「うひい!!」


空気を裂くような雷鳴に、隣にいた堀尾君は恐々と窓の外の土砂降りの雨へと視線を移す。午後の練習が終わった後に急に降り出した雨は、どうやらしばらく止みそうになかった。「もう、この嵐がおさまってくれないと洗濯物も干せないよな」ぼやく彼に同意をしながら二人でため息を零すとその時追い打ちをかけるように黒部コーチからの業務連絡が入った。雑用係の四名は宿舎のシーツ、枕カバーを交換しておくようにとの事だったが、この雨だと洗濯をしても乾かすのが大変そうだ。


「…へいへい、ていうか、雑用やるためにここに来たわけじゃないんだけどなー」


何か言いたげに彼が私を一瞥する。さしずめ私が無理矢理合宿所に彼らを入れて雑用係にした事を恨んでいるのだろう。今更逃げる事などできないから別にどう思われようが構わない。彼の視線を流してそう言えばと口を開いた。


「君達は何のためにここに来たわけ」
「え、ああ、浦山と壇は先輩を見に来たんだと思います。俺は越前に頼まれごとをして、あ!」
「何?」
「その事すっかり忘れてた。越前に荷物渡しに行かなきゃ…」


彼は荷物を取りに行きたいから先に浦山達と合流をしていて欲しいと申し訳なさそうに頭をさげる。一体リョーマは彼に何を頼んだのだろう。まあいいか。邪魔だろうから彼が持っていた段ボールを引き受けて、私は先にロビーの方へ向かう事にした。部屋に寄るだけだから彼もすぐに来るだろう。
場所に着くと、既に二人がカートに枕を回収していて、私を見つけるとホッとしたようにこちらに手を振る。


先輩が来て良かったでヤンスー」
「ああ、女子部屋のは私が回収しないといけないんだな」
「そうなんです。お願いしますです」
「あいよ」
「そう言えば、先輩堀尾君は?一緒じゃないんですか?」
「あー彼は、」
「おい太一、洗面所のハンドソープがねえぞ」


私の声を遮るようにして現れたのは亜久津君だった。「亜久津先輩お疲れ様です、えっと、ハンドソープは…」彼は助けを求めるように私を見たので、場所が分からないのだろう。肩をすくめて予備の倉庫にある事を伝えようとした。しかし、その前に堀尾君の声がそれを告げ、私達はそちらへ顔を向ける。大きなショルダーバッグを抱えた堀尾君がそこにはいた。もう戻ってきたのか。それにしても、ずいぶんでかい…そんな事を考える私の横で、それから亜久津君はモンブランがない事も文句を言ってきたのだけれど、上手く堀尾君が対処をしていたので私が出る幕はなかった。その後も突然現れた乾君の乾汁の材料の対応もしているからたまげたものだ。前に、材料の手配を頼まれてあんな汁に協力したくなかったから私は断ったのだが、まさか堀尾君を利用するとは。


「堀尾君凄いね!」
「堀尾君は今やこの合宿所一の事情通でヤンス」
「いやあ、先輩には負けるって!」
「まんざらでもなさそうだけどね」
先輩が凄いのは洞察力だけでヤンス。無理に褒める必要はないでヤンス」
「おいコラ浦山テメエ」
「じょ、冗談でヤンスー」


失礼な後輩を持ったものだ。頭のトレードマークを鷲掴みして睨みつけると、二人が慌てて私を止めに入った。ちょんまげ、命拾いしたな。いつまでもこんな事をしてはいられないと堀尾君がもっともな事を言ったので、仕事に戻る事にした。


「それじゃあ私は女子部屋から枕回収してくる」
「あ、俺は越前に渡す物があるから、…ごめん、すぐ戻るからちょっとの間頼む!」
「それはいいですけど、」
「じゃあ途中まで一緒だから堀尾君行こう」


そうして私達はばらけたわけだが、その後彼はリョーマの、私は自分の部屋へと向かったわけだ。しかしタイミングが悪い事に、堀尾君はリョーマに会えなかったらしい。リョーマの部屋の前で彼は重い荷物を背負い直して、小さく息を漏らしていた。可哀想だが、私も枕を抱えてるから助けてはやらないぞ。


「どうする、もう少し探すかい?」
「良いんですか?」
「まあサボれると思えば」
「はは…じゃああと少しだけ」


そういう訳で私達のリョーマ探しの旅が始まった。どうやら、部屋にいた金ちゃんはレストランでご飯でも食べているのではと言ったらしいので、とりあえずはそこから向かおうか。


「…あの、先輩」
「うん、何か叫び声が聞こえるね」


進んで行くうちに、レストランの方から誰かの喚きが聞こえたので、私達は互いに顔を見合わせた。多分、この声の主は田仁志君ではなかろうか。あまり厄介な事には関わりたくないのにと、ごちながらもそういうわけにもいかないので、私達はレストランへと向かう事にした。中では案の定、田仁志君が床で子供のように「ラフテーラフテー」と駄々をこねていた。正直引いた。確かラフテー、というより食材のほとんどがこの嵐で搬入が遅れていて残りがない状態だった気がする。


「ラフテーラフテー!」
「いいじゃないか、それくらい」
「合宿が終ればいくらでも食べられるし、焼肉なら食い放題じゃねえか」


仲介に入ろうか迷っていると、そこに大石君と赤也が彼を宥めに入った。しかし依然として彼はラフテーを譲らない。めんどくさい。長年の勘で、これは下手に首を突っ込むと酷い目に合うと感じた私は引き返そうとしたのだが、なんと堀尾君が申し訳なさそうに彼らの間に入って行ってしまったのだ。「あのう、その焼肉も今品切れなんです…」彼はやらかした。そんな言葉にはいそうですかと納得する奴らではないと理解しているはずなのに。肉がない事実にキレだした二人はめちゃくちゃな言いがかりをつけ始める。


「あああ、めんどくさい!ちょ、落ち着け、二人とも」
先輩はちょっと黙って下さいよ!」
「お、おう、赤也。…じゃなくて真田なんとかしてよ!」


レストランの端のテーブルで呑気に茶を啜っている幸村と真田の姿を見つけた私は彼らに助けを求める。幸村はともかく、真田は無視をする酷い男ではないので、彼はがたりと立ち上がるとお馴染みの「たるんどる!」という怒鳴り声を浴びせた。ちなみに幸村は何事もないようにスルーしている。


「先程から聞いていればラフテーだの焼肉だの、それぐらいの事でうろたえおって」
「そうだよく言った真田」
「フン、嵐が止むまで我慢すれば良いこと。そもそも、肉料理がすべてないわけでもあるまい」
「ないよ」
先輩、」
しまった


つい出てしまった言葉にバッと口をおさえると、真田は固まって微動だにしなかった。「…あの、真田」「…あ、ああ、すまない。五感を奪われていたようだ」「俺は何もしてないよ」二人のやり取りも早々に、真田はよろよろとこちらへ来ると、もう一度言ってくれないかと私の肩を掴んだ。…いや、だから肉料理は食べられないんだって。


「たわけえええ!」
「ひええええ!先輩いい!」


完全に真田にビビった堀尾君は私の後ろに逃げ込み、酷いことに私を前に押し出す。いやいやいやいくら同じ学校でも怖いものは怖いしね。私が持ち検の時に、真田に怒られないようどんなに工夫したことか。それぐらい怖い。


「貴様、肉を食わずして一体何を食えと言うのだ」
野菜でも食ってろよ。魚だってあるだろ
「そんな物で腹が満たされるか馬鹿者が!」
我慢しろよ!皆同じなんだから仕方な、
「待てぬ!待てぬわあああ!ぬあああああああ!」
うるせええええ!


めんどくさい超めんどくさい。これは逃げるしかないと堀尾君を連れてこの空間から脱出を測ったのだが、またしても堀尾君が私の足を引っ張る要因を生み出していた。それはリョーマに渡す予定の荷物だった。突然私達から鞄へと注意を逸らした真田が鞄の中身を問うたのだ。私もその答えをしらない。堀尾君はそれを見せようとはせず、それが逆に彼らに肉が入っていると思わせてしまう原因となった。馬鹿野郎。


「寄越せええ肉ううう!」
「ぎゃああああああ」


幸村はどうして助けてくれないのだろう。鞄を担いだ堀尾君と枕を抱えた私は半泣きでレストランを逃げ出した。後ろからグングンと近づいてくる真田達に私達は顔を青ざめる。堀尾君の体力はどれくらいあるか知らないが、この数日見てきてどう考えても、後ろにいる運動馬鹿共に勝てるような能力を有していない事は明白。もちろんそれは私も、というより私の方が尚更かもしれない。


「あっちへ行ったぞ!」
「うええまじかよ、このままじゃ逃げきれないじゃんかあああ」
「すいません、俺の責任で…」
「そうだよ、だからここは責任を持ってここに立ってな。私は逃げるよ、ばいばいびー!」
「ええええ薄情過ぎる!」
「恨まないでくれ。では、…のわ!」
せんぱ、っうわあ!」


逃げようとした私と囮にするはずの堀尾君は、そんなやり取りの途中で誰かに捕まえられ、かなりの力で後ろに引っぱられた。もう追ってに捕まってしまったのか、焦る思考の中、私が視界に捉えた人物は意外な人だった。



うさぎと追いかけっこ
(後半にー続く!)

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( DVD7巻の割とそのままな内容です / 130828 )