外の騒がしさに、私はうっすらと目を開けた。時計を確認するも、シャッフルマッチはとうに終了していておかしくない時刻だ。またあの齋藤コーチがろくでもない練習メニューでもやらせているのだろうか。のそりと上半身を起こすと、体は昨日よりかなり軽い。もともとそこまで酷い熱ではなかったし、どうやら無理やり飲まされた薬が効いたようだ。この分なら今日は仕事ができそうだ。めんどくさいけど。 そうして私はジャージに着替えてから部屋を出ると、丁度その前を菊丸君と神尾が通り掛かった。廊下を駆けていた二人は私を見つけるなら、足を止めてちょうど良かった!と声をあげる。 「さん元気になったんだね!」 「今呼びに行こうか迷ってたんですよ」 「騒がしいけど、何かあった?」 「5番コート対3番コートの総入れ替え戦を今やってるんですよ」 「へえ、5番って昨日鬼先輩以外全部中学生になったしね」 二人はあまり驚いていなさそうな私を不思議そうに見つめていたが、私は面倒だったので気づかないふりをした。別に総入れ替え戦の事を知っていたわけではない。ただ、昨夜の跡部の様子がどこかいつもと違って見えたから、何かしらあるんだろうなと、そう思っていただけである。これも洞察力を鍛えた賜物だろうか。 二人に続いてコートへ向かっていると、菊丸君が思い出したように、今は切原と白石の試合だにゃーなんて言った。ぴぴん、と耳が反応する。 「それを早く言いなよ」 「え、さん、え?」 「先行くよ!!赤也あああああ!」 どうやら赤也不足らしい。昨日は赤也と話したものの熱であまりしっかり赤也と触れ合ってなかったから。それにきっと今まで喧嘩やなんやらで彼を粗末に扱っていたのが裏目に出たのだろう。熱が回復したとたん変な副作用が出た。私は果たして合ってるのか分からないクラウチングスタートもやってのけ、全速力で走り出した。後ろで神尾が病み上がりなのに!と怒っていたがそれどころではない。 息を切らせてコートへ着くと第一試合だったらしいクラウザー君はベンチに戻っており、既に第二試合の赤也達のダブルスは中盤に差し掛かっていた。 「赤也あああ!」 「…、お前もう熱は大丈夫なのか」 「跡部、ゲームカウントは?!」 「4-0で白石達が負けてる」 「何ですって!ていうか黄金が落ちてるんだけど何この状況意味が分からない!徳川埋蔵金!」 「落ち着け」 「うん!」 呼吸だけでなく鼻息も荒かった。自分でもよく分からないテンションである事は十分理解している。私は跡部にこれまでの大体の流れを聞くと、どうやら二人はボールを顔面にぶつけられたり赤也に関しては屈辱的な言葉を言われたりと散々だったらしい。あのハゲかけとデコぱち許さん。ギリリと高校生を睨みつけてから私は目の前で白石に口説かれている赤也へ目を向けた。どうやら赤也が悪魔化しないように彼の機嫌を取る作戦らしいが、私からしたら白石が赤也を口説きにかかっているようにしか見えない。おのれ白石君…! いやしかし私はその後の赤也の天使っぷりに、構えたカメラのシャッターを切りまくる。別にやましい気持ちとか、ほんと微塵もないデータ収集の一環である。 「えんじぇる…!」 「お前やっぱり熱下がってねえんじゃねえのか」 「お黙り」 「あのなあ、…」 呆れたように頭をおさえる跡部は、つまらねえ女だな、と小さくぼやいた。今日は嫌に絡んでくるな跡部よ。いつもは疲れると判断した時点で私の事をオール無視し始めると言うのに。彼は舌打ちをするなり、私からカメラを取り上げ、さらには肩を自分の方へ引き寄せた。 「貸せ」 「うえ、ちょ…!?」 肩を抱かれた私はギョッと跡部を見上げた。彼は流れるような動きでカメラのレンズを前に構えるとシャッターを切る。それは紛れもなく跡部とのツーショットを納めていた。ひいいい。 いつまでも肩に触れている跡部の手を素早く払うと、私は彼から距離を取った。遅れて心臓が速く打ち始める。カッと熱くなった顔をノートで隠してハゲろ!と思いついた言葉で罵った。 「照れるなんざ、今日は随分可愛げがあるじゃねーの。貴重な俺様とのツーショットだ。大事に取っておけよ」 「ハゲろォオオオ!」 「とりあえず落ち着け」 そうして私は赤也の試合も最後まで見ずにその場から走り出した。しかし何故か途中で幸村と丸井に捕まって、幸村に頭を鷲掴みにされた時は、丸井は幸村にビビって助けてくれないしこの世の終わりかと思った。 「赤也の試合だっていうのにいちゃつくなんて随分楽しそうだ。妬けるね」 「いだだだだだだだ私に安息の地はないのかああ…!」 「ないよ」 ないらしい。 そんな無常なことを聞かせられたからこそ余計に幸村からの逃亡も図ろうとしていると、いつの間にか私の後ろにいた番長が突然私の首根っこを掴んで持ち上げた。次から次へと今日の私は人気者である。番長は気まずそうに私を一瞥してから一言「来い」と本部棟へ促す。番長とはまだあれからきちんと話せていないので、(というか、昨日の夜は私に気を使ったのか、部屋には帰ってこなかった)正直私も気まずいのだが、これで幸村から逃げる口実ができたわけだ。だから私は黙って彼女についていくことにした。 「あの、私はどこへ連れて行かれるんでしょう」 「斎藤コーチのところだ」 「うへえ」 その名に情景反射で嫌だという感情を惜しみなく前面に出す。また私に面倒な仕事でも押し付ける気でいるのだろうか。いや、どちらかといえば番長にそうされているだけで、彼には別にたいして面倒なことを頼まれた覚えはないが。 嫌な事だったらさっとかわして逃げてこよう。そう思って、彼女の背中に何の御用かご存知ですかと探りを入れた。少しだけだるそうに振り返って彼女はああ、と短く答える。 「それって、」 「お前を中学生の担当から外すとかいう話だよ」 …は? それはいったい、え、まさかの、 (ああ、斎藤コーチ連れてきましたよ)(ご苦労様です) ←まえ もくじ つぎ→ ( こちらはお久しぶりです / 130809 ) |