目が覚めると私はいつの間にか自室のベッドに寝かされていた。いつの間にか寝巻きに着替えさせられているし、額には濡れタオルが乗っている。完全に病人扱いだ。私はぬるくなったそれを手に掴んで、そろりとベッドから足を出す。時刻を確認するとだいたい夕食が始まったくらいか。夕食は千石君に付き合ってやると返事をしてしまっていたのに。まあ良いか。タオルを握りしめたまま、相変わらず怠い身体でのそのそと部屋の扉を開ける。 風呂場のタオルを補充しなければと、頭の中にそれだけが渦巻いていた。そうしなければまた番長に怒られてしまう。壁伝いに大浴場へ行こうとすると、前方から人の気配がして、私はゆっくりと顔を上げた。 「ぼええ」 「おま、何してやがる」 「まったく、貴方という人は周りに迷惑をかけるのが上手なようで」 「…跡部…木手君」 変な組み合わせだ。そしてとても厄介な。どうしようと、退路を探していると、素早い木手君が私の腕を掴まえたので結局私は逃げられなくなった。木手君は意地悪である。 「何で寝てねえんだよ」 「…仕事が残ってるから」 「アーン?テメエは病人だろうが。熱出してる奴はそんな事考えなくて良いんだよ。黙って寝てろ」 「…」 私はうんともすんとも言わずに黙る。正直ここに立っているのもきついから、さっさといなくなってもらいたいのだが。どんと壁に頭を預けると跡部が小さくため息をついた。ほらまた、そうやって呆れる。 「この馬鹿は俺様が部屋に連れて行く。木手は医務の先生にこいつが起きたと伝えてくれ」 「仕方ないですね。では」 文句を言う割に、木手君はぐったりしきった私をかなり丁寧に跡部に明け渡した。やっぱり木手君は新しいパターンのツンデレなのかもしれない。そんな私の横で木手君の背中が見えなくなってから、跡部が行くぞと口を開いた。私は自室に逆戻りかよと肩を落としていたのだが、次の瞬間身体がふわりと浮いて、自分の置かれている状況に目をひん剥いた。 「ななななにして!」 「アーン?歩けねえだろうが」 「あ、歩けるよ!」 「嘘つけ」 「嘘じゃねえよ!」 お姫様だっこという少女漫画に有りがちの展開へ持っていかれたことに赤面する他ない。一生の不覚である。もう何でも良いからさっさと自室に行けと文句を言ったら「おいおい随分と偉そうなお姫様だな」などとやはり恥ずかしい事を言ったので跡部の頭を軽く小突いてやった。怒られたが寝たふりをした。 「ほら、もう暴れんなよ」 「それは約束できんな」 「いやしろよそこは」 自室のベッドまで連れていかれた私は早速跡部にそう釘を刺された。どっちにしろしばらくしたら医務の人間が来るのだろうからもう下手には動き回れないだろう。もう疲れたから別に良いけど。 布団に入ったそばからうとうとし始める私は相当疲れていたに違いない。彼は私が手に握りしめていたタオルを取ると、部屋の水道でそれを濡らしてそれを私の額にのせた。なんてらしくない行動だろう。明日槍が降る、と呟いたら失礼な奴だなと返された。 「馬鹿は風邪を引いても気づかないとかなんとか聞いた事があったが、まさか本当だったとはな」 「気づかなかったんじゃない。気づかない振りしてたんだ」 「アーン?」 「一度熱だって意識しちゃうともうテンションが熱モードに入るから。そうしたらどうせ跡部辺りに健康管理ができてないとかだらしないとか言われそうで、嫌だった」 布団をかぶりながらボソボソとそう言葉を紡いだ。すると跡部の手が頭に触れて、そっと撫でられた。それから小さな声で悪かったなと。別にそんな言葉が欲しいわけじゃないのに。 「今回は俺様が悪かったってことにしておいてやるが、皆が心配すんだろうが。もう無理はすんなよ」 「何だその言い草。相変わらず腹立つな」 「フン、そこまで元気なら心配はいらねえか」 彼は私の頭を少し強く撫でると、俺様はもう行くと部屋を出て行こうとした。跡部の去って行く背中を見つめていたら途端に心細く思えて、思わず額のタオルを投げつけていた。シャツの背中に濡れタオルの跡をつけた彼は、何しやがるとでも言いたげにこちらを振り返る。 「跡部、何か面白い話して」 「…はあ?」 「面白い話」 「ねえよ、んなもん」 「なくないよ」 「…お前なあ。…」 彼は何か察したらしい。近くの椅子を引きずってきたかと思えば、フッと口元に弧を描いた。「そばにいて欲しいなら素直に言った方が可愛げがあるぜ」なんとなくその表情がしゃくにさわったのだが、どうやら私は熱でこれ以上文句を言う元気がないらしい。しばらく考えてからじゃあ、と私は口を開く。 「寂しいからそばにいて、跡部」 そうして奴の腕をつかめば、跡部は一瞬驚いたように目を見開いた。らしくなくぐしゃぐしゃと彼は頭をかく。それから何故か悔しそうにこう呟いたのだ。 「…変なところで本当に素直になんじゃねえよ」 お前と書いてバカと読む (調子狂うだろうが) ←まえ もくじ つぎ→ ( この話書くのすごい楽しかった。みなさんにも楽しんでもらえていたら嬉しいです。 / 130623 ) |