57限目_その後のあたし達は、その2



「あらあら、さんまでお見舞いに来てくれたのね」


あたしは結局意を決して、放課後お見舞いへ行くことにした。丸井の家には彼のお母さんだけがいて、丁度夕飯の買い物へ行くところらしかった。あたしはどうせなら買い物が終わるまで心配だからついていてくれと言われて、なんだか出来過ぎているなあと、妙にあたしを家に残そうとする丸井のお母さんをこっそり怪訝に思った。
もしかしたら昨日仁王あたりが喋ったのだろうか。ちくしょう皆して余計なことを。
まあ悪態をついても仕方がないので、申し出を引き受けることにはしたのだが。

いつも思うが丸井の部屋は思いの外片付いている。やはり兄貴をしているだけあって、根はしっかり者なんだろうと思う。薄暗い部屋に丸井の少し苦しそうな声の混じる寝息が聞こえる。彼の枕元には下手な折り紙がばらばらと並び、おそらく弟達が丸井を心配して作っただろうことが見て取れた。その割りに小学校から帰って来るなり遊びに飛び出して行ったらしいけど。ちゃっかりしている。
あたしはテーブルに置かれた一口だけ齧られた林檎を一瞥して、あの彼が何も食べれないくらい憔悴しているのかと余計に体裁が悪くなった。
そっと丸井の額に手を当てると、彼は身をよじってから薄目を開ける。


「あ、ごめ、起こし…」
「母さん…?」
「いや、あの、」
「…おれ、」
「…」
「…もうしぬ、しのう」
「…」


いやいやいやいや!気をしっかり!あたしはお見舞いにと買ってきたスポーツドリンクやらゼリーやらをばらばら鞄から出して慌てて並べていると、彼はそれはもう力のない声で「あー…もー…」なんてごにょごにょ言い続けている。


「…にきらわれた」
「…は」
「……きらいって、いわれた」
「…」
「…そういえばまえに仁王もいってたわ女々しいと嫌われるって」
「…」
「…おれもうどうしよう」


これか!と思った。
丸井のお母さんが事情を知っていそうな顔だったのはきっとこんな彼の独り言をばっちり聞いていたからかもしれない。


「丸井」
「…ん、」
「あたしは丸井のこと全然嫌いじゃないよ」
「…」
「…」
「ちょっと待ってお前誰」


やけにはっきりした声と共に、壁を向いていた丸井の身体がもそもそとこちらへと向き直った。布団の間からあたしを捉えた丸井は、熱っぽい手をひょろひょろとあたしの頬へ伸ばすと、どうしよう本物だとそんなことをいった。


「あたしは丸井のこと大好きだよ」
「…嘘」
「嘘じゃないよ。あれはほら、なんつうか、冗談ていうか」
「じー」
「…丸井が他の子の手伝ってるのにムカついて」
「なにそれ」
「あたしだってわっかんねえよ」
「お前俺のこと好きなの?ライクじゃなくてラブなの?」
「いやそういう意味では好きじゃない」
「……ほらやっぱりきらいなんだ」
「だあああもう違くて!」


丸井は眉をしかめて顔を出していた隙間を素早くシャットダウンした。すっかり顔が見えなくなった丸井に、ガキかいと肩を竦める。いやでもこういう彼の構ってちゃんみたいに子供らしいところは嫌いじゃ無いよ。


「ちょっとムカついて言っちゃっただけ、本心じゃないよ」
「…」
「あたしはあんた達程仲間思いでかっこよくて強い奴知らないもん」
「…俺の方が仁王よりかっこいい」
「う、うん。そうだな。かっこいいかっこいい」
「うん」
「…あのさ、あたしが丸井のこと嫌いになるわけないだろ。好きに決まってる」
「…もっかい言って」
「大好きだってば」
「耳元で」
「調子のんな」


思わずついいつもの調子で殴ろうと構えた手を、あたしは慌てて抑える。彼はケチだなあとあからさまに不機嫌そうな顔をして、それなら、とかけ布団を少し持ち上げた。


「添い寝」
「はあああ?」
「俺の硝子のハートを傷付けたお詫びをしろ」
「調子のんなって言っただろ」


それにお詫びにアイスとかたくさん買って来たんだから。あたしはそう先ほど並べた食べ物を順番に挙げていっていると、突然腕を引かれて彼のベッドの方へ倒れたあたしは、その中へ引き摺り込まれた。


「おま、なにして、!」
「食い物じゃなくて添い寝しろって言ってんの」
「ふざけんな!何されるか分かっだもんじゃ、」
「はーん、何って?何想像したんだよ」
「しね!」


額がぴたりとくついて、あと少しで唇が触れそうな距離にいるあたしは、必死に身をよじる。にやつくなうっぜえ…!


「心配しなくてもの嫌がることはしねえよ、…まだ」
「ちょっと待て」
「だってお前なんだかんだで俺のこと好きだろい」
「…何言ってんだか」


目をそらして呟くと、彼は小さく笑ってから、あたしをぎゅっと抱きすくめた。熱い息が耳にかかり、ぞわぞわと変な気分になる。なんだかこのままじゃおかしくなりそうだ。


「あーなんつうか、俺このまま治らなくてもいいかも」
「ふざけんな、ばか、ばーか」


こっちは心配したんだっつうの。あたしのせいだけど。あたしはもう離れて行かないように、と、彼の背中に腕を回してぎゅうう、とシャツを握り締めるて彼の胸に顔をうずめる、代わりに丸井の腕の力が緩まった。


、そこまでサービスされると俺我慢できなくなる」
「は、っ、あ、いや!ちが!」
「ぐはっ」


背中に回していた腕を慌てて離すと、あたしは丸井の腹に蹴りを入れて大きく距離を作る。代わりにあたしはベッドから落ちたわけだが、そこは今はさして問題ではない。
ベッドの中で背中を丸めている丸井は、表情を歪めながらベッドの下に転がるあたしを見下ろした。


「期待させといて一体なんなんだよお前!」
「期待なんてさせてねえわ!」
「あんなことされたら私をどうにかしてって言ってるようなもんだぞ!」
「い、今のは雰囲気に飲まれたんだよ!」
「はー、じゃあお前は雰囲気があれば誰にでもこんなことすんのか」
「ほ、他の奴にはこんな『隙』見せない!」
「…」
「…」


大声で怒鳴ってから、あたしはハッと口を押さえた。こんなことを言ったらまるで丸井には隙を見せているみたいではないか。
彼は急に黙り込んで、しばらくあたしを見つめてから、ゆっくりと口を開いた。


「『好き』なだけに?」
分かった、しんで?



( 次の日、丸井はすっかり元気になって学校へ行き、代わりにあたしが知恵熱を出した )





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(140506_明るいスクールライフのススメ)
番外編でした。ただのギャグにするか、丸井君寄りにするか迷って結局こうしました。リクエストありがとうございました。