負け組の皆が帰ってきた日の夕食はいつにも増して賑やかだった。久々に会う自分のパートナーとはしゃぐ者もいれば、崖の上で味わった苦労を涙ながらに語る者、そしてそれを慰める者、様々だ。私はそのどれにも属さず、彼らの話を盗み聞きながらバイキングでどれを取るか悩んでいた。それにしても前にいる門脇とかいう奴選ぶのおっそいな。明日だって好きなだけ食べられるのだから迷う事もないのに。私は彼に聞こえないように小さくため息をつく。
この合宿施設にいた私達からすれば、もはやこんな食事は当たり前になっていたが、負け組の皆からしたら天国なのだろう。話を聞くに洞窟で寝かせられたりある時夕食を抜かれたりと散々だったらしい。少し哀れに思う。ぼんやりと前にいる彼の背中を眺めながら思考を巡らせていた。しかしそんな私に誰かが衝突してきた事でその思考は途切れた。メンゴ、とこちらに振り返ったのは甲斐君。彼は私だと気づくなり、ゲッとあからさまに顔を引きつらせた。酷い。


「いや、別に気にしてないんで」
「…あ、そう……じゃなくて。ちょい待ち!」
「はい?」
「いや、やーは、」


甲斐君は何かを言おうとしていたがあまりに歯切れが悪くて正直私でも意味が汲み取れない。ただ恥じらいが見え隠れしているのは分かった。告白じゃあるまいし、一体なんなのやら。こんな所で止まるのも迷惑なので、適当に料理を取ると、私は近くのテーブルにそれを置いた。


「で?」
「あー…、前にわん、やーに」
ー!久々にワイと一緒に飯食お!」
「…良いけど」


後ろから飛びつかれた私はよろめきながら、金ちゃんをなんとか支える。この数日で私も少し力がついたのではないかと思う。きっと今までだったら彼に押しつぶされていたはずだ。金ちゃんは白石君に、向こうに連れて行かれて、飛びついたら危ないやろとお叱りを受けていたが、あれは果たしてご飯を食べに戻って来れるだろうか。まあ、私からしたらどうでも良い。手元の料理を一瞥してから、近くを通った日吉に声をかける。もし金ちゃんが帰ってきたとして、彼を一人で面倒見るのは大変だから、どうせならもう一人くらい誘いたい。


「ボク、一緒にご飯どう」
「全力でお断りします」
「ええええ全力で断られちゃったよ」
「じゃあ半力でお断りします」
「新しいなオイ。そんなに嫌なか、え?」
「逆に聞きますけど何で俺なんですか。貴方の目の前に暇そうな人がいるでしょ」
「さっきバイキングで取ったのがきのこのソテーだったから、ね?」
「ね、じゃありませんよ」


日吉は心底嫌そうな顔で私と、私のプレートに乗るきのこのソテーを交互に見た。ハハハ怒ってる。それにしても暇人って甲斐君の事だろうか。日吉め、先輩相手になかなか言いよる。甲斐君も甲斐君で暇じゃないさーとムッとしていた。ハハハ怒ってる。もうこういうのは流すのに限る。


「だって、ねえ?甲斐君は私の事嫌いだし」
「俺だってさんの事好きじゃないですよ」
「ははは優しいなあ日吉」
「…はあ?」
「それは好きじゃないけど嫌いなわけでもないって都合よく思う事にするよ」
「なっ……勝手にして下さい」
「ははは」


そうして少し顔を赤くしてズカズカと去って行く日吉の背中をにやにやしたまま見送る。それまで完全に空気だった甲斐君が私の髪を引っ張って自分の方へ向かせた。こらこら、小学生が気を引くんじゃないんだから。


「…随分態度が違うさー」
「日吉はね、うちの赤也に似てるからからかうと可愛いんだこれが」
「あんまりやると嫌われるんじゃねーの?」
「そうだねー…うん、そうかもね。そうなったらやだな」
「…」


持っていたコップの水を口に含むと彼は急に声のトーンを下げて私の名前を読んだ。真面目な話かと少し面倒に思いながら、なんじゃいと答える。彼の思考ってイマイチ読めない。私の事を嫌ってるから、だからあえて関わらないようにしていたっていうのもあるかもしれないけど。


「わんはやーの事嫌いなんて言ってないさー」
「…会う度にあんな嫌な顔したくせにね」
「さっきの奴の顔だって相当だった」
「まあそうだけどもね」
「…」
「…」
「ぬ、ぬーが、じっと見て」


私は甲斐君の目をそのまま見続けていると、そのうち甲斐君はふいっとそっぽを向いてしまった。肩を竦めた私は、良いんだよ、と小さく呟く。「嫌いなら無理しなくて」


「っ、やーはじゅんに…!」
「うが、いててて!」


私の言葉の何がいけなかったのか。突然怒り出した甲斐君は、私の鼻をぎゅっとつまんだ。正直かなり痛い。鼻がもげるううううう。一生懸命周りに助けを求めて見たが、周りの皆は私達のやり取りをげらげら笑うだけで、助けくれるような気配は微塵もなかった。もちろん、鳳君とか今ではすっかり私にやさしい神尾君とか、そこら辺は止めなくていいのかと慌てていたが、私の対応に慣れた奴らが「あいつが誰かにいじめられてんのはいつものことだから」なんて彼らの優しさをさらりと流してしまう。
そんな中、救世主が現れた。それは甲斐君や木手君と仲間である金髪君だった。え、と、確か、平古場…なんとか。かわいらしい名前だった気がするが。


「おー、やーがかー」
「いだだだだ、はいそうでいだだだだ」
「もうやめてやれって裕次郎ー」
「…」


なるほど、甲斐君は裕次郎というらしい。そんなことはどうでもいいけど、いきなりの攻撃とはいただけない。毎度(主に幸村や丸井の時に)言っているが、私の周りにいる人間は、私に慣れてくると必ず攻撃的になるのだがこれは一体どういうことなのだろう。赤くなったと思われる鼻を押さえながら平古場君に頭を下げると、彼も楽しげにけらけら笑っていてなんか感じのいい人だ。比嘉中の人はなんだかちょっと怖いイメージがあったが、偏見だったのかもしれない。立海だって全然怖くないのに怖がられてる節があるし。


「永四郎がやーの事話しててちょっと話してみたかったんだよ」
「キュートガールとか言ってましたか」
「いや、それはなかった」
「あ、そう」
「やーが永四郎に渡したお汁粉がわんに回ってきたさー」
「なんと」


あれは私と木手君のお近づきの印だったのに。膨れて遠くにいる木手君をにらんでいると、彼はこちらに気づいて「はい?」と首をかしげていた。べっつに何も。
そんなこんなでしばらく平古場君と話していたのだけれど、急に甲斐君が沖縄弁で罵ってきて、私はちっとも理解できなかったので「ハハハ、怒ってらっしゃる」とのんきに水をすすったら、わざわざ甲斐君がそれを標準語に直して伝えてきたので思わず半べそをかきそうになった。


「行くぞ凜、こんな奴にかまってると馬鹿が移るぞー」
「のお…くっつじょくてき」
「ハハハ、んじゃまたな
「凜!」
「へーへー」


平古場君って自由人だなあと、連れていかれる彼を眺めながらつぶやいた。それから私はようやく席についてすっかり冷めた、きのこのソテーを食べ始めた。ちなみに金ちゃんが戻ってくることはなくて、いつの間にかやってきた赤也となぜか戻ってきた日吉と鳳君という二年生グループに囲まれて私はのんびりと食事をしていたとさ。


それにしてもほんと、なんで甲斐君は急に怒り出したのか謎である。後々面倒なことにならないといいのだが。




そうやって自分でフラグを立てていることを私はいまだに気づいていない。




わたしという人間
(何がけなかったんだろう)(あ、久々にとソノちゃんに電話でも掛けようかな)

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( 一発書きなんでご容赦ください。ちょっと体調が良くなくて体力的にこれが限界です。しばらくお休みするかもしれないですごめんなさい。 / 130813 )