何も、言い返す事ができなかった。ええ分かりましたよやれば良いんでしょうと、半ばヤケになって渡された高校生担当に関する資料を掴んで私は部屋を後にし、ふらふらとコートにまでやってきた。どうやらまだ負け組の皆は2番コートの制圧をしているようで、ここにいる人間は誰一人、自分のパートナーがすぐそこにいる事を知らない。
コートを覗けば、いつの間にか跡部の試合が始まっていたが、しかしどうやらそれもたった今終わったらしい。結果は両者試合続行不可能のためノーゲーム。入江は腕が上がらないとコートを立ち去って行った。恐らく私はこの場合入江の方へ行って介抱すべきなのだろうが、流石に私はそこまで非常なつもりはない。水に濡らしたタオルを片手にそろそろと跡部の寝ているベンチまで行くと、彼は意識があるようで、うっすらと目を開けて私を見た。


「…笑っちまうぜ、こんなにカッコ悪ぃところを見られ、」
「あー流石多くの女の子を虜にしてきた跡部様だなあ、カッコ良くてくしゃみがでるよ」
くしゃみがでるのか
「くしゃみがでるんだよ」
「……フン、相変わらず変な奴だな、テメエは」
「あのね、跡部。言いたくない本音を言ってあげるとすれば君は何もカッコ悪くないし、どこも恥じる必要はないよ。いつも通り堂々とすれば良い」


その言葉の照れ隠しに私は跡部の顔に濡れタオルを放ると、そばにいた赤也が雑ッスよと口を尖らせてそれを正した。ああ、悪かったね。しかし私はそれを流して今度は彼の足へと視線を逸らした。近くの救急セットからテープを取り出して足を固定し、近くにいた監視員に用意して貰った氷を患部に当てる。手際ええなあ、白石君が声を漏らした。正直これぐらいマネージャーなら普通である。


「さて私ができるのはここまで」
「…先輩?どこ行くんスか」
「あー…他にもやる事があるというか」


その場を離れようとする私を赤也が引き止めて首をかしげた。今から入江の所へ行きますなんて言って、良い空気になるとは思えない。曖昧に笑って誤魔化していると、いつからいたのか、番長が私を押し退けて跡部の方へ進み出た。彼女は私が処置をした所を一瞥してから「やるじゃねえか」と私に笑う。


「えー中学生諸君、今日から君達の担当はアタシになるからよろしく」
「は?いや、先輩は?」
は今から高校生担当。ほら、ここはアタシに任せてお前はあっちにもう行け」


赤也や他の皆はイマイチ状況が把握できていないようで、やはり私を引きとめようとしていたが面倒になる事は目に見えていたので追い出された流れで私はそのまま逃げた。番長がうまく話してくれるだろう。それにしても番長が私の代わりに中学生の担当になるとは。逆を言えば、私は番長の空席を埋めねばならない。


「ああ、めんどくさい、荷が重い」
「ん、あれ、君は」
「はい?」


ぼやくのとほぼ同時に、前の水道の方から声がして、顔を上げた。そこにいたのは種子島と入江である。入江は腕が上がらないとかほざいていた癖にしっかりと腕を上げて投げられたであろうタオルを受け止めている。そんな姿にスッと目を細めれば、入江は肩を竦めて笑った。


さんだったかな?悪気はないよ」
「私は何も言ってないし、ていうか悪気しか感じられませんよ。だいたいやましい事があるからそんな言葉が出るんじゃないですか?」
「言えとるで入江」
「修さんまで…」


入江は困ったように眉尻を下げたが、やはりそれは見かけだけに見えた。内心は別に詮索された所で困りはしないと思っているのだろう。むすりとしたまま、跡部に使うついでに持ってきた氷をこれはもう入りませんよねと水道に捨てようとすると、その前に彼はそれを素早く攫っていった。


「せっかくだし使わせてもらうよ」
「跡部のついでの氷ですけどね」
「…うーんと、ボクって君に嫌われるような何かしたかな?」
「…いいえ」
「その割に不機嫌やねえ」


不機嫌な理由がこの人達にあるわけではない。しかし入江が苦手であることは事実だ。演技がかった物言いや行動がどうも好かない。多分、私のトラウマがこういう種類の人間が原因のものだからだと思うが。


「悩みがあるなら聞いたるで」
「修さんて、ホント詮索するの好きだよね」
「余計な事言わんでええわ」


彼はそうして私を近くの階段に座らせたが、彼の表情は心配する色よりも、入江の言うように興味本意で聞いている様子が強く現れている。警戒よりも私は飽きれて脱力してしまった。この人はもう…。小さく息を吐いた、その時だった。コートの方が妙に騒がしくなり、私は何が起こったのかと顔を上げる。負け組の皆さんやろうなあ。種子島が呟いた。そういえば負け組の事を忘れていた。察しが良さそうだから、ずっと彼らがそばで特訓をしていた事をこの人は知っていたんだろうなあ。隣に座る種子島を一瞥して私はぼんやりと思考を巡らせていた。
ほんと、このタイミングで高校生の担当にするなんて酷な事をする。しかも聞くところそれも練習時だけの話というからある意味嫌なやり方だ。私だけ練習の時中学生から切り離されて、意思の共有ができない。彼らとのテニスの時間というのは何より密度の濃いものだ。なのに、その時間からのみ省かれるなんて。


「…何気にしんどい」


そうして自らの膝に顔を埋めると、頭に種子島の手が載せられた。よしよしなんて呑気に言うものだから、カッと顔が熱くなって私はその手を弾いた。「おー初々しい反応しよるなあ」感心された。


「もうほっといて下さ、」
「何悩んどるか知らんけど、君は色々抱えすぎやなあ」
「…は?」
「中学生らしくないで」


それは高校生らしくない貴方達に言われたくないし、私以外にも当てはまるだろうに。あえて目でその事を訴えると、彼はそれに気づいたか否か、さらりと流して笑った。


「何手も先まで読んで動くって疲れるやろ。しかも君はネガティブらしいし」
「悪かったですね」
「いやー、いらん心配ばっかりしてそうでかわいそうやなあと」
「今は別に先の事で悩んでるわけじゃありませんよ」


邪魔だって言われたんです。そんなこと言われりゃ誰でも傷つくだろう。
もうどうにでもなれと勢いに任せて、私は斎藤コーチの愚痴も混ぜつつ先程の話を彼らにしてやった。早口に全てを語り終えると、斎藤コーチの判断ならボクらはどうしようもないと、入江が分かり切った答えを寄越す。そんなこと分かってるよ。


「でももう、分からないんです。私どうすればいいか、」
「君が成長すりゃええ話やろ」
「何をどうすればそうなるんですか。あいつらがそうなったように、仲間と離れてても何も感じなくなるまで耐えれば良いわけですか」
「…あんなあ」


私の極端な物言いに種子島は、「君は鋭いのかそうでないのかよう分からんなあ」と頭をかく。私には何のことだかサッパリだった。種子島が何かを口にする事を入江は制したが、彼は構わず続けた。「コーチは男共と同じ成長なんぞ求めとらんて、分からん?」


「…」
「…分からない?君に同じものを求めてるならわざわざ今君の担当なんて変える必要はないでしょ。違う成長をして欲しいからやり方を変えるんだよ」


話すことを拒んだはずの入江が口を挟んだ。
違う成長?ではそれはまた自分で方法を見つけなきゃいけなくなる。ああ、めんどくさい。余計分からなくなってしまった。ぐしゃりと前髪をおさえれば、種子島は言った。


「やから、ネガティブは良く無いっちゅうたやろ」



その言葉は果たして私に対する助言なのか、ただの主観的な意見なのか、その時の私は判断できずにいた。


ひどく難しく、とても簡単だってね
(さて、後半戦のスタートだ)

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( 次回は甲斐君とか凜君とか出るはず / 130811 )