残りの夏休み!:20
ドリンクだとかタオルだとかが沢山詰まったかばんを抱える。そうして私は、よたよたとバスのステップを下りれば、やはりそこに彼らはいなかった。今日は全国大会決勝戦の日であるし、試合前の調整の時間を多くとりたい気持ちは分かるから、先に行った彼らを責める事はしない。ただ、荷物持ちにジャッカルくらい残しておいてくれればと思っただけである。ため息まじりにそう独りごちて、ドーム型の会場を見上げた。今日で最後だとか、試合前の緊張等という特別な感情は抱いていない。そうであるはずなのに、会場への一歩が、私は、踏み出せずにいた。


「おいそこの雌猫」


ふいに飛んできたその言葉に、私に言っているのかと振り返る。そこにいたのは言わずもがなで跡部景吾だった。真夏だと言うのに長袖ジャージなんて着やがって、それでいてどこか涼しげであるから何となく腹が立つ。
私は彼が声をかけてきた意図が掴めずに、(私が手塚くんや幸村ならまだしも、ただいたからなんて理由ではないだろうし)一度下に置いていたかばんを持ち上げて、今日はお供がいないんですねと適当な話題を振ってみた。お供?怪訝そうに眉をひそめてから、ああと彼は頷く。


「樺地の事か」
「ふうん、樺地くんて言うんだ」
「別にいつも隣にいるわけじゃねえぞ」
「いやいや」


いつも一緒にいるから言ったんだよ。まあどうでも良いけど。私は近くにいたバスの運転手に礼を言ってから、跡部に先を急ぐのでと告げてその場を去ろうとすると、彼は私を呼び止めた。そうして私が振り向く前に抱えていたかばんをさらわれる。誘拐か。思わずツッコんだけれど、跡部にはスルーされた。


「ていうか何。持ってくれるとかそういう」


らしくないよ。そう小馬鹿にしても彼はすました顔で今日はそういう気分なのだと言い張った。さいですか。こうも私の挑発に乗ってこない人間は扱いづらい、というより、からかいがいがなくて面白くない。まあ、まず跡部にそれを求める事自体が間違っているのだろうけど。
彼は、私が頼むとも何も言っていないのに、かばんを持って行こうとするものだから慌てて、結構だと跡部の腕を引いた。なよっちいと思われたそれは予想に反して私が引いたくらいじゃびくともしない。一応、鍛えてるんだなと思ったのもつかの間、跡部は煩わしそうに私の腕を払った。


「こうでもしねえと、お前が怖じけづいていつまでも中に入ろうとしねえからだろうが」
「お…怖じけづいてなんかないよ。だいたい何に、」
「立海が負けるかもしれねえなんて思ってんじゃねえのか?」


びくりと私は体を震わせた。
…そうなのか。私は立海が負けると思っているのか。自身に問い掛けても答えは見つからない。ただ分かるのは、その答えがどうであれ、大会に執着心を持たない私からしたらどうでも良い話であるという事だ。しかし私の言葉に跡部は、どうだかなと口を歪めた。その表情に、心の蟠りがざわめきだす。跡部のこういう所が嫌いなのだ。何でも分かっている風な口を利く。


「…幸村に頼まれたんですか」
「何の事だ、アーン?」
「私の事を気にかけてやってくれとでも言われたか。私が何かに怖じけづこうが、どうしようが跡部には関係ないだろ」
「…おい、」
「私は跡部みたいにお節介な奴なんか嫌いだ。良い迷惑なんだよ。だいたい跡部だって私みたいな面倒なの御免でしょ」


何故声が震えているのか分からない。ぎゅう、とジャージの裾を握り締めると、てっきり怒ると思っていた跡部は突然笑い出した。わけが分からずに私は彼を見上げる。こちらが真剣に話しているというのに、コイツはすぐに自分のペースに巻き込もうとする、否、私が勝手に巻き込まれているのか。


「昔からそうなのか知らねえが、テメエの悪い癖だな」
「は…?」
「そうやって相手を遠ざけておきながら、ソイツが『それでもお前のそばにいる』とでも言ってくれるのを待ってるんだろ。そうやってお前は自分の存在価値や必要性を見出だしてやがる」
「…っ」


立海の奴らはお前の望む答えをくれても、悪いが俺はお前の期待に応える程甘ちゃんじゃねえぞ。付け足すように跡部はそう続けて再び歩きはじめた。


「だいたい、そりゃ嫌ってる人間に向ける顔じゃねえぞ、


―そんな縋るような顔すーな。痛々しいんばぁよ―
ふと甲斐君の言葉を思い出して、私は足元に視線を落とした。縋っているつもりなんてないのに。私は今まで散々都合の悪いことから逃げてきて、もうそれが『私』になってしまっているからこの性格が直るとは思っていないけれど、だからこそ私に逃げ道を与えてくれるような人は遠ざけるべきだと感じた。頼ってはいけない。どうせ頼っても呆れられて終わる事も承知だ。


「…ああ、そういや質問に答えてなかったな」
「…え?」
「幸村に頼まれるも何も、端から俺は、――テメエに世話を焼いている覚えはねえ。自惚れんな」
「…な、」
「…前にも言ったが確かにテメエは面倒な奴だ。…ただ、何かのために必死にもがいてるお前みたいな奴や、気が強い女は嫌いじゃねえよ」
「…なんだ、そりゃあ」
「…フン」


存外間抜けな声が出たと思う。そんな私に、跡部はそろそろ行くぞと促したから、私は彼らしくない台詞の意味を問えなくなってしまった。しばらくお互いが無言で、それでも決して気まずい沈黙ではなかった。跡部景吾とは不思議な男である。


「ああ、それとな、」
「うん?」
「俺様が以前渡したのは逃げ道じゃねえ。近道だと思え」


一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。しかしすぐにこの前、連絡先を教えた事だと気づき、自分の部屋の机の奥にしまい込んだあの紙きれを思い出した。逃げ道だと思い込んでいたあれが、近道?何の。否、答えは分かっている。私が求めるものへのだ。諦めるための道ではなく、進むための。


、お前まさか捨てたとか言うんじゃねえだろうな」
「不覚ながらとってあるよ。机の奥に」
「フン、お前にしては利口だな」


満足げに頷く跡部は会場内へ入るなり、私に荷物を押し付けた。最後まで持つとは言ってねえとでも言うように彼は意地悪そうに笑う。「後はテメエで運ぶんだな」あーはいはい。そうだろうと思ったよ。


「ありがとーございました。色々と」


わざとらしく深々と頭を下げて見せれば、彼はどうでもいいから行けとコートの方を指す。そちらへ向けば早く来いとばかりに私を手を振る彼らが見えて、だから私は彼らの方へ駆け出した。




誰かに背中を押してもらいたかった
(そういや、越前リョーマが見あたらねえけど)(ほんとだ、リョーマに変装してる人はいるみたいだけど)

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最近納得の行くマネジがかけない、だが更新する。

120311>>KAHO.A