上がったのが分かった。足音がこちらへ近づいてくる。仁王てめえええ死期が早まったじゃねえかあああ。 「とにかく落ち着け。俺に良い考えがある」 「え、何!」 「がまずここで立ち上がる」 「うん」 「お前が怒られてるうちに、俺達は逃げる」 「よし、今すぐ爆発しろ」 机の影から外へ押し出してやろうと、あたしが丸井に掴みかかろうとした瞬間だ。校長の声が頭上から降ってきた。「な、君達は一体何をしているんだ」「やべ、バレた」「野郎共退避ー!」何というか、それはきっと一秒にも満たなかったと思う。窓を閉めにやってきた校長に見つかるや否や、あたし達は俊敏に窓から外へ飛び出したのである。ここが一階で本当に良かった。 それからあたし達は校長室から離れるように走り続けていた。しばらくして、立海の憩いの場として人気の広場までくると、そこで昼食をとっている人達に混ざるように、近くのベンチに腰をおろす。呼吸を落ち着けているとあたし達は誰からというわけもなく吹き出し、笑い始めた。 「ぶははははっもー超ビビったんですけど」 「あれ完璧に顔見られたよな」 「顔見られとらんでも、俺達がすぐに疑われるじゃろ」 「あー激しく同意」 ま、早速悪戯できて楽しかったわ。校長のカツラも発見できたしね。それにしても明日あたり、学校中にあたし達の噂が広がって、校長直々に怒られんのかねえ。 「もう俺停学は勘弁じゃあ」 「真田が怖いしね」 「お前らに会えないのもつまんねえしな」 「お、言うねえ丸井」 彼の台詞にあたしは気を良くして、口元を緩めて丸井の頭をわしゃわしゃと撫で回した。彼は困ったような、それでいてどこか照れたような顔で笑った。たまにする彼のこういう顔が何気に好きだったりする。そうして三人でダラダラと春の風に吹かれていると、ふとこちらを見つめる人物を見つけた。 「…ねーあの眼鏡、鶴岡じゃない?」 「ホントだ」 「カメラ持って何しとんじゃろうな」 「案外あたし達の仲間に入りたかったりして」 「ふは、それあり得るわ」 BACK | TOP | NEXT (130429_何かを隠しているような気がする彼) マネジのあとを継ぐ看板連載にするつもりだったけど、どうもウケが良くない気がする。ううむ。 |