残りの夏休み!:21
正直、試合の途中で立海が負ける等と予感めいた何かを感じていた自分に、幻滅していた。何故最後まで信じてやれなかったのだろうか、何故応援の一言さえかけてやれなかったのだろうかと、私は壁の得点板を睨みつける。
6-4――幸村の負けであった。
何故この私がこんな思いを感じているのか分からない。これじゃあまるで、試合に執着しているみたいじゃないか。しかし、込み上げてくる何かを押さえ付けようと必死で堪えている『私』の裏で冷静な『私』がいる事も、確かな事実だった。


「皆、すまない」


ベンチへ戻って来た幸村は小さくそう呟いた。勿論、彼を責めるものは誰もいない。むしろ幸村を温かく迎える声ばかりだった。どんどんと幸村の周りには立海の選手達が集まり、私だけが後ろに取り残される。今の私の心は、悲しみでもいつもの冷静さでもなく、戸惑いが支配していた。
青学の選手の歓喜の声がとてつもなく遠くに聞こえる。私は幸村から目を逸らすことも出来ずに私は呆然とその場に立っていた。


「皆お疲れ様。すごくいい試合だったよ、ね、ソノちゃん!」
「ま、まあ良かったんじゃないの?」


が、ソノちゃんまでもが輪の中に混ざる。私はこのまま逃げてしまおうかと思った。頭がずきずきと痛み、息も苦しくなる。きっと私は病気なのだ。これ以上ここにいてはおかしくなってしまう。私が私でなくなってしまう、そんな気がして、黙って彼らに背を向けた。気づかれる前にと自然と早足になる。


「ねえ、もそう思うで、…って?」


どうやら運の悪いことに、話題が私に振られたようだ。名前を呼ばれてびくりと体を震わせた。逃げられなかった。その場にいる誰もが、今まさにその場から逃げ出そうとしている私に怪訝そうな眼差しを向け、アイツはマネジャーの癖に選手へ「お疲れ」の一言もないのかとか、冷たい人間だとかとぼそぼそとした言葉が飛び交う。私はとうとう動けずにいると、それに痺れを切らしたのか、私を連れ戻しにかかったのは原西ソノミであった。「アンタ何やってんのよ」彼女の言葉には私を非難する感情は含まれておらず、いつもの如く少しばかり呆れたようなため息が混じっていただけだった。そうであったからか、私はぎこちなく笑い、黙って彼女に腕を引かれた。


「ほら、マネジャーなんだから何か一言言いなさいっつの」


ばし、と背を叩かれてよろつくように前に進み出る。ばちりと目の前の幸村と目が合い、咄嗟に俯いた。
何か、何か言わなければ。頭の中にはそれだけがぐるぐると渦巻く。しかし今まで感じたことのないこの戸惑いに、もはやありきたりな台詞すら思い付かない。いつもなら『逃げるための言葉』ぐらいすぐに思い付くのに、どうした事だろう。ぐらぐらと目の前が歪む。それでも何か言わなければと、そうして私の口から出たのはお得意の嘘でも、皮肉でもない。
ただの嗚咽だった。


「…なに、…これ…っ」
…」
「ごめ…私も、何で泣いてるのかよくわかんな…っ」


周りがざわめき、こんな姿を大衆に晒すなど御免だからと、頬をジャージの裾で擦ったが、拭っても拭っても溢れ出る涙に、私はやはり戸惑いを感じながら、同時に悔しさも感じていた。


、ごめん」
「…何で、謝るの」
「俺達が、負けたから」


違う。違うんだ。幸村達を責めているわけではなかった。何度も首を横に振る。ただ悔しいかったのだ。私は知っている。コイツらが妥協も知らずに練習だけに全身全霊をかけていた事を。


「俺達だけじゃない、だって頑張ってただろ」


ふわりと向けられた笑顔に、堪らなくなって私はその場にしゃがみ込んだ。すると幸村の手がそっと私の頭に触れた。嫌になった?彼の言葉に私は微かに顔を上げる。


「こんなに辛い思いをしるなら、テニスになんて関わりたくないって、は思う?」
「……ううん」


無意識のうちに首を振っていた。


「『勝つ』先だけに何かがあるわけじゃない。『負け』は何かを失うって事じゃない。むしろ、得るものの方が多いよね。それを良しと取るか悪いと取るからその人次第だけど」


彼に教えられたよ。困ったように眉尻を下げた幸村は、リョーマの方へと視線を移した。私はこくりと頷く。


「でも、負けっぱなしじゃ王者の名が廃るからね。いつか必ずリベンジしてみせるよ。その時までは俺達について来てくれるよね」


その問いに、きっと私の選択権はないし、私自身も幸村の望む答えを選ぶつもりでいた。
いつの間にか涙は止まって、ごしりと目元を拭った私は大きく頷いて見せた。


「っ…イェッサー」




敗者は雄弁に語る
(こうして私達の夏は、)(終わりを迎える)

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ううううなんだこの話。ああ、秋の記録に入るので、アンケートはそろそろ締め切ります。ご協力ありがとうございました。

120311>>KAHO.A