![]() なんでこんな事になってるんだろう。 キコキコと自転車のペダルを漕ぎながら、私は後ろに座る仁王に一瞥をくれる。彼は私に背を向けて座っているため、こちらの視線には当然気づいていないようだが、いやはや一体いつの間に乗ったのだろうか。まあ、そんな事がわかった所で、私は彼をここから下ろすのは色んな意味で不可能であるし、下手したら自転車をパクられて終わるだろうから下手な事は言えないのだが。 そもそも全国大会も近いのに私(達)が自転車で街へ繰り出しているのには理由があった。 ▼ 「…、何とかしてくれよ」 本日の部活が始まってまもなくの事だった。そんな腑抜けた声を出したのは丸井ブン太である。 今日の午前は自主練とか言われていた気がするが、一体どうしたのだろうと丸井と、そしてその隣にいたジャッカルを顧みる。「…コイツがさあ」丸井がジャッカルを指し、指を向けられた本人は不服そうに表情を曇らせた。 「何だよブン太。ランニングの何が気にいらねえんだよ」 「気に入らないも何も町内なんて走り回ったら疲れるだろい」 「お前は何しに部活に来てるんだ」 どうやら自主練で彼らはランニングを選択したらしいが、何故だか今日はジャッカルの機嫌が頗るいいため、幸村に許可を貰ってグラウンドではなく町内を走りに行きたいと言い出したのだとか。は、どうでもよ。思わず口に出しかけた言葉を慌てて飲み込むと、言わんとしたことを悟ったのか丸井は私の足を踏み付けた。…お前。 それから丸井とジャッカルは馬鹿馬鹿しい事に、そんな理由で言い争いを始め、そこに現れたのは幸村である。彼は内容を聞いていたようで、私の肩にポンと手を置くと言った。「面白そうだから皆でやろうか」「「は?」」ちなみにハモったのは言うまでもなく私と丸井である。 それからは私達の反論も虚しくあれよあれよと言う間に私達は正門に集合させられた。 「は自転車使っていいよ」 「なるほど。皆を轢いて行けば良いんだね」 「やれるならやってみると良いよ。勇気があればだけどね」 「命が惜しいのでやめときます」 「それが良いよ」 こええ、幸村こええ。そうして小さく身震いした私は、ぷらんと首から意味もなくメガホンを下げて走り出した皆の後を追うべくペダルを踏み込んだ。 それから30分程町内を走り回り、私はそれに続いたが何分面白いことは微塵もないわけで、せっかく仁王から借りたメガホンも無駄になりそうだったので、私は片手にそれを掴んだ。景気付けに応援でもしてやるという気遣いである。 「じょーしょー立海大ーレッツゴーレッツゴー立か、……あーあー川の流れのよぉにぃ」 「何でだよ」 先頭の幸村が振り返った。いや、何でと言われましても何が何だか。首を傾げると何故か柳は走りながらクスクスと笑い出すし、仁王は気が抜けるなぞとほざきやがる。私演歌好きなんだよ。ファンなの。許してよ。 「…歌うにしてももっとテンション上がる奴にして下さいよ」 「赤也お前北島三郎ナメんなよ!」 「いや、それ美空ひばりだと思うけど」 「…お前演歌好きって嘘だろい」 「…く、バレたか…っ」 「最初から皆知っとるぜよ」 「…あーあー川の流れのよぉにぃ」 「もういいよ」 「あーあー川の流れの、」 「、お前さんそこしか知らんじゃろ」 ああ今頃気づいたか!私はここしか知らねえんだよ!メガホンで声を張り上げれば、何そのドヤ顔うざいとまで言われ、抵抗としてずっと声を響かせている私が幸村に言い渡された事がこれである。 「うるさいから買い出しにでも行ってきなよ。早く。部長命令だよ」 「喜んで」 「アイスシクヨロ」 「黙れ。足踏んだお前の分なんてねえわ」 「えーケチ」 そういうわけで私はランニングから離脱し、一人スーパーへ自転車を走らせていたのだが、それから荷台が重くなったのは数秒後の事だ。 「…何してんの仁王」 「疲れたから俺も行くぜよ」 「うーわー迷惑」 それから冒頭の話に至る。 「スーパーに行かせて幸村は何がしたいんだろうね」 「アイスの買い出しじゃろ」 「仁王はアイスとか甘い系食べる人なのか」 「まあ人並に」 「仁王って人だったんだ」 「…」 黙り込む仁王は放置して、頭では田中駄菓子店に行った時の事を思い出していた。そういやかき氷食べてたなあ。仁王はてっきり甘いものは食べない人だと思ってた。 やっとスーパーに辿り着いた私達は中の冷気に目を細める。あー生き返る。 「どうせ幸村か部費から落ちるから好きなの買うといいよ」 「おー」 だから買い終わったら入口にいてって事だったんだけど、仁王はどうやら私について来るようである。私はともかく仁王は立海ジャージだから目立つんだよな。とほほと私は肩を落とす。すると隣にいたはずの仁王が早速見えなくなり、後ろを顧みればそこにいた彼は私を手招いた。 「…試食コーナーですね。丸井じゃあるまいし、仁王食べたいの?」 「あーんしてみんしゃい」 「…は?」 「ほれ」 試食品を作るおばさんが目の前にいるにも関わらず、スプーンにのる寒天を私に突き出す。え、えええ何この羞恥プレイ。しかし拒めど彼は手を引っ込めなかったので、仕方なく口を開けば、うまかろ?なんて笑った。普通の人みたいに笑いやがった。 「何だその顔」 「…は?なん?」 「…別に」 「柳生にはこれ買ってけばええじゃろ」 ぎゅうと急に押し潰されそうになった心臓を押さえつけて、寒天単体で買ってくとか嫌がらせかと思うよと私は呟く。平然を装うには仁王は手強そうに見えて、しかし私のスキルは高かった。ばれなかったようだ。 ホッとして、それから私は逃げるようにアイス売り場へ歩きだしたのだった。 なにかが動き出しそうな (畜生。私はソノちゃんの言いなりには絶対ならない) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 中途半端な話。記憶力のいい人は()の意味が分かるかもしれない。 120309>>KAHO.A |