残りの夏休み!:17
ついに全国大会が幕を開けた8月某日。私は選手宣誓だとか会長の下らない話だとかを右から左に受け流しながら、隣でぼやくソノちゃんに目をやった。どうやら彼女はここに連れてこられた事が不服らしい。何で私がと口を尖らせる彼女に、同じく私が連れてきたがまあまあと宥め始めた。


「だいたい、立海はシードだから今日は試合ないんじゃないの?たかが開会式にわざわざ呼ばないでよ」
それすっごい同感
マネージャーのお前が同感してどうする
「うええ」


しかしながら私だって来たくはなかった。今日することと言えば入場してきた彼らを見ることだけなのだから。ふと顔を上げた幸村と目が合う。よくここにいると分かったな。流石神とか思いながらとりあえず手を振ってあげると彼は微かに微笑んで再び顔を前に戻した。
まったく、楽しそうな表情してやがる。


「私先に出てる」
「え、ちょっ!」


席を立つと彼女達の制止も聞かずに外に向かって歩きはじめた。後でソノちゃん辺りにぐちぐち言われるだろうがその時はその時だ。どうにでもなる。それにあと数分で開会式も終わるだろうし、試合会場内をぶらぶらしていれば問題なし。多分。

コートは大分閑散として見えた。これで選手がやって来れば活気に満ちるだろうが、去年も経験しているにも関わらず、どうにもその想像ができない。足元の石を蹴飛ばしてから、私は目が痛くなるくらいの真っ青な空へ顔を向けた。
全国大会なんて大嫌い。
口の中で自ら転がした言葉に自虐的に笑う。一人ぼっちに感じてしまうのだ。全国大会に対して皆がかけるそれと同じだけの感情が、熱意が、抱けない。だからおいてけぼり。


「…帰りたいなあ」
「疲れたのか」


丸井の声だ、と不意に投げ掛けられたその台詞に私は振り返った。彼はお得意のガムを膨らまして私を見つめている。開会式の会場からは選手達がぞろぞろと出てきていたから式は終わったのだろう。幸村達は?と問うと、どうやら皆で手分けして私を探していたんだとか。ご苦労な事である。
電話すれば良いのに。…あ、電源切ってるんだった。
丸井は私がいたことを報告するためか携帯を開き、メールを打ち終わるなり私の腕を掴んだ。


「よっし、偵察行くぞ」
「…偵察?え、皆と合流は、」
見つけたらすぐ自由時間にして良いんだとよ。だから他校の視察すんだよ」


じゃあ達は?私が尋ねる前に、彼はアイツらなら適当に会場ぶらついてから帰るってさと歩きはじめた。まあ今日は立海の試合はないしそれが良いだろうが、私も彼女達に便乗して一緒に帰りたかった。丸井は偵察する気満々そうだし、恐らく抜け出すのは不可能だろうな。
しょぼんと口を尖らせて前を歩く丸井を見つめていると、突然彼は足を止めた。「いっこ約束しろ」


「…何。突然」
「俺に隠し事すんな」
「…えええええすんげーいきなりだし、嫌だ」
約束しねえと幸村の花におしるこ零した事も、真田の教科書に落書きしたのもバラす
「おま、えええ!」


そういや丸井にもこの弱みを知られていたんだと、赤也が熱中症になった日の事を思い出して私はがっくりと肩を落とした。横暴だ。仕方なく私は首を縦に振り、すると丸井は丁度六里ヶ丘が試合をしている前のベンチに座って自らの隣を叩いた。遠慮がちに腰を下ろす。


「こんなこと約束させたのは理由があんだけどさ」
「まあそうでしょうね」
「最近お前の様子が変だったから」
「…と、言いますと」
「元気ねえじゃん」
「いやあ、気のせいじゃないですかね」
「…」


じと目だ。この目は合宿の時にも見た。すべてを見抜いている目。ほんとに厄介なのを友達に持ったよ私は。このままではどうせ私の弱みをバラす気でいるのだろうから、私は渋々口を開いた。「分からないんだよ」と。


「皆と同じ様に勝負に執着できない。中学最後の全国大会?それがどうしたの?…そう思ってる。なんだか私だけ、こう…心が孤立してるというか」
「やっぱなー。そうだと思ったぜ」
「……呆れたかい」
「別に、今更だろい」


さいですか。ある意味酷い事言われた気がするけど、まあ本当に今更なので特には触れない。丸井は苦笑して私を見つめると、いいんじゃねえ?と言った。大会に執着できなかったとしても、それに関してどうしたら良いか悩んでいるのなら、その悩みを気にせず放っておいているよりよっぽどマシだと。


「俺さ、思うんだけど多分それも一種のエゴなんだよな」
「…エゴ」
「今は分かんねえけど、は人を信じるのが怖いだろ。何かに深く関わって後で傷つくのを怖がってた。だから傷つく傷つかない関係なしに、本当に何にも執着できなくなったんじゃねえのかな」


ベンチの背もたれに身体を預けて、彼は頭を後ろに倒し空を見上げた。「前よりは大分仲良くなったけどさ、俺、まだと若干キョリ感じちゃってんだよな」ちらりと一瞥する丸井に、私は肩をすくませる。
そんな事、私だって思っている事だ。丸井はたまに淋しげな表情をする。その真意が分かるまではきっと、このキョリは埋まらない。小さなキョリであるけれど、丸井自身がその隙間への不可侵を決めているのだ。自覚があるかは知らないが。


「俺はがエゴを完全に捨てられるまで待つつもりでいるけどな、」


丸井はがばっと身体を起こすなり、私の首に腕を回して引き寄せた。至近距離で丸井と視線が絡まる。丸井はふて腐れたような表情を浮かべていた。


「いい加減懐けってんだよ、待ちくたびれるだろい馬鹿


頭突きもいただいた私はすぐに解放され、額をおさえる。痛い石頭。石あたまるい。「うるせえ」痛っ。ごめんて。
ベンチに膝を立てて、私は未だ機嫌が悪そうな丸井を横目で伺う。
こいつは鋭い癖に変な所鈍い節がある。そう考えると、やはり幸村程の洞察力を持つ者は彼以外に存在しないのだな、なんて幸村がある意味恐ろしく感じた。アイツは何でも気づくから。そんな私の隣のにぶちん丸井に、私はやれやれと肩を竦める。馬鹿だなあ、丸井って。呟きながら彼に頭を預けた。びくりと丸井の肩が跳ねた。


「…確かに若干壁があっても、今一番心が許せるのは君なのに」
「…あれ、俺もしかして口説かれてる?」
違う


勢いよく立ち上がると私は、やはり幸村達と合流しようと丸井を促した。ここにいても意味がない事が今までの会話内容で判断がついたからだ。丸井はぎこちなく頷き私に続くように立ち上がったが、ふと思い出したような口ぶりで「彼女」の名前を口にした。


「でも、は、…お前一番の親友だろい?」


私は答えない。
今は分からない事だらけなのだ。
は、私の一番の親友?本当に?即答できていた質問すら答えを見つけあぐねる状態だ。


「…、」
「よく分からないの。ただ言えるのは、」


私が今、もしまだあの時と変わらず、エゴで身を固めていた人間だったなら、迷わずこう言うだろう。


は――いらない」


実際は自分が今そう感じてるのかさえ分かっていないのだけれど。



その時ふと、目の前のコートの向こうの、見覚えのある「誰か」と目があった――否、睨まれたような気がした。




そうやってなにもかもあきらめたフリして
(あれは確か、私がおしるこをぶっかけた、)

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全然進まなかった。ブン太を応援する声が多いので出してみました。

120219>>KAHO.A