残りの夏休み!:18
初っ端からいきなり六角中と一悶着あった比嘉中に、青学は勝利したようだと伝えられたのは丁度立海の初戦である対六里ヶ丘戦が終わった直後の事だった。見慣れたからか立海戦にさして興味を示さずに青学の観戦に行った原西ソノミからの情報である。(ちなみには部活の大会に被って来れないんだと)
まあ準々決勝行きが確定したと言っても、まだ木手と手塚が試合をしているらしいが。正直どうでもいいな。
彼女の言葉にふうんと呟いて、私は頬コートの前に並ぶ立海のメンツに目を向ければ、彼等も比嘉の話をしていたのか、木手が殺し屋だのなんだのと、目の前に六里ヶ丘がいるのも忘れて口々に言い合っているのが見えた。ふと、六里ヶ丘の選手と目があう。言わずもがなで睨まれたわけだが。…めんどくさいなあ。


「ああ、ところで比嘉中ってどこなの?どんな人達?」


彼等の視線は気づかないフリを決め込み、ベンチに戻って来た真田達にそう問うてみる。実際興味は微塵もないが。すると真田が呆れたように私を一瞥した。「覚えていないのか、お前が宇宙人だなんだと騒いだ奴らの学校だぞ」と。マジか。ああ、でも青学が倒してくれたから、試合とかで関わる事はないよね、良かった。


「ていうか、ずっと気になってたんだけど、クーラーボックスが一つしかないよ」


ホッと胸を撫で下ろす私の隣で不意に幸村が口を開いた。えええうっそだあ。オーバーに声を上げてから確認してみるも、確かに一つしかない。おかしい。ソノちゃんと一つずつ持ってきたはずなんだけどなあ。ねえ、ソノちゃん。


「はあ?、覚えてないの?アンタに私の分も持たせたでしょ」
「………ああ、そういえば。…ていうか持たされたんだけどね無理矢理
「で、どうしたのよ」
「重いから一度向こうのベンチに置いてきて、また取りに戻ってこようと思ったんだけど、」


忘れてたんだな、なんて丸井が苦笑する。いや、だってさあ。重いんだよ、取りに行く気も失せるんだよ。お前らのドリンクが1人2本ずつ入ってるんだよ?ていうか、1本で我慢しろとか思う。ごねる私に、マネージャーだろ何やってんだよ的な視線が集まり、私は渋々頭を下げた。すんまそん。


「うええ、それで誰が取りに行くの」
お前だよ
「えええ!丸井じゃないの!」
「えええ何で俺ー」
「なんでもいいから、行ってきて」


びしりと指された方に視線を向けてから私は重い腰を上げる。ついて行こうか?とジャッカルの優しい声があがるも(うん、ていうかむしろジャッカルが行きなよ、一人で)幸村の、甘やかさなくていいよなんていう辛辣な言葉によってそれはないものとされた。鬼、鬼村。「は?何」「空耳空耳。行ってきマンボー!」


ちなみに私のテンションは明らかにおかしかった。





どこのベンチに置いたかな。はた、とそう思ったのは、私がクーラーボックス探しの旅に駆り出されてから約10分後の事である。その間私は何を考えていたかというと、別段何も考えていなかったわけで、10分間あてもなく歩いていたなんて、あな恐ろし。
どうすっかなあ、なんて回りを見回していると、不意にクーラーボックスを抱えた少年がよたよたと近づいてきた。あれは私がまさに探していたクーラーボックス。


「…あの、立海の方ですよね」
「そう見えたならそうなんじゃないですか」
「…え?」
「ああ、いえなんでも。それよりそのクーラーボックス、」
「あ、『立海大附属テニス部』って書いてあったんで落とし物かなと」


貴方が見つかって良かったですなんてニコリと笑った少年は恐らくどこかのマネージャーの子だろう。私はぎこちなく笑い返して、彼の手のそれを受け取ろうと手を伸ばした。しかし私の手は空を切る。一体何がしたいんだ。眉をひそめて見つめれば、代わりに少年は途中まで運びますなんて口を開いた。ああ、いや、別に結構です。


「それじゃあ行きましょうか」
「…だからいいって言ってんのに」


小さく舌打ちする私は前を歩く少年を睨みつけた。一年生っぽいが、この何に関しても全力だぜみたいな若々しいエネルギーが反ってうざい。それにしてもこの子は一体どこに向かってるのだろう。立海のメンツが私を待っている場所を知っているはずがないし、仮に知っていたとしても、それはこちらではなく真逆なのだが。
色々と腑に落ちない所があり、それでもそれを問いただす事も面倒に思えたので、黙って彼の後に続く。そんな私達の歩く隣のコートでは比嘉と青学の面々が揃っており、恐らく試合が終わっただろう雰囲気を醸していた。あの様子からして木手は負けたか。私はそう、ぼんやりと眺めていれば、ふとあの帽子宇宙人の視線が私に向けられた。ギョッとするや否やすぐさま目を逸らしたが未だ視線を感じるような気がする。根に持ってんのかなあ。やだなあ。
口を尖らせて俯いていると、前の彼が足を止めたのが視界に入り、私も釣られて止まって、顔を上げた。なんか大分人気が少ない場所に連れてきたね、君…って、何か見覚えのある顔がちらほらとおる。ていうか君達さっきまで戦ってた六里ヶ丘じゃんすか。


「せんぱーい、立海のマネージャー連れてきましたけどー」
「あー、お疲れさん」


ていうかお前らグルか。私はまんまとおびき寄せられたわけだな。
少年は目を細めて表情を曇らせる私に構わず、先程まで大切そうに抱えていたクーラーボックスを投げるように落とした。おおおお前ヒビが入ったらお前が幸村に謝りに行くんだからな!私は噛み付く勢いでがなり立てれば、それを遮るように六里ヶ丘の一人が私の前に立った。ソイツは間違いなく私がおしるこをかけた奴で。


「マネージャーさんよ、この前はどーも」
「おしるこかけられたくらいでリンチですか。お約束過ぎて萎えるわ」
「ハッワリイな、今俺達すこぶる機嫌悪いもんでよ」


いや、知らねえよ、つーか答えになってねえよとは言えず、私はただそうですかと頷く事しかできなかった。だって機嫌が悪いのって多分立海に負けたからだろうし。うーん、困ったなあ。リンチする相手を間違えてる気がするんだよね。幸村辺りをフルボッコなら話は分かるけど、いたいけない私をリンチなんて。いくら考えても解決策なんて微塵も浮かばず、こんなときに限ってギャグが思い付くなんて。
ああ、もしかしてギャグ披露したら仲良くなれちゃうかな。


「あの」
「何だ」
「ギャグを一つ」
「…はあ?」
「小松菜が売ってない。ああ、こまっつなー。…あ、困ったと小松菜をかけたんですけど、お分かりに、」
てめぇ馬鹿にしてんのか
「どひゃあああすいませんんん」


胸倉を掴み上げられてとりあえず助けを請うてみるが我ながら棒読みも甚だしい。それが余計彼等の怒りに触れたのか、拳を振り上げられた。一瞬、昔学校のベランダから落とされかけた事が頭を過ぎる。あの時はが助けてくれたんだよなあ。そう、抵抗もせずに拳を見つめる私の耳に、以前聞いたあの宇宙人語が飛び込んできた。


「おい、よせよ」


その場にいた私以外がハッと息を呑み、振り返る。帽子の宇宙人、だった。名前は知らない。知ってるのはリーゼント眼鏡星人・木手のお友達だってこと。


「…お前、確か比嘉中の、」
「甲斐裕次郎さー。やったーフラーな真似しないで、さっさと帰れよ」


甲斐と名乗った宇宙人はかったるそうに頭をかくと、私の腕を引いた。何語か分からなかったけど、どうやら助けてくれるようだ。「こんなの相手にする前に練習するのが利口やし。大体こんな事してっと、もう大会出らんなくなるさー」ぐっと言葉に詰まる六里ヶ丘。しばらく彼等は顔を見合わせていたが、ますます表情を暗くさせると悔しそうに私を睨んだ。覚えてろよ、そう吐き捨ててそそくさと去っていく。ああ、ごめん多分すぐに忘れる。
そうして六里ヶ丘が見えなくなってから宇宙人は私の手を離した。


「助けてほしいなら叫べば良かったさー」
「別に助けてほしいなんて思ってなかったですけど」


ていうか君私が嫌いなんじゃないのか。なのにどうして助けた。尋ねれば、彼はやっぱりよく分からないあの宇宙人語で、女がリンチくらうなんて何か後味悪いから的な発言をした。


「ま、もうあんな事はしないこったな」
「おしるこの事ですか」
「ああ」
「それは頷きかねる」


私の台詞に宇宙人は肩をすくませ、何も言わずに私に背を向けた。面倒になったんで帰るとかそんな所だろう。とりあえず礼は言うべきかと、口を開くと、彼は私を一瞥した。


「思ってもない事言わんでいいやし」
「ああ、ごめん癖で」


確かに思ってないけど、社交辞令とかいう奴だよね、落ちているクーラーボックスを持ち上げながら私は付け加える。すると彼は一瞬、目を丸くしてから、嫌なものでも見るような視線を私に浴びせた。


「…やーが、」
「はい?」
「やーが人に嫌われる理由が分かったさー」
「…」


嘲笑うように鼻を鳴らせば、甲斐君とやらは歩きだした。「わんはやーみたいなの、嫌いさー」怒らせてしまったようだ。つまりもう彼が私に関わる事はないと思う。悪い人ではなさそうだったが、私は何か彼の気に障るような事を言っただろうか。


「やー、そんなんだといつかアイツらに愛想尽かれて一人になるぞ」


は…。
彼の台詞に頭が真っ白になり、それと同時に後ろで幸村の声が聞こえた。私が遅いので気になってきたのだろう。最近皆私を総出で探しすぎている気がする。うれしくない、わけじゃないけど。…だけど、このままの私だと、それがなくなるというのか。私からコイツらが離れていくというのか。だってコイツらは私を待つと言ったんだぞ。エゴから抜け出すのを手伝うと言ったんだ。


こんな所で何やってるんだ」
「…」
「…ああ、君は確か比嘉中の甲斐だね」


何かあったの?私達を交互に見る幸村の声を遮るように私は歩み出て甲斐を見据えた。
お前に分かるものか。


「別にお前にどう思われようと知らない。コイツらは裏切らない。私にはそんな『立海』があれば良いんだもん」
「それなら誰にも嫌われたくないみたいな、そんな周りにすがりつくような顔すーな。痛々しいんばぁよ。大体ぬーがその考え方は。中二病にも程があるやし」
「ち、中二びょ…!?」
「違うんばぁ?」


小馬鹿にしたような視線を向けられた私は口をつぐみ、そんな私の隣で幸村はなんとお腹を抱えて笑い出した。


「…え、ちょ、幸村」
「んじゃわん帰るさー」
「びっくりするほどフリーダム!」


言いたいこと言えてスッキリみたいな顔をした甲斐はさっさと去ってしまい、残されたのは私と爆笑中の幸村とクーラーボックス、である。


「…あの幸村、」
「あははは!確かにどこにでもいる『中二病』の子だよね、は」
「ええええええ」




とんでもねえなあ!
(つまりね、)(自分は特別ダメな人間なんて思わなくて良いって、)(そういう事)

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意味不明な話。ていうか、何故かこの話消えてたのでまたあげなおしました。

120309>>KAHO.A