02限目_喧嘩を売る時はきちんと相手の力量を把握してから売れ



あたし達の登場はどうやらクラスに衝撃を走らせたらしい。何とも言えない空気は担任が現れるまで続き、さらにそれだけでは留まらずホームルーム中もチラチラと周りからの視線を頂いてしまう始末。まるで見せ物のようだ。それだけ彼らはあたし達が気に掛かるらしい。そうであるからか、今日は短縮の時間割のはずなのに、全てが終わる頃にはあたしは精神的にヘトヘトだった。


「疲れてんな、
「そら疲れるっつうの。何この歓迎されてないムード」


皆が帰りの支度をして、次々と教室を出て行くのを眺めながらあたしは頭をもたげた。丸井と仁王はぺらぺらの鞄を振り回してあたしの席までやってきて、近くの椅子に腰をおろす。そんなにあたし達は問題児だったのだろうか。しょぼくれるあたしに、仁王が「俺達を監視しとる奴もおったしのう」なんてさらに追い打ちをかけた。それは実はあたしも気づいていたことだ。あえて知らないふりをしていたのに。


「あああどーせあたし達は邪魔者ですよ」
「僕はそうでもないと思うけど」


は?
突然聞き覚えのない声が後ろから飛んできたので、あたし達はそちらを省みた。そこにはいかにもインテリ系の眼鏡男子が腕を組んで立っている。だれ?


「一応君の隣の席なんだけどね」
「知らなかった。よろしく」
「ああ、鶴岡だ。こちらこそよろしく」


鶴岡は手をのばし握手を求めてきたので、あたしは丸井達と顔を見合わせてからとりあえず手を差し出した。イマドキ握手で挨拶をするなんて珍しくね?
まあそんな事は良いとして、あたしとしては、先ほどの鶴岡の台詞が気になるわけだ。そうでもないとはどういう事なのか。


「そのままの意味さ。教師からどう思われているかは知らないが少なくとも、このクラスの生徒からは歓迎されているよ。彼らは君達に恐怖よりも関心を抱いている」
「…まあ確かにそういう視線じゃったかもな」
「良かったじゃないか」
「はあ、」
「僕からしたら大迷惑だけどね」
「…あ、そう。そらえらいすんませんねえ」
「まったくだ。せいぜい僕に迷惑をかけないようにしてもらいたいものだね」
「…のやろ、癪に触る奴だな、殴られてえのか?ああん?」


やはりガリ勉眼鏡からしたらあたし達は邪魔らしい。握りこぶしを机にガツンとぶつけて鶴岡を睨み返すと、仁王があたしの頭を掴んで、それを制する。丸井も丸井で、すぐにカッとなんなよとあたしを諭したので、すぐに拳を下に下ろした。なんだか一気にテンションが落ちた気がしたのであたしは鞄を掴むと乗っていた机からぴょんと降りた。「帰る」一言そう吐き捨てた。丸井と仁王もやれやれといったように肩をすくめて後について来た。鶴岡の方は一瞥もくれてやらなかった。


「んで、今日は部活あんの?」


しばらくむすりとしたまま無言で歩き続けていたあたしに声をかけたのは丸井だった。空気を変えようとしているのだろう。変なところで気が回る奴である。


「なし」
「おーそら良かった」
「は?」
「幸村が呼んどったぞ」
「げえええあたし何かしたっけ!?」
「さあ?」
「あああたしっ絶対行かねえからな!」


くるりと踵を返したあたしは二人とは逆方向へ歩き出そうとした。が、二人に腕を掴まれてしまい、ズルズルとテニスコートの方へ引きずられて行く。「離せこのハゲ!」「行かねえと後が怖いじゃろ」「あと俺らも怒られんだよ」「知るかああ!」絶対に会いたくない。幸村と会っていい事があったためしがないのだ。いや、元々はこんな状況になったのはあたしがいけないんだけども。あたしが立海の中等部に転校してまだ間もない頃に幸村精市に喧嘩を売ったのが全ての始まりであり、あたしの人生の終わりであった。思い出すだけて身の毛がよだつ。


「お前昔からすっげえ幸村君の事ビビってっけど、ホント何があったんだよ」
「こここ怖すぎて言えねえわ!」
「うん、そんなに怖いならやっぱ聞きたくないわ」


そうこうしている内にあっという間にあたしはテニスコートに連れてこられてしまった。しばらくテニスコート、もとい幸村から逃げていたのでこの風景を拝むのは中学以来である。おお。あな懐かしや。自分のおかれている状況も忘れて懐かしさに浸っていると、不意に背後に寒気を感じて自慢の俊敏さでさっとその場から離れた。後ろにいたのは言わずもがなで幸村であった。


「久しぶりだね
「ぐ…久しぶり、っす幸村サン」
「なかなか会えないからてっきり避けられてるのかと思ったよ」
「マッサカア」


幸村サンが元気そうで安心しました、それでは。そう言ってあたしは颯爽とその場を立ち去ろうとした。が、失敗。心の友であるはずの丸井と仁王にがっちりと腕を捕らえられて幸村の前に引きずり出されたのである。


「ほれ」
「煮るなり焼くなりお好きに」
「おのれ、ユダめ!」
「フフ、そんなに怯えなくても、ちょっと手伝いをしてもらえれば良いだけだよ。マネージャーみたいな感じかな」
「ええええ!雑用じゃんか!」
「雑用だね」


なんでこのあたしがアンタ達の手伝いなんぞしなくちゃならんのだ。あたしにも部活というものがある。テニス部には負けるが、一応関東大会はいつも優勝してるなかなかのチームであってだな。だいたい幸村は今二年であって、部長なわけじゃないじゃないか。君が勝手にマネージャーを用意したって三年生がなんて言うか分からないよ。「部長じゃないくせに調子のんなやゴルァ」ジタバタとその場で暴れながら、あたしは頑なに頷くのを拒んでいると、幸村はガッとあたしの顎を掴んでニコリと微笑んだ。「あーあ…」やっちゃった、と言わんばかりの丸井の憐れみの声が耳に入った。


「俺はあの事まだ怒ってるんだからね」


彼の台詞に若かりし頃の恐怖の思い出が頭を駆け巡る。背筋が一瞬にして凍りついた。


「…しゅみ、しゅみますん…!」
「今年はマネージャー入らなかったんだよ。だから部長に臨時で良いからマネージャーをしてくれる子を探すように言われてね。良い子がいるって、部長に言っちゃったからさ」


「やって、くれるよね?」
そんな笑顔で言われて断れるわけがない。ここで首を横に振ろうものなら確実に顎がパーンする。恐怖に負けたあたしは仕方なく頷くと、彼は良かった、とあたしから離れた。部長に伝えてくるよと相も変わらずジャージをなびかせてその場から去って行く。


「怖えよ。マジで幸村怖えよ」


痛む顎を両手でさすりながら幸村の背中を見つめる。この泣く子も黙る様がここまでビビる人間は他にはいないだろう。
いつの間にか丸井や仁王以外の見知った人物がテニスコートにちらほら姿を表していた。大半は今のやり取りを見ていたらしい。憐れみたっぷりの視線が心に突き刺さった。


「死にたい」
先輩、まあいいじゃないッスか。俺達と一緒にいれるんですよ?」
「赤也…中学卒業できたんだな」
余計なお世話だちくしょう


かなり離れたところから様子を伺っていたビビリ赤也も幸村が去ったのを見てようやくこちらへ近づいて来た。男の癖に情けないぞ。


「あーやだよーやだよー雑用やだよー」


あたしはグリグリと丸井の背中に頭を押し付け、彼はうざったく思ったらしく逃げるように前に歩き始めた。それでもめげずにあたしは彼の背に頭をあてながらついて行く。「仁王これ何とかしろ」「キコエマセーン」「ふざけんな」


「ちょっとバカなこと言ってないで、あたしに何か優しい言葉をかけやがれ。でないと今すぐ何かが粉砕しそう」
「粉砕しろ」
「はいパァアアン!あたしの心が粉砕しましたあああ!弁償しやがれ丸井っ」
「いや、心じゃなくて顔面が粉砕してる」
「ええええ!おま、顔面がってどういうことだよ、つうか顔面を粉砕ってどうやんだよ逆に聞きたいわ!」
「あーうるさいうるさい」


あたしの頭を取り押さえて丸井は向こうへ押しやったので、仕方がなく仁王の方へ翻った。「仁王おおおお前だけだよ!」「なんか来た」「なんかとはなんだテメエエ」「先輩言ってることめちゃくちゃじゃねえか


仁王もあたしの額を手のひらで押し返してまあまあとやる気のない声であたしを宥めた。おいコラ欠伸してんじゃねえええ。かったるさ全開じゃねえか!そんな仁王があたしの対応に困ったように首を捻らせて、それから何かを思いついたのか、おもむろに口を開いた。それは彼なりの最大の慰めの言葉らしかった。


、どんぐりマイフレンド」
「…仁王先輩何スかそれ」
「え、ドンマイらしい」


今世紀最大の嬉しくないドンマイだった。

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(130428_流石のあたしでも幸村は怖いです)