「…てな事があったんだけどね、どう思う」


甲斐君から突然キレられた晩から二日程経った日、今日は仕事が早く片付き、思いの外昼休憩が長く取れたので久々にに電話を掛けてみようかと、私は携帯を片手にラウンジに出た。まだまだ皆はレストランで昼飯をとっているようで、ラウンジは静かで電話をするにはちょうど良かった。電話が繋がるなり、私はに先日の甲斐君とのやり取りを聞かせ、一体何がいけなかったのかと問うてみる。


『そりゃ、あんたがいけないでしょうよ』
「えええどうして」
馬鹿ねえ、そんな事も分からないの?』
「あれ、ソノちゃんもいるの」
『一緒に外食してるの』
『あんたの間抜け話もスピーカーホンで丸聞こえよ』
「私別にそんなに間抜けではないと思うけどね」


久々に彼女の悪口を聞いた。元々ソノちゃんの悪態に腹立たしさを覚える事はあまりなかったけれど、久しく聞いていなかったその調子に、何だか懐かしいと私は携帯を片手に思わずほくそ笑んだ。まだたった数日しか離れていないというのに。相変わらず私の事をフルネームで呼ぶ事を疑問に思いながら先程の質問の答えを尋ねる。返って来たのはソノちゃんの声だった。


『あんた夏合宿を思い出して見なよ』
「えー忘れたよそんな昔の事」
『あのねえ、…本当に好きなのに、相手には嫌いだろって疑われるの腹が立つでしょ』


そう言われて、私は夏合宿での皆とのいざこざを思い出していた。私もあの時は立海の皆に他の学校が好きならどうたらこうたらと正直白目を剥きたくなるような言葉を浴びせられた気がする。うん、それは腹が立つなと妙に納得した。


「でも私の顔見るとすごく嫌そうな顔するの。まるで誰かを彷彿とさせるような」
『そりゃの顔を見て喜ぶ奴なんてそうそういないわ』
「ああ、そうだよ君だよ」
『はあ?』
「君と甲斐君の雰囲気クリソツですがな」
『甲斐君を見る度にソノちゃんを思い出すんだって良かったね、ソノちゃん』
冗談でしょ?


ん、あれ、ちょっと待てよ。つまり甲斐君とソノちゃんが似てるという事はきっと彼もソノちゃんみたいにツンデレで、ツンツンしてるのは愛情の裏返しという事にならないか?なる、なるよ、なるほどね。彼が私を見て嫌な顔をする意味が良く分かったよ。ソノちゃんイコール甲斐君イコールツンデレイコール私が好きという奇妙な方程式を立てた私は肩を竦めた。やれやれ人気者は困るぜ。


「照れ屋さんが多いんだね」
ね、その私がが好き前提で話すのやめてくれる
「ソ、ソノちゃんが私を好きじゃないとこの愛の方程式が成り立たないよ!」
一生成り立つな、頼むから。つうか意味わかんねえし
が通常運転で安心したわ』


電話の向こうからソノちゃんの文句に混じっての楽しげな声が聞こえて来たので私も満足である。二人とも元気そうで何よりだ。私は時計を確認すると、そろそろ皆がレストランから移動してくる時間だったので、電話を切ろうとしたのだが、それを少し厳しめな声でが制した。直感で最後の最後に小言でも聞かされるかと身構えれば、彼女が言ったのは一言。


『その子に謝りなさいよ』
「ええええええめんどくさあああ」


腹の底からブーイングが出てきた。!との怒鳴り声が飛ぶ。マジかよオカンかよ。携帯を少し耳から離してハイハイと雑に頷いていれば、今度は聞いているのかと、がなるので困ってしまう。どうして皆はそんなにガミガミ言うのだろう。私が心配で仕方ないのだろうか。


「私は一人でもしっかりご飯食べてますよ母さん」
『誰もあんたの飯の心配なんぞしてねえわ』
「じゃあ何を心配してるの」
『お前の友達をな。不憫で仕方ないわ』


どうやら甲斐君が不憫らしい。知り合いでもない彼を気にかけるなんてもとんだお人好しである。聞いてる?という言葉にハイハイ聞いてるよと答えながら電話を切った。家に帰った時が怖いけど、まあ、何とかなるだろう。「いやだってジャッカルが」とか言っておけば全部丸く収まる気がする。ジャッカルが不憫。


「やれやれ、それにしても久々に私の声を聞けたって言うのにあの二人は説教ばっかで嫌になるよ。ああ、あれか、ツンデレか。仕方ないなあ、もー、」


伸びながら座っていたソファから立ち上がって部屋に戻ろうと後ろに方向転換すると、そこにいたのは丁度話題に上がっていた甲斐君だった。彼はスポーツドリンク片手にギョッとした顔で私を見つめていた。


「やーの独り言ポジティブ」


黙れば良いのに。


「どうでも良いけど、いつからそこに」
「友達が不憫とかいう下りから」
「うん、君の事ね」
「は?」
「いや、こっちの話だよ」


どうやら、そのまえの話は聞いていなかったようだ。少し安心して、ホッと息を吐く。彼はそんな私の様子に首を傾げなから電話は友達かと問うた。まるでお前には友達がいるのかとでも言いたげである。失礼な。


「ああ、そうだ君に謝らなくちゃいけなかったんだ」
「ぬーが、急に」
「この前は酷い事言ってごめん」
「なんか言われたか?」
「私の事嫌いだろうって」
「あー…」


がしがしと頭をかく甲斐君は、バツが悪そうに渋い顔をした。それから、もう気にしていないと肩をすくめる。それは良かった。
正直、私は彼が私の事を嫌いではないという、その言葉を信じてはいなかった。何故なら彼からは私に対する気まずさがいつも見えたから。じっと彼の様子を伺っていると、甲斐君はあーとか、うーとか、奇妙な言葉を吐きながら私をちらりと見る。


「わんこそ、いつも酷い態度とって悪かったさー」
「うん」
「あー、その、やーの事、前は嫌いだった。嫌いっつうか、苦手だったんばぁよ」
「私を好きになる人はあんまりいないよ、痛っ」


彼は私の頬を力強く横に引っ張ると、馬鹿だのアホだの突然私を罵り出した。この人は本当は私の事が嫌いなんじゃないだろうか。年頃の男の子は良く分からないぞ。いだだだだ。彼はそんなことを次にまた言ったら今度は沖縄武術の餌食にするぞとばかりに私を脅してきたので、仕方なくもう言わないよと約束をした。卑屈になったりしたわけでなく、事実を言っただけだったんだがな。


「わんは、やーの雰囲気が変わったと思うさー。前までは、やーは、皆の事を拒絶してるように見えたわけよ」
「そうだよ」
「別にやーが嫌いなんて誰も一言も言ってないのに、全部遠ざけてるから、見てて、なんか、もどかしかったさー」


でも、もう変わったから良いと、彼は笑った。もしかしたらきちんと笑った顔を見るのは初めてかもしれない。よく見ると田中さんが飼っている犬によく似て愛らしい顔をしている、気がする。どうして、こうもテニスをする人は顔が良い人が揃っているのか疑問だ。正直私の目はかなり肥えた。


「甲斐君はなかなか可愛い顔をしてるね」
「い、いきなりやーは!」
「あっはっは」
「…といると調子狂うさー」
「あ」
「ぬーが」
「初めて名前呼んだね」


にへらと笑うと何故か彼の帽子を無理やり被せられて、黙れを連呼された。照れるにしてももう少し可愛いやり方を推奨したい。でもこれで何と無く私は嫌われてないのだなと、確信を持つ事ができた。今までは誰に嫌われようと気にしてこなかったけれど、彼が私の雰囲気が変わったというように、確かに私の考えは変わった。嫌われたままなんて、そんなの、寂しい。彼の帽子を被ったまま、私は「甲斐君が私の事好きで良かったよ」と言えば、違う!と怒られた。


「え、違うの。しょーっく」
「友達としてさー!」
「いや分かってるよ」
「ごっほん」


何かめでたい勘違いをして慌てている甲斐君を眺めていると、後ろから注意を引くようなわざとらしい咳払いが聞こえて、二人でそちらを振り返った。そこにいたのは、木手君で、彼は眼鏡をキラリと光らせると、甲斐君の名前を呼んだ。


「甲斐君、何かしたの」
「…い、いや」
「甲斐君、俺は人の恋愛の趣味をとやかくいう気はありませんが、」
「…?」
君は少し考えた方が良いですよ」
「はあ!?ちょと待て永四郎ー!誰がこんなちんちくりん」
しょーっく
「それでは」
「待て!」


甲斐君は帽子を私に渡している事も忘れて、それはもう凄まじいスピードで二人して私の前から消えた。あれが噂の縮地法か。厄介だな。ノートにメモをしておこうと思う。もう貶されるのは慣れっこなので、目からフライングしかけた涙を拭って、私は歩き出した。
レストランの方へ向かうと、皆が(芥川君と平古場君が)私の帽子を似合うと言ってくれたのでしばらく借りてようと思う。



あったかくて、つめたい
(人って不思議ね)

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( 何だろう。書いているとき、いつもと感覚が違った。いつものマネジじゃない気がする。私の気のせいかしら / 130826)